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第104回 2010年8月20日


●執筆者紹介●


加藤泉

有隣堂読書推進委員。

仕事をしていない時はほぼ本を読んでいる尼僧のような生活を送っている。


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この新人作家に注目!
 
 まず初めにご紹介するのは、第8回R-18文学賞を受賞した「ミクマリ」で始まる短編集、窪美澄『ふがいない僕は空を見た』。 帯に、唯川恵・山本文緒・角田光代3選考委員の賛辞が並んでおり、期待に胸弾ませて読み始めたところ、その期待をはるかに上回る作品だった。
人妻と隠れて交際する高校1年生の斉藤卓巳。 第1章では彼と人妻“あんず”との奇妙な関係が描かれ、続く第2章ではあんずが抱える夫婦間の事情、第3章では斉藤に思いを寄せる同級生の七菜の日常…と視点人物が替わっていく連作形式だ。
「セイダカアワダチソウの空」という短編の主人公は、ひどい家庭環境の下で育ち、未来に何の希望も持っていない高校生だ。 彼が、自分の将来を親身になって考えてくれるアルバイト先の先輩・田岡さんについて「田岡さんという人間が抱えているほの暗さに、団地育ちのぼくはなぜだかとても親しみを覚えたのだ」と思う場面がある。 この「人間が抱えているほの暗さ」を描いたのが本書なのだと思う。 どの短編の主人公も、不器用で愚かしい。 表面的な付き合いではけっして分からない影の部分を隠し持っている。 でも、人間というのはそういうものなんじゃないか、だからこそ人間は愛おしいんじゃないか、と感じさせてくれる。 そこが本書の素晴らしい点だ。
宇宙の中で本当にちっぽけな私達一人一人の存在。 本書を読んだ後は欠けがえのないものに感じられてならない。

 

 
ふがいない僕は空を見た・表紙画像
ふがいない僕は空を見た


窪美澄:著
新潮社
1,470円
(5%税込)

 次は、R-18文学賞つながりで、渡辺やよい『忘れない忘れない』を。
「花とゆめ」で漫画家としてデビューした後レディースコミックを多く出しているこの作家を「新人作家」と紹介するのは相応しくないかもしれないが、著者は2002年にR-18文学賞読者賞を受賞しており、本書は小説としては3冊目の刊行。 なので、「新人」として紹介しても差し支えなかろうと思う。
小学生の未来の母琴音は12歳のときに交通事故に遭って頭を大怪我してから記憶力がすっかりダメになってしまった。 本書はこの母と息子と父、3人家族の物語だ。
本書の表紙をめくると、帯の折り返し(表2と呼ばれる部分)に「人生という長く険しい道を、母、息子、父の3人で、寄り添いながら歩んで行く、せつなく温かな家族の軌跡」と書かれてあるのでハートウォーミングストーリーなのかと思って読み始めたのだが、中盤からは思ってもいなかった残酷な展開が待っている。 ネタバラシになるのであまり多くは書けないが、読む前には想像しなかった「嘘」や「保身」などといった言葉が頭の中でぐるぐる渦を巻くような展開だ。
本書が評価されるべき点は、程度の差こそあれ、こういったことは人生において往々にしてあり得るのだろう、と思わせるところだ。 一言で表せば「狡さ」。 こういった「狡さ」があっても崩れない家族の絆にはとても勇気づけられる。

 

 
忘れない忘れない・表紙画像
忘れない忘れない


渡辺やよい:著
早川書房
1,680円
(5%税込)

 最後に、2005年に『ゆくとしくるとし』で第9回坊っちゃん文学賞大賞を受賞した大沼紀子の2作目、『ばら色タイムカプセル』を。
13歳ながらに総白髪の家出少女・奏(かなで)が辿り着いた場所は房総半島。 年齢を詐称して老人ホーム「ラヴィアンローズ」で働き始めた奏は老女たちとの共同生活の中で徐々に立ち直っていく…。
奏の家庭の事情と老人ホームに隠された秘密が少しずつ明らかになっていくあたりはミステリー仕立てとも言えるのだが、何と言っても本書に描かれたおばあちゃんたちの死生観が印象的だ。 帯に、「私も60年後、彼女たちみたいに笑っていたい」と書かれているがまさにその通りで、強くて逞しい彼女たちの生き様には実に元気付けられる。
重いテーマを軽やかに描いた、後味のいい1冊だ。

 

 
ばら色タイムカプセル・表紙画像
ばら色タイムカプセル


大沼紀子:著
ポプラ社
1,575円
(5%税込)
 


文・読書推進委員 加藤泉


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