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第117回 2011年3月3日


●執筆者紹介●


加藤泉

「本の泉」執筆リーダー
有隣堂アトレ恵比寿店

仕事をしていない時は
ほぼ本を読んでいる
尼僧のような生活を送っている。


磯野真一郎

「本の泉」執筆メンバー
有隣堂 販売促進室
書籍仕入・販促担当

晴れて気持ちのいい休日は、
自転車で遠くの公園に出掛けて本を読んでいます。

岩堀華江

「本の泉」執筆メンバー
有隣堂厚木店
文芸書・文庫を担当

本と映画、そして音楽がないと生きていけないと思っています。

広沢友樹

「本の泉」執筆メンバー
有隣堂アトレ新浦安店
文芸書・コミック等を担当

書評と建築、
そして居心地の良いカフェや図書館が好きです。

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~異世界へ~
 
春一番が吹き、ようやく暖かい季節になるかと思いきや花粉の襲来で家にこもりきり、という方も少なくないはずの今日この頃。
今回は、外に出たくても出られない方々のために、家に居ながらまったく別の世界へとワープさせてくれるようなエンターテインメント小説をご紹介したい。
 

 
 去年『悪の教典』で世にも恐ろしい殺人教師を生み出した鬼才貴志祐介が、またもや凄い小説を書いてしまった! 新刊『ダークゾーン』は、ゲームの世界の中に紛れ込んでしまったかのような体験をさせてくれる1冊だ。

主人公は、プロ棋士の卵である大学生・塚田。目覚めるとそこは「ダークゾーン」と呼ばれる異界であり、塚田は「赤の王将(キング)」として17体の駒を操り、青軍と戦闘を繰り広げなければならない。こんな不条理な状況の下、この物語は唐突に始まる。わけも分からず戦っていくうちに、この戦闘は本質的に将棋と同じらしいということや、自分がいる場所はどうやら軍艦島であるらしいということを、塚田は徐々に理解していく。

塚田の友人知人たちが異形化した「鬼土偶」「火蜥蜴」「死の手」「皮翼猿」「一つ眼」といった特殊能力を持つ役駒の造型や、敵に殺された戦士は敵駒として生き返るという条件、ポイント加算で決まる「昇格」による駒の強力化などの設定は、元ネタとなるゲームがあるのではないかと疑いたくなるくらい詳細に描かれている。こんな世界を創り出した著者の技量に驚嘆せざるを得ない。

各章の末尾に置かれた「断章」で、現実世界での登場人物たちの相関図が次第に明かされていく。現実に起こった悲劇と「ダークゾーン」で展開される死闘には、一体どのような関連があるのか?それが明かされるラストのオチは賛否両論あるかもしれないが、本書が時間が経つのを忘れさせてくれるエンターテインメント小説であることは間違いない。

 
 
ダークゾーン・表紙画像

ダークゾーン

貴志祐介:著
祥伝社
1,890円(5%税込)

 
 「粘膜」シリーズで熱烈なファンを抱える作家、飴村行。最新刊『爛れた闇の帝国』は著者初の単行本である。

昭南島(シンガポール)の憲兵隊本部内と思われる独房で監禁され拷問を受けている日本兵。先輩である不良少年が自分の母親と付き合い始め、家に居場所がなくなった高校生・正矢。この二人を主人公にした章が交互に登場し、二人は互いの夢の中にも現れるようになる。この二者は一体どこで交わるのだろう?と不思議に思いながらページを繰っていくと、ラスト間近で突然全てが繋がり、吃驚仰天することになる。

拷問シーンは非常にグロいし、正矢の章は現実的な閉塞感に目を背けたくなる。「人の心の奥底にはね、必ず爛れた闇が潜んでいるんだよ」このセリフに象徴させられるような人間のイヤな部分を最後にはいやというほど見せ付けられる。けっして爽やかな気分になれる本ではないが、リーダビリティは抜群。とんでもない展開が待ち受けていることだけは期待していただきたい。この結末を予測できる読者はおそらくいないはずだ。

 
 
爛れた闇の帝国・表紙画像

爛れた闇の帝国

飴村行:著
角川書店
1,470円(5%税込)

 
 最後に、いま最も元気な作家と言われている樋口毅宏の最新刊『雑司ヶ谷R.I.P.』を。著者のデビュー作『さらば雑司ヶ谷』の続編である。

政財界に絶大な力をもつ宗教団体の教祖・大河内泰。500歳まで生きると公言していた泰が102歳で亡くなり、彼女の直系の太郎が新教祖に指名される。太郎が教祖に就任するまでの抗争劇を描いた「Regular」の章と、若かりし頃の泰を描いた「Icon」の章が交互に描かれていく。

前作同様、本書でも性と暴力の描写は健在。小沢健二論や北野武論といった、本筋とは全く関係のない薀蓄の数々も楽しめる。「石田吉蔵」なる人物の造型に至っては笑いが止まらない。何と言っても見事なのは、泰が盟友秀子と共に教団を築き上げ、カリスマ教祖の地位に成り上がるまでを描いた「Icon」の章だ。“裏昭和史”が何食わぬ顔で書かれているが、これはあくまでもフィクションである。壮大なる法螺話に度肝を抜いていただきたい。

映画好き、格闘技好きには愉しめることうけあいの本書、こちらから読み始めても面白いのはもちろんだが、興味を覚えた方は是非『さらば雑司ヶ谷』から読み始めていただきたい。その後は、著者の既刊『民宿雪国』『日本のセックス』にもおそらく手が伸びるはず。

 
 
雑司ヶ谷R.I.P.・表紙画像
雑司ヶ谷R.I.P.

樋口毅宏:著
新潮社
1,680円(5%税込)
 
 

文・ 加藤泉


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