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第103回 2010年8月4日


●執筆者紹介●


加藤泉

有隣堂読書推進委員。

仕事をしていない時はほぼ本を読んでいる尼僧のような生活を送っている。


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~〈自分〉について~
 
夏、真っ只中といった感じの今日この頃。 いやはや暑いです。 文芸書コーナーも熱いです。 今年の必読書と言えるような作品が目白押しです。
今回は、新刊の中から自らのアイデンティティについて考えさせる文学性の高い作品をご紹介したい。
暑い夏、朦朧とした意識の下で〈自分〉を見つめ直してみるのもまた乙なのではないでしょうか。
 

 
 まず最初にご紹介したいのは、星野智幸『俺俺』。
他人の携帯電話を拾った「俺」は、持ち主の「母」になりゆきでオレオレ詐欺をはたらいてしまう。 数日後、アパートに帰るとその「母」が待っていた。 彼女は「俺」を息子として振る舞い、気づいたら「俺」は別の「俺」になっていた。 気がつくと「俺」の周りには自分そっくりの「俺」が増殖していた。 「俺」は「俺」たちと、猿山ならぬ「俺山」を作ることに成功。 「俺」たちだけで楽しく生きていくはずだったのに、「俺」の分身だらけになった世界で何かが狂い始めて…。

一人一人の存在意義が希薄な世相、鰯の群れに象徴される意思のない大衆、下へ下へと他人を陥れ「負け組」を作る風潮。 星野智幸はこういった現代社会の病理を、風刺の目と哀れみの心を持って見事に描ききっている。 この「俺俺時代」を脱して復活する術はあるのだろうか? その答えはラストで提示される。 当たり前といえば当たり前すぎる答えではあるのだが、日々生き辛さを抱えている多くの現代人には救いの言葉となるだろう。

表紙に使われた石田徹也の絵のように、本書の世界に一度足を踏み入れてしまったら自分の周りの世界の見え方がガラリと変わってくることは必至。 100年後の日本人に「いま」を伝える古典となる得る1冊だ。

 
 
横道世之介・表紙画像
俺俺


星野智幸:著
新潮社
1,680円
(5%税込)

 次にご紹介するのは、第143回芥川賞を受賞した赤染晶子『乙女の密告』。
舞台となるのは京都にある外国語大学のドイツ語学科。 スピーチコンテストのために「アンネの日記」の暗唱に励む「乙女」たち。 ユダヤ人であることに誇りを持ちつつも、国籍以上に〈自分〉の名前を大切にしたアンネ・フランクの姿から、主人公のミカコが自我を取り戻す物語だ。

純文学と言うと、とっつきにくいイメージがあるかもしれないが、「『エースを狙え!』など、スポーツ根性物の少女漫画を意識した」と著者自身が語っているように、本書には何かに熱中する暑苦しさとそれを風刺する笑いも散りばめられている。 山口百恵引退時のパロディのシーンなどもあって、やだ何コレ面白い!と思いながら、「言葉」や「アイデンティティー」について考えさせる奥の深い1冊だ。

 
 
乙女の密告・表紙画像
乙女の密告

赤染晶子:著
新潮社
1,260円
(5%税込)

 最後にご紹介するのは、角田光代『ひそやかな花園』。
毎年夏休みに「キャンプ」と称して数日間ともに過ごした7組の家族。 ここに集まった家族の共通点とは何だったのか? 幼い頃の記憶を頼りに過去を探ることになった7人の男女。 彼らは、自分の出生にまつわる秘密を知ることになる。

親子とは何か、夫婦とは何か、家族とは何か。 『八日目の蝉』もそうだったが、こういうテーマで長編を描くと角田光代の筆は冴え渡る。
「理解できないという落胆より、はるかに強い何かが、世のなかにはあるのではないか。」〈家族〉に対する揺るぎない信念には心が震えるほどだ。

本書は〈自分〉のルーツにまつわる物語であるが、いま新しい世界に飛び込むことに躊躇している人の背中を押してくれる1冊でもある。
「何かをはじめるって、今まで存在しなかった世界をひとつ作っちゃうくらい、すごいことだなって思う。 だってさ、もし私たちの両親が、子どもがほしいって思わなければ、子ども作ろうって決めなければ、私たち、ここにいないんだよ」
重いテーマを扱ってはいるが、生きる希望を与えてくれる作品だ。

 
 
ひそやかな花園・表紙画像
ひそやかな花園


角田光代:著
毎日新聞社
1,575円
(5%税込)
 

文・読書推進委員 加藤泉


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