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第98回 2010年5月20日

●執筆者紹介●
 
加藤泉
有隣堂 読書推進委員。
仕事をしていない時はほぼ本を読んでいる尼僧のような生活を送っている。

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〜思わず唸る! 長編ミステリー〜
 
柔らかな陽射し、爽やかな風。 過ごしやすいこの季節にわざわざ屋内に籠って本を読むなんてもったいない! とおっしゃる方もいるでしょう。
今回はそれを承知で、一度読み始めたら部屋に引きこもっても最後まで一気に読みたくなるミステリーをご紹介したい。
 

 
 まず初めに、トマス・H・クック『沼地の記憶』を。
海外ミステリー読まず嫌いの私が一気に読んでしまった1冊。

舞台はアメリカ南部の町レークランド。 人種差別と階級意識が根強く残っている土地柄。
老いた主人公ジャック・ブランチが、レークランド高校で教鞭をとっていた1954年に起きた悲惨な事件を回想する形式をとっている。 その事件の中心人物はエディ・ミラー。 ジャックは殺人犯の息子として孤立していたこの少年に、父が犯した事件を調査してレポートを書くよう助言する。 それが怖ろしい悲劇を生むことになる…。

主人公が語る〈現在〉と、事件が起きた〈過去〉が重なり合い、フラッシュバックを多用する映画を見ているような感じになる。 〈過去〉の時間が進むにつれて、主人公の猜疑心が膨らんでいく。 その猜疑心が人ひとりの人生を大きく狂わせていく過程は、非常にリーダビリティの高い人間ドラマとなっている。

そして、閉鎖的なアメリカ南部がこの小説の舞台となっていることも忘れてはならない。 父の呪縛から逃れられないジャックとエディの姿は、そのままこの地域の縮図なのだ。 特にラスト3ページを読むと、虚しいような苦々しいような気持ちになる。 以前、この「本の泉」で吉田修一の『悪人』は田舎を舞台にしたからこそ意味がある、と書いた記憶があるが、本書を読んでそのことを思い出した。

読み終わった後、ずっしり重いものを抱えたような気分になる、力のある作品だ。

 
 
沼地の記憶・表紙画像
沼地の記憶


トマス・H・クック:著
文藝春秋
860円
(5%税込)

 次に、日本のミステリーに戻って、柚月裕子『最後の証人』を。
臨床真理』で第7回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞してデビューした柚月裕子の第2作。 黄色い装丁と、「こんな女になら殺されてもいい」という横山秀夫のコメントが目を引く。

シティホテルの1室で起きた刺殺事件と塾帰りの小学生が車に撥ねられて死亡した事件が本書では交互に描かれていく。 一体、この2つの事件はどうリンクしていくのか? 冒頭の刺殺事件の発端となっているのは、どうも過去の交通事故であるらしい…。 そう思って読み進めていくと、中盤過ぎで、あっ! と驚く仕掛けが用意されている。 ネタバラシになるので多くは書けないが、『弥勒の掌』や『葉桜の季節に君を想うということ』で味わったビックリ感が好きな方は、ぜひこの小説でも吃驚仰天していただきたい。

このような大ドンデン返しもあって、ミステリーとして愉しめるのは勿論だが、終盤からは人が人を裁くことについて大いに考えさせられる。
「なぜその罪が生まれたのか、なぜその人間は罪を犯さざるを得なかったのかまで掘り下げなければ、本当の意味で罪を裁くことにはなりません」(P289)
「先生はいつも、罪はまっとうに裁かれるべきだ、と言っています。 でもそれは、まっとうに救われるべきだ、ということでもあると思います」(P299)
この本を読んで、「裁判」についてじっくり考えてみるのもよいと思う。

司法ミステリーと言えば、去年集英社から復刊された小泉喜美子の『弁護側の証人』が有名だが、本書はまさにその平成版といった作品。 ぜひ併せてお読みいただきたい。

 
 
最後の証人・表紙画像
最後の証人

柚月裕子:著
宝島社
1,470円
(5%税込)

  最後に、福田和代『オーディンの鴉』を。
ITは著者が得意とする分野だが、新刊『オーディンの鴉』はコンピューター系に弱い人でも、いや弱い人こそ一気読み必至のミステリーに仕上げっている。

東京地検が家宅捜索を決行しようとした矢先、国会議員の矢島誠一が自殺する。 この自殺の真相を探り始めた特捜部の湯浅と安見は、矢島を誹謗中傷するような情報がインターネットに流れていたことを知る。 裏で操る組織に近づいていく2人にも魔の手は伸びてきて…。

「オーディン」とは、北欧神話の最高神。 肩に止まった2羽のカラスが世界中を飛び回って情報を集めてくるので、オーディンは世界中の情報を得ることができるという。 本書のタイトルはそこから命名されている。 他人に知られたくないことのひとつやふたつは誰でも持っているものだ。 クレジットカード、ICカード、携帯電話が必需品となった現代社会でプライバシーはどれくらい守られているのだろうか? 読みながら背中がヒヤリとする1冊だ。

また、本書のプロモーションの一環として、出版社と著者が面白い動画を作成している。 興味のある方はぜひこちら↓もご覧ください。
www.youtube.com/watch?v=NRPs58pyiOQ
 
 
オーディンの鴉・表紙画像
オーディンの鴉


福田和代:著
朝日新聞出版
1,785円
(5%税込)
 

文・読書推進委員 加藤泉

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