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有鄰


平成11年5月10日  第378号  P5

 目次
P1 P2 P3 ○インタビュー 永井路子 歴史小説の周辺 (1) (2) (3)
P4 ○ロシア文学は今  水野忠男
P5 ○人と作品  中島京子と『だいじなことはみんなアメリカの小学校に教わった。』   藤田昌司

 人と作品

脱OLのアメリカ見習い先生体験レポート

中島京子とだいじなことはみんなアメリカの小学校に教わった。
 



  教育実習生として日本文化を紹介


 世紀末の現代の日本に重く垂れこめているのは閉塞感である。それは今、日本人の万病の元になりつつある。そのことに気づいた三十代の一人のOLが、エイ、ヤアッとばかり日本をとび出し、アメリカの小さな田舎町で一年余り、子どもたちと触れ合うことにより、バラ色の人生を取り戻してきた。中島京子さん。『だいじなことはみんなアメリカの小学校に教わった。・・脱OLの見習い先生日記』(主婦の友社)は、その体験レポートだ。

 中島さんが、それまで勤めていた女子高校生向け雑誌の編集を辞めてアメリカに行く気になったのは、手相見に勧められたからだという。

  「本当なんです。こんなことで人生を決めてもいいのかしら、と思いましたけど、五月のある日、原宿の手相鑑定の人に、これであなたの人生は 変わる、といわれて、決めてしまったんです」

 中島さんが選んだのはインターンシップという教師交換プログラムである。雑誌の締切りに追われている中で、偶然その記事を新聞で見て切り取っておいたのだ。

 ダメモトで応募書類を送ると、間もなく選考試験がおこなわれ、その年の秋にはもうアメリカ・ワシントン州の、ブレマートンという軍港のある街でルター派教会が、幼稚園から中学まで経営する私立学校の教育実習生になっていた。教育内容は、子どもたちに日本の文化を紹介することである。日本の昔話を読んで聞かせるのが、重要な仕事の一つであった。

 ホスト・ステイとなったのは軍関係のエンジニアの夫と代用教員の妻の若夫婦の家。昨今は海外で生活する日本人 が増えているが、たった一人でのホーム・ステイは心 細くはなかったろうか。 「現地の人に会うまでは 不安な思いはありました けど、私は多少無鉄砲な ところがあるので、とにかく "辞めてやる"と強がって、 最初六か月と申し込んだんで すが、半年たったら楽しかっ たので、そのまま一年余り、 いることになったんです。本 当は私、書くのは好きだった んですが、人に会うのは怖く て怖くてたまらなかったんで す。ところが仕事は人生を変 えるんですね。今ではもう、 人と会うのが楽しみ……」


  幼稚園の年少クラスで学んだアメリカの文化の重要な部分


 日米間ではマスコミを通じ ての文化交流も盛んなので、 擬似体験の機会も多く、カル チャーショックというほどの ことはなかったようだが、学 校で触れ合った子どもたちか らは、学んだことが多かった という。それは多分、人間の 基本的な生き方にかかわる問 題だろう。

 たとえば「月にウサギが住んでいる」話も、「竹から生まれた女の子が月に帰る」話も、いちいち「これはおとぎ話で、つくり話なのよ」とい ってきかせる。それでも子どもたちは楽しんで聞く。「ぶんぶくちゃがま」など、「キュートな話だよ」と感心する子もいたという。

 日本の教育現場では、今、学級崩壊が問題になっているが、アメリカでも授業中におしゃべりする子、立って歩く子など少なくないようだ。そういう子は、つまみ出して校長室に送り込んでしまうらしい。

 「でもアメリカの、私が行っていた学校は、非常にフレキシブルなところで、何でも楽しませながら教えるというのが、教育の重要な役割だったようです」

 たとえば中学生のクラスでギリシャの歴史を学んだ後は石鹸を削って神殿のミニチュアをつくって遊ぶ。中世の騎士の勉強をすれば剣と盾をつくって、校庭でチャンバラごっこ。「いいくに(1192)つくろう鎌倉幕府」とか「一夜(1467)むなしく応仁の乱」などといった語呂合わせで歴史を学ぶ日本とは大違いだ。

 中島さんが勤めた学校の校 長室に行くと、「人生に必要な知恵はすべて幼稚園の砂場で学んだ」と大書されたポスターが掲げられてあり、これは日本でも翻訳されて評判になったエッセーのタイトルだが、中島さん自身は「アメリカ文化のたいへん重要な部分の多くを、私は何を隠そう、幼稚園の年少クラスで学んだ」という。

 たとえばアメリカ史の壮大な一ページともいうべき「感謝祭」の起源、そしてアメリカの代表的な食べ物のポップコーンは、インディアンが白人たちに教えた最初の食べ物であること、などなど……。中島さんは一年ほどの教育実習の後、シアトルのワシントン大学に学び一昨年十二月帰国した。帰国して気がついたことは──。

 「発想が元気になりました。どうせできないと考えなくなった。とにかくやってみようと前向きに考えるようになりました。肩書でない人間としての信頼関係がもてて、本当によかったと思っています。1,575円(5%税込)。

(藤田昌司)


(敬称略)


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