さて、この像は発見時、頭部と体部が頸で離れ、脚部、左足先、両腕、両手首なども離れてばらばらの状態であった。 しかしこれらを継ぎ合わせて組み上げると、一部に欠落はあるものの、 像としてのまとまった姿があらわれてくる。全高およそ八二センチ。 正面を向いて腰を少し左にひねり、左足を踏み下げて坐る菩薩の姿である （写真参照、ただし水瓶の頸を握った左手首、 右膝上で掌を上に向けて開いた左手の肘から先は取り付けていない）。

　 各部のうち頭部と胴部、左上膊上半と右上膊、踏み下げた左脚と左足先が脱活乾漆造り、 それ以外の部分は近世の木造による補作で、胴体の腰廻りも木造で補われている。 当初はすべて脱活乾漆造りであったに違いない。 当初部分もいま表面は近世のいわゆる泥地（胡粉に膠を混ぜて造った漆や彩色の下地）を用いた補修が二度にわたって施され、 肉身は金泥塗り、着衣は漆箔とされているが、左脚や左足の裏に古い漆箔が残っており、 もともとは全体が漆箔仕上げであったと思われる。

　 ここに見る脱活乾漆技法はまさしく天平時代のそれに通ずるものである。 また後世の厚い化粧によって目や唇の輪郭、衣文や装身具の文様など、すべてにわたって鈍くなり、 全体にぼってりした印象を与えるが、それでも豊かで均整のとれた面相や体躯、写実的な衣褶表現に、 天平時代の面影が明らかに認められる。

　 天平時代には脱活乾漆の技法により、数多くの仏像の名作が造られた。 興福寺の十大弟子・八部衆像（七三四年）、 東大寺の不空羂索観音像をはじめとする三月堂の諸像（七四〇年代）、唐招提寺の鑑真和上像（七六三年ころ）などはことに有名である。

　ここでその基本的な部分の造り方を説明しておくと、まず塑像で原型を造り、 これに麻布を麦漆（漆と麦粉を練ったもの）で何枚も貼り重ねた後、 後頭部や背面の布を長方形に切り取って窓をあけ、内部の塑土を除去し、 そこに木の支柱や枠を組み入れて形を支持した上で、切り取った麻布で窓をふさぐ。 これで内部が空洞の張子のような像ができる。 像の表面には木屎漆（麦漆に木粉を混ぜた塑形材）をかけ、髪にはそれを厚く盛って毛筋を刻み、 装身具など部分的に突起した箇所も木屎漆を盛って整形する。 最後に、黒色の土漆（つちうるし）（焼土の粉を漆に入れて練ったもの）で地固めした上に漆箔や彩色を施す。

　 日本で古く（即）（そく）と呼ばれたこの技法の源流はもちろん中国にある。 中国では夾紵（紵は麻の一種）、後に脱空、脱活の称もある。仏像制作以前から長い伝統を持ち、 古くから器物の製作に用いられていた。大倉集古館に河南省輝県出土と伝える戦国時代の大夾紵鑑（たらいの一種）があり、 楽浪からは銘文に夾紵と記した漢代の杯や器が多く出土している。

　 夾紵の仏像に関する記録としては、東晋（四世紀）の載逵が夾紵の行像を造ったというのがもっとも古い。 行像とは仏誕の日に仏像を車や輦に載せて市街を練り歩く行事に用いられたもので、 その軽量の故に行像として造られたのが夾紵の仏像の始まりであったかも知れない。 以後、夾紵像制作の記事が多くなり、唐代に盛行したようである。

　 中国の遺品としては、いま海外に流出してアメリカの美術館等にある三十例ほどが知られ、 中で古いのはニューヨーク・メトロポリタン美術館やワシントン・フリヤギャレリーにある仏坐像が隋代に遡るものと思われ、 唐代の作例にクリーブランド美術館の菩薩坐像その他を挙げることができる。 遺品の時代はさらに宋・元・明に及び、清代末の地蔵王菩薩像が横浜にあることは初めに述べた通りである。

　 これらを通観すると、その技法はさまざまで、ふつう練物と呼んでいる黒色の地粉漆状のもので麻布を数層に貼り重ね、 表面も同じ漆料で堅牢に仕上げるもの（中空でなく木を心にするものもある）、 麦漆状のもので麻布を貼り重ね、表面に木屎漆をかけるもの、衣文の隆起部は麻布の間に木屎漆、 または塑土を盛って造るものなどがあり、天平の脱活乾漆像の直接の源流となるものを含んでいる。 しかし天平の脱活乾漆像とちがって木屎漆を用いないことが多く、また用いる場合も木屎漆層が薄いことが注目される。

　 日本で夾紵技法が用いられたのは、やはり仏像よりも棺が早い。 聖徳太子（六二三年薨）の磯長墓を始めとする七世紀の古墳に夾紵棺が見られる。 仏像では天智天皇の時代かららしく、遺品としては七世紀後半、いわゆる白鳳時代の当麻寺金堂四天王像がもっとも古い。 ところがこれらの夾紵棺や四天王像ではやはり木屎漆を使っていない。