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有鄰


有鄰の由来・論語里仁篇の中の「徳不孤、必有隣」から。 旧字体「鄰」は正字、村里の意。 題字は武者小路実篤。

平成11年12月10日  第385号  P1

 目次
P1 P2 P3 ○座談会 今、歴史に学ぶこと (1) (2) (3)
P4 ○茅ヶ崎と小津見たまま  石坂昌三
P5 ○人と作品  山本文緒と『落花流水』        藤田昌司

 座談会

今、歴史に学ぶこと (1)

   作 家   城山 三郎  
  作 家   津本 陽  
  文芸評論家・本紙編集委員   藤田 昌司  
              

はじめに

藤田
津本 陽氏
津本 陽氏
城山 三郎氏
城山 三郎氏
激動の時代の今、歴史に学ぶことの大切さというのは、だれもが痛感していることだと思います。とくに、きょうご出席いただきました城山三郎先生、津本陽先生はお二方とも、日本の歴史というものを真っ正面から見据えて小説を書かれている、まさに国民的作家だと思っております。

城山三郎先生は、ご自分で「自分は戦中・戦後の状況の中から生まれた作家である」ということをおっしゃっておられます。

それに対して津本陽先生は決断の中から生まれた作家ではないかと、私は考えております。作家になられる前の紆余曲折の中から、信長のような決断、あるいは秀吉のような決断でやってこられた作家です。

そこで、本日は「今、歴史に学ぶこと」というテーマでお話し合いいただければと思います。


昭和初期の大不況を乗り切った高橋是清

藤田 今、何といっても不景気ですね。薄日が差してきたと言われていますが、まだどこまで政府の公式発表を信じていいかわからないような状況です。そうすると、現代の不況を考えるときに、昭和初期の大不況のころの歴史が参考になるのではないかと思うわけです。そこで思いつくのが高橋是清です。

総理経験者の宮沢喜一が大蔵大臣になったとき、「第二の高橋是清」だとマスコミなどで随分言われましたが、明治憲法下で緊急勅令があった是清の時代と現代の民主主義の時代とでは、宮沢さんはそう言われても、なかなかつらいところがあったと思うんですが、そのへんはいかがでしょうか。

城山 あの時代は、緊急勅令という民主主義を超えるものがあったから、やりやすい面もあったし、逆に問題を残す面もあったと思います。不況の認識の仕方によって、手の打ち方が違うので、宮沢さんには宮沢さんの認識の仕方があり、高橋是清の時代にはそれにふさわしい仕方があったんでしょう。
 

  景気はよくしたが軍国主義に逆らえなくなった是清

藤田 銀行に対して二十日間の支払い停止命令を政府の勅令一本でやった。今では考えられないことです。その間に大蔵省はお札を印刷した。まだ裏が印刷されてないのがあったとか。それを銀行の店頭にうず高く積み、預金者を安心させた。あれは勅令があったからできたことですね。

津本 そうでしょうね。それでこのころ国債の日銀引き受けをやったわけですが、今は、それをアメリカがやれと言っても、やると、かなりのインフレになるんですか。

城山 そうだと思います。高橋是清は確かに景気をよくしたけれど、国債の日銀引き受けをやったために、無制限に軍需に応じて紙幣を出すことになり、その後の軍国主義の路線に逆らえなくなる。それで、逆らい出したら彼は、二・二六事件で殺された。

今も調整インフレということが言われ、調整の段階でとどまればいいけれど、制度的に日銀引き受けをやれば、国債は全部日銀が引き受けることで消化され、紙幣が出されて、やはり非常に危険なことだと思う。

藤田 是清は、確かに昭和の不況を乗り切った有効な手段を講じたけれど、その手段をそのまま現代に取り入れるわけにはいかないですね。
城山 そうですね。景気の刺激にはそれが一番手っ取り早いし、有効な手段だと思います。しかし、ケインズ理論もそうですが、問題は、けじめをどこでつけられるかということですね。

 

  是清の優れた現実を把握する力

藤田 人間性という点からすれば、是清は魅力的ですよね。津本先生の『生を踏んで恐れず』を読んで、こういう政治家が今いたらすごいなと思いましたが。

津本 高橋是清も徳川吉宗も、やはり同じような感じですね。織田信長にしても形は違うけど現実を把握する力、普通の人が気がつかない、混沌とした社会状況のどこを押さえていけばいいかを正確につかむ感覚は持っていた。

だから、まだ日本の経済状況が非常に不安定なときに、是清は何とかかじ取りをしてきた。何か触覚みたいなものがあった。彼は他の職業でもみんな成功したでしょうね。日銀本店の建設主任になっても、今までの建設業者の因習みたいなものを、パッとすぐ見つけますね。

僕が驚いたのは、資材倉庫で確保している量を、日銀に入ってわずか数か月で全部チェックしているんです。これは、資材業務の一番根本点です。あれはみんないいかげんなことをしている。というのは僕は昔、化学工業会社の資材部購買課にいたから。担当者は、わかっていてもルーズにしていたんです。

藤田 現実把握の感覚の問題ですね。これはやはり、いろんな体験を自分自身がやってきたからでしょうね。今のエリートにはなかなかできませんね。是清は、いわば底辺を歩き、また、アメリカに行って、奴隷みたいに売られたりして、底辺を体験した。

津本 資質もありますね。


現在まで続く風評被害『鼠』の鈴木商店と所沢のダイオキシン

藤田 少し時代をさかのぼって大正に入ると、大正の一番大きな事件は、米騒動を中心にした大騒動です。

私は、城山先生の『鼠』が非常に好きな作品ですが、あそこに出てくる鈴木商店は、結局、そんなに悪い会社ではなかった。それが、今の言葉でいえば風評被害というんでしょうか、「あそこは悪いことをやっている。米の値段をつり上げて、もうけている所だ」といわれ、焼き打ちに遭う。この間の、テレビ朝日の所沢のダイオキシン騒動のときに『鼠』を思い出したんですが、まだ日本は似たようなことをやっているんだなと。風評被害というのはどうですか。

城山 そうですね。まったく事実無根です。鈴木商店は前の年は政府に頼まれて買い占めをした。翌年は、そうじゃないのに、去年こういうことをしたからという延長上で悪者に仕立てられた。実際、鈴木商店が買い占めをしていると言った人たちを探させて調べたら、そんな現場も見ていない。某大新聞が言っているから、そう思ったということです。

某大新聞は、鈴木商店の後ろにいる民政党の浜口雄幸をたたきたかったわけです。新聞社が政争と絡んで、向こうの資金源を断とうということもあったんですよ。

藤田 昔は大新聞、今は大テレビですが、結局、世論を醸成するマスコミがいかに恐ろしいかということを、昔は『鼠』、今はダイオキシンで私は感じました。メディアに対する受け手の姿勢の問題というか。

 

  休日には情報を一切とらない『エコノミスト』編集長

城山 そういう意味では、私は朝になったからといって朝刊は読まない。遅いほど正確なデータか出ますから朝刊は夕刊と一緒に読むんです。

イギリスの経済誌『エコノミスト』の編集長が、土、日は一切情報をとらないと言っていた。テレビも見ない、ラジオも聞かない、新聞も読まない。何をしているかというと、音楽を聞いたり本を読んだりしていると。情報の第一線にいて、少しでも新しい情報をとるべきなのにやらないということを聞いて、そういうものかと思った。大きな流れはそんなに簡単に変わらないし、見つめていればいいんで、その見つめる目を失うことのほうが怖いと。

藤田 それは、現代を歴史の目で見るということにもなりますね。

城山 大きなトレンドで見るということでしょうね。



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