Web版 有鄰

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有鄰


有鄰の由来・論語里仁篇の中の「徳不孤、必有隣」から。 旧字体「鄰」は正字、村里の意。 題字は武者小路実篤。

平成12年2月10日  第387号  P1

 目次
P1 P2 P3 ○座談会 本とインターネット (1) (2) (3)
P4 ○関ヶ原合戦と板部岡江雪  下山治久
P5 ○人と作品  風野真知雄と『刺客が来る道』        藤田昌司

 座談会

本とインターネット (1)

   慶應義塾大学文学部教授   上田 修一  
  『本とコンピュータ』編集長・晶文社顧問   津野 海太郎  
  作 家   松本 侑子  
    有隣堂会長     篠崎 孝子  
              

はじめに

篠崎 近年、パーソナルコンピュータやインターネットが普及し、それにつれて、本を取り囲む状況も急速に変わりつつあります。原稿を書かれる作家、本を制作する出版社、販売する書店、購入する読者、また本を公開して保存する図書館などで、今、大きな変化が起こっております。

本日は、こうした現状や将来の方向性について、さまざまな立場からご紹介をいただければと思います。

ご出席いただきました上田修一先生は、慶應義塾大学図書館・情報学科の教授で、書誌データベースの作成や、検索システムの研究・開発を進めておられます。ご著書には『書誌データベース構築法』などがございます。

津野海太郎さんは晶文社に勤められ、現在は季刊雑誌『本とコンピュータ』の編集長です。さまざまな形で出版物に取り入れられているインターネットについてお話をいただきたいと存じます。ご著書には『新・本とつきあう法』などがございます。

松本侑子さんは作家で、原稿はパソコンで執筆され、取材や調査にもパソコンやインターネットを活用されています。『作家になるパソコン術』というご著書もございます。

有隣堂では、昨年、インターネット書店「Honya Club.com」を開業いたしました。インターネットが出版界をどう変えていくのか、書店ではお客様にどのような形で利用いただけるかなど、ご意見をいただきたいと思います。


資料検索・取材・執筆にパソコンを活用

篠崎 まず作家というお立場で、松本さんは原稿用紙ではなくキーボードで原稿をお書きになっているそうですね。

松本
座談会出席者
右から松本郁子さん、津野海太郎氏、
上田修一氏と篠崎孝子
一九八七年のデビュー作から原稿用紙で書いた小説は一作もなくて、すべてキーボードで書いています。大学に入ったのが一九八二年ですが、たまたまプログラミングが一年のときから必須科目で、ソフトをプログラミングして、コンピュータを動かす授業をやっていたんです。日本のコンピュータはまだオフィス・コンピュータ(オフコン)しかなかった時代でしたが、当時、アメリカ西海岸のカリフォルニア州などでは、すでにマイコンを使った掲示板やネットワークもあったし、それらが社会や政治、地域をどう変えるかという、情報社会論や情報政策論といった社会学の授業もかなりとっていたんです。

最近は、二十代の作家は原稿はほぼキーボードだと思いますが、一九九○年ころまでは、原稿を電子メールで出版社に送ろうとしても、編集の皆さんがメールをお持ちでなく、せっかくデジタルでつくっても、原稿をファックスで送って、また印刷所で入力しなおす状況でした。

今は業務連絡も原稿もメールですし、本の装丁もデザイナーがコンピュータ上でつくった画像データを送ってくれますので、仕事の効率がよくなりました。

 

  手書きとキーボードでは文体に差はない

上田 以前、あるテレビ番組で見たのですが、学生に一つのテーマを与えて手書きとワープロで書かせて文体を解析し、差があるかどうかを見たら、全く差がありませんでした。そうなると、機械を使うことをどう考えるかということでしかない。

松本 書く側からすると、手書きは腱鞘炎に肩凝り、腰痛と、体に負担でした。それにペンでは頭の思考のスピードで書けない。だけど、キーボードでは、わき上がってくる早さで打てるんです。

津野 僕が知っている一番年長の作家でキーボードで書いておられるのは、ことし八十歳の水上勉さん。メール、グラフィック、音楽もパソコンをフル利用されている。

松本 水上勉先生のコンピュータのエッセイを買って読んだんですが、体調を悪くされてから、鉛筆では疲れて書けない。キーボードも負担がかかるので、音声入力を試してみられたそうです。私もBMが出しているボイスエイトックを試したんですが、まだ、今一つでした。そのうち性能が上がって、おばあさんになったら、私は音声入力でやろうと思っています。

 

  「赤毛のアン」の引用出典を電子図書館で検索

篠崎 松本さんは、取材にパソコンを使われたり、『赤毛のアン』の翻訳で、実際にインターネットを利用されたということですが。

松本 『赤毛のアン』の翻訳がこの春に集英社から文庫化されます。『赤毛のアン』は児童文学というイメージが強く、実際、今までのは子供向けに要約して訳されたものでしたが、私は全文訳をやったんです。すると、原文に「汝、何とかしたまえ」みたいな古い文章や詩的なせりふがたくさんある。でも、アンは十一歳だから、そんな古風な英語をしゃべるのはおかしいと思った。それはシェイクスピア劇のハムレットやマクベス、バイロンやテニスンなどからの引用だったんですが、引用句辞典には載っていない。全文のテキストデータで検索するしかないと思った。

しかし、一九九一年ごろはインターネットはまだなく、パソコン通信で探したら、著作権が切れた古い英米文学作品をデジタル化している文学フォーラム、電子図書館がニフティサーブ(富士通のパソコン通信サービス)の中にあったんです。そこにつないでデータを全部ダウンロード、つまり自分のパソコンに移して『赤毛のアン』と一致する文章を探した。そこら辺から「電子図書館ってものすごくいい。文学研究の新しい可能性を開くものだ」と思った。以前は本を一冊ずつ読まないと探せなかったんです。

あるいは、「薔薇」「名前」「香る」という単語三つで検索すると、『赤毛のアン』の中の一節は、時制は違っているけれど、『ロミオとジュリエット』のジュリエットのせりふだったとか、そういう複合検索もできる。それで、一九九三年に世界で一番最初に、『赤毛のアン』の英米文学について詳しい解説をつけた本を出したんです。

 

  取材の準備に便利なインターネット

松本 インターネットでできるのは取材ではなく、あくまで取材の準備です。海外文学の舞台を訪ねる紀行集をシリーズで出していて、主な世界文学全集に入っている所は回りました。昨年もアンネ・フランクの取材に行ったのですが、行く前にインターネットでオランダのアンネ・フランク財団のホームページを見て、開館時間や写真撮影などを問い合わせました。

その海外取材のために英語のホームページをつくったんです。全著作を本のカバー入りで英文の内容紹介をつけ、アメリカのヤフー(Yahoo)、これは、ホームページを検索するためのホームページですが、そこに登録しています。取材に行くとき、自分がどういう間か、事前に見てもらえばわかるので、取材がうまくいくんです。



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