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有鄰


平成12年3月10日  第388号  P3

 目次
P1 P2 P3 ○座談会 現代の人と住まい (1) (2) (3)
P4 ○桜花と陰陽五行  吉野裕子
P5 ○人と作品  森下典子と『デジデリオ』        藤田昌司

 座談会

現代の人と住まい (3)


藤森 確かに美というか、ある統一された全体像みたいなものは、時代のいろんな条件が変わっても残ることは間違いない。絵も名建築もそうです。
「タンポポ・ハウス」の屋根の上の日本タンポポ
「タンポポ・ハウス」の屋根の上の日本タンポポ


自分のものは、やっている最中は夢中ですが、冷静になってくると、やっぱりいろいろ気づく。隈さんが言われたように、全体像みたいなものは時代ごとに、条件も理屈も違う。個人の建築家の歴史をずうっと追うと、発想の基本的なやり方は似ているけど、やっぱり変わってますね。一度は変わってもいいけれど、二度変わるのは危ない。

 

  公共の建築物こそしっかりとつくる必要が

藤森 それともう一つ、戦後の名作を調べると、施主、設計者、現場がみんな相当頑張っています。やっぱり本当に人知を尽くして、という感じで、いいものができる。それが表現にあらわれるんじゃないかな。

建築の美とか表情などは要らない、建築家に頼むとむだなことをやる、と言う人が結構いますが、それは基本的に誤解で、建築家のつくるものは、人間でいえば顔の表情をつくっている。お化粧をしているわけじゃないんです。

田辺 そうなったのは最近で、日本は伝統的には大切にする。

藤森 表情というのは、普通の社会では、見栄と体面といってもいい。いくら何でもこういうのはつくっちゃいけないとか、ここは無理してもしっかりつくらなきゃいけないとかが基本的にはあったのに、それが戦後の民主主義のなかで、はき違いがあった。

公共の建築物は安くつくれと一般ジャーナリズムが強く言った。それでやると神戸のざまです。地震などの場合、市役所が住宅や学校に数か月間なる。市役所が途中で折れたりするのはまずい。

公共のものを安くつくれというのは戦前にはなかった。学校建築をコンクリートにしたときはそうでもないんです。だって木造だったんですから。それが高度成長期以降、経済的に余裕が出てきたにもかかわらず公共のものを高くするといろいろ言われる。

実際にはそれほど安くはないんです。結局、そこでもマニュアル主義みたいなものがある。誰にもリスクを負わせないためにマニュアルを用意するのが戦後民主主義のやり方でした。マニュアルが事細かに決めてあるから高くなったりもしてるんですが、民主主義イコール、リスクを負わないということになってしまい、それが都市と建築をつまらなくした原因になっていると思う。

藤森 特に役所の建築がそうですよね。

田辺 立派と、お金が高いというのは別ですからね。

藤森 確かにそうです。工費が安くても立派なもの、いい表情をしたものがある。広島のピース・センターなんてめちゃくちゃな安い値段だけど、世界的な名建築です。


ホルムアルデヒドなどの有害な化学物質

編集部 今、一般住宅で問題になっていることに室内汚染がありますね。

田辺 環境のふたをあけてみたら、実は人にいいと思ってつくっていたものが、人に悪かった。耐久性を上げるとか、施工がしやすい工夫をすると人間に害になるなどとはほとんど考えていなかった。

畳の中にもダニ用の農薬が入っています。田んぼの十倍の量、平米当たり数グラムというものすごい量です。 これはJIS(日本工業規格)で決まっているんです。畳は面白くて、表面はJAS(日本農林規格)、畳の中はJIS規格なんです。

材料でいうとモルタル。セメントと砂だから大丈夫だと思っていたら、伸びがいいというので、ラテックスというゴム系のものを混ぜる。これから有害な化学物質が出てくる。一部の物質は発がん物質で、すごいにおいがする。建築模型をつくっているときのにおい。でもこれを混ぜるときれいに伸びるんです。

それは今はタイルを張るときも、モルタルのなかにみんな入っていますよね。

田辺 保水性も施工性もいいんだけど、有害な化学物質がものすごく出る。

藤森 塗った後に出てくるわけ?

田辺 はい。ホルムアルデヒドだけじゃなくて、そういうものが、今いっぱいあるんです。

 

  今の施工方法や材料を考えようという大きな流れが

田辺 今までは住宅も隙間があって、有害な物質が逃げていっていたのが、日本の住宅も冬向きになり、暖かくなったので長生きするようになった。ところが、気密になったのに、住まい方は前のままなのです。

例えば床にフローリング材を張るとき、ギシギシ床鳴りがするから化学物質を含んだ接着剤を使う。張った後、大工さんは「せーの」と、乾くまでバーッと外に逃げるんです。(笑)

じゃ、窓をあけて、乾くまで待って、それからやればいいじゃないかと言うと、窓をあけると、その後、夕方に閉めに来ないといけない。そのコストが一室当たり一日何千円かかる。そのコストは出ないと。

だから、今、そういう反省が相当出てきて、材料や施工方法を考えようというのが一つのトレンドです。皆さん、健康問題に相当関心が強くなっており、トラブルの問い合わせ電話がすごいです。

それと建物を壊したとき。これから相当問題になると思います。木だと思って燃やすと、銅とクロムと砒素と 防腐剤が注入してあるから、燃やすと出てくる。だから、今まで大丈夫だと思っていたものでも実はそうでないのです。

 

  フレーム自身を疑うのが環境問題の基本

編集部 今後、廃材の処理などは、どういうふうにするんですか。

田辺 解体リサイクル法が三月ぐらいに国会に出ます。それは必要なものを分別し、木とコンクリートとアスファトは リサイクルしないといけなくなった。それ以外のものはなかなか手がつかない。大問題です。処分場がないんです。

壁などは、石こうボードを使って、その上にビニール壁紙を張っている。石こうボードを廃棄するときは管理型処分場に入れないといけなくなった。壊すときも考えて材料を吟味しておくのが相当大切です。お金がかかってしようがないんですが。

時代が変わると、その基準もすごく変わる。例えば湿式なら自然に優しいと思っていたら、湿式のものに接着剤が一番多く入っている。

最近、薄塗りができるようになったのは、全部接着剤で可能になったからです。薄塗りでクラック(亀裂)が入らなくなって、建築家はいい気になって薄塗りで接着剤をたくさん使っているけど、それが実は一番危なかった。

だからこそ、環境問題で必要なのは自己否定です。今やっていることを疑わなきゃいけない。今、世の中で決められている環境のフレームの中で数値を議論するだけではどうしようもなくて、絶えずそのフレーム自身を疑うのが、環境問題の基本です。藤森さんがやられていることは、そのフレームへの挑戦であって、そこが一番新鮮に映る。

田辺 自分たちで枠を決めて、その中で環境を守っていればというけど、この枠が怪しい。環境というのは、本質がなかなか見えてこないですね。

藤森 自然のものから悪いものが出ないわけじゃない。ただ、人類の進化の中で一応慣れて、問題が出ないようになっただけ。だからといって今の毒ガスに人間が慣れるにはもう何十万年も必要で、それは難しい。それともう一つは、ちょっとした注意で相当減る。

 

  漆喰の接着剤を減らしたら森の中のような空気

編集部 「タンポポ・ハウス」をつくるときはそういう汚染のことは……。

藤森 それは考えてなかったですね。三年前、田辺さんと初めて会った日に、帰宅して台所のキッチンをあけてみたら、すごいにおい。なぜかというと、我が家で台所だけは既製品なんです。つまり、衛生関係を素人が何かすることはできないから。ホルムアルデヒドでしょう。鼻でわかるんだから、計るとすごいと思う。でも、それは換気で相当減る。

もう一つ恐ろしいのは、輸入材は輸出国で加工している可能性があるそうです。すると日本に来たときには 既にどうしようもない場合がある。僕の家は幸い、全部田舎の木を切って使ったから、加工していない。あと、漆喰は接着剤が多いとテカリが出る。それがいやで、どんどん減らさせたから、少ないと思う。

漆喰の部屋に入ると、森の中に入っているみたいなんです。要するに酸化物を全部吸っているわけ。一年してその感じがなくなったから、一年ぐらいで吸収力が終わるんでしょう。

 

  部屋が乾燥していると感じるのは、ほとんどが化学物質の刺激

田辺 化学物質を少なくした治療用の部屋が北里大学にあるんです。大気中の化学物質の百分の一ぐらいの量になっている。プロトタイプ(試作モデル)が筑波にあり、入れてもらったんです。入ったときは何とも思わなかったんですが、一時間ぐらいして外に出たら、普通の部屋で目が痛い。世の中ってこんなにツンツンしていたのかって。

化学物質過敏症は精神的なものじゃないかと言われていますが、その反論のために、その部屋に入って、真っさらな状態に一たんして、化学物質を与えて、反応が出るかというのをやるんです。

我々が調査に行って、「この部屋は乾いている」と感じて湿度をはかると、意外と高い。乾いてると思うのは多分化学物質の刺激だと思う。

それが多いと、乾いたと感じる。

藤森 体のほうが経験的に誤解するんだ。

田辺 はい。乾いているからと、加湿器を使う。実は水分が多いともっと化学物質は出やすい。だから、乾燥といっても、湿度が三○%以上あれば、ほとんど問題ないですね。基本的には、日本の今の家は加湿は余り要らない。

 

  クレームを避けるために不自然なことを許容してきた

編集部 結論的に、これから我々はどうすればいいんでしょう。

藤森 化学物質の問題は、自覚的にやれば、半分とか三分の一近くになるでしょう。

田辺 つくる人たちももう少し自覚をする。住み手も相当勉強しています。

藤森 住み手の場合、人によると病状として出るから。 

田辺 一回なると百分の一ぐらいでも感じますからね。

でも、ここ十年ぐらいでものすごく変わると思う。ホルムアルデヒドなんかも急激に撲滅されつつあります。

田辺 ホルムアルデヒドは二年ぐらいで終わると思う。

藤森 だけど、台所を買った人はどうするか。

家では、今、おばさんのクレーム主義みたいなものが主導権を持っている。それでクラックが出たら絶対だめとか、そういうクレーム主義が結局は化学物質づけの原因になった。今度はそのクレーム主義が、ホルムアルデヒドとか、化学物質に向かっているから、逆にクラックは出てもいいとかなったら面白いと思うんです。クレーム主義をうまくそっちに誘導したい。

藤森 自然のものはまず不均質で当たり前です。時間とともに反りとか割れとかになってくる。それをとにかく許容しないといけない。

「神長官守矢資料館」
「神長官守矢資料館」(長野県茅野市)
日本は絶対それを許容しない。マンション業者なんかがそうです。例えば木のドアの枠を木にした途端に、そこで割れてくるから、枠はスチールで、木造のドアをつける。クレームが起きないためにすごく不自然なことを許容してきた。これを何とか逆転しないとだめだと思う。

今、下手をすると、企業責任みたいなことで、段差も割れも絶対だめみたいな極端なところに行くのか、逆に環境問題をうまく使って、段差やヒビを許容する方向に行くのか、社会が大きな曲がり角に来ていると 思うんです。

藤森 本当の問題と、感覚的な割れとかを分けて考えなきゃいけない。それはちょっと可能性がある。毒ガスはもちろんだめだけど、無菌状態を理想とするのはやめる。

田辺 昔は寒さ暑さが厳しかったから、温度をなるべくいい温度にしたいと思った。今は二十五度にしようとするとピタッと二十五度になる。すると人間は、リズムがなくおかしくなる。だから人間の行動にもう少し含みをもたせるとか、そういう方に少し向いている。

藤森 若い人たちは、割合許すよね。

若い人のインテリアの感覚なんて、昔のインテリアデザイナーの感覚から言うと施工前みたいな感じがする。 施工前の状態が一番格好いいとなってきている。

田辺 古着なんか結構着ていますよね。

藤森 自然素材の、洗いざらしの木綿の感覚みたいな、ああいうのは確かに救いは救いですね。

 

  今までの基準とは異なるフレーム自体への挑戦

藤森 僕の設計した建物は建築界では、ごく一部の人たち以外には、評価は低いんです。それは、日本建築学会賞のときに思いました。神長官守矢資料館は十人の審査員のうち、いいというのは一人。「タンポポ・ハウス」は見たいという人はいないから、審査の対象外。赤瀬川さんの家は応募しなかった。次の秋野不矩美術館は十人のうち三人がいいと。ただ、若い人たちが割合興味を持ってくれる。

学会賞というのはフレームが固定していて、フレームを壊したものは初めから対象外だとする人たちがいる。藤森さんのはフレーム自体への挑戦だから、今までの基準と全然違うところにあるんです。

編集部 今、藤森先生の設計中とか設計予定のものは。

藤森 熊本県立農業大学校の寮をやっています。木造の五千〜六千平米ぐらいで三月にできます。それとリゾートホテルの中のインテリアを一つ。これは巨大な竹かごのようなインテリア。僕の手づくりの家具を入れることになっているんです。

編集部 どうもありがとうございました。




 
ふじもり てるのぶ
一九四六年長野県生れ。
著書『タンポポ・ハウスのできるまで』朝日新聞社2,520円(5%税込) ほか多数。
 
くま けんご
一九五四年横浜生れ。
著書『新・建築入門』ちくま新書693円(5%税込) ほか。
 
たなべ しんいち
一九五八年福岡県生れ。
著書『室内環境汚染』講談社現代新書672円(5%税込) ほか。
 




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