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有鄰


有鄰の由来・論語里仁篇の中の「徳不孤、必有隣」から。 旧字体「鄰」は正字、村里の意。 題字は武者小路実篤。

平成12年7月10日  第392号  P1

 目次
P1 P2 P3 ○座談会 昆虫の世界 (1) (2) (3)
P4 ○宣教師ルーミスの横浜からの手紙  岡部一興
P5 ○人と作品  山本一力と『損料屋喜八郎始末控え』        藤田昌司

 座談会

昆虫の世界 (1)

  神奈川県自然保護協会会長   新堀 豊彦  
  平塚市博物館学芸員   浜口 哲一  
  神奈川県立生命の星・地球博物館学芸員   高桑 正敏  
              

はじめに

編集部
フタコブルリハナカミキリ
フタコブルリハナカミキリ
ホシベニカミキリ
ホシベニカミキリ
身近な所から生き物たちが少なくなったと、今ほとんどの人が感じていることと思います。急速に都市化が進む神奈川県でも、近年の自然環境の変化は著しく、そこに生息する昆虫たちにも大きな影響を与えており、すむ所を追われ、消えていくものたちがふえています。しかしまだまだ豊かで多様な自然環境の中で、さまざまな昆虫たちが暮らしています。

有隣堂では、このたび神奈川県立生命の星・地球博物館の編集による「かながわの自然図鑑」(1)『岩石・鉱物・地層』、(2)『昆虫』を刊行いたしました。

そこで本日は、昆虫と長く、そして深いお付き合いを続けておられる方々にご出席いただき、お話をお聞きすることにいたしました。

オオムラサキ
オオムラサキ
新堀豊彦先生は、幅広いご趣味をお持ちですが、なかでも昆虫研究は長く、専門家も顔負けと伺っております。現在、神奈川県自然保護協会会長、日本昆虫協会理事などを務めておられます。

浜口哲一さんは、平塚市博物館の動植物担当の学芸員として、地域的な調査や自然観察会などの指導に当たっておられます。

高桑正敏さんは、神奈川県立生命の星・地球博物館の学芸員で、今回、『昆虫』の中心となってご執筆いただきました。


「虫 大好き」の少年時代

編集部 まず昆虫と付き合い出されたきっかけについてお願いします。

新堀
座談会出席者
左から浜口哲一氏・新堀豊彦氏・高桑正敏氏
僕が本格的に付き合い出したのは一九四○年代で小学校五年生ぐらいのときです。その前は、夏休みの宿題に昆虫標本を出す程度でしたね。おやじが昆虫採集に興味を持っていたので、よく一緒に山に連れて行ってくれたんです。

それで小学校五年生のころ、カミキリムシを専門にやっているサラリーマンの人と、チョウをやっている学校の先生が近所に住んでいて、この二人が、「ウスバシロチョウをとりに行くから連れていってやる」というので、五月でしたが、東京都と神奈川県の境にある小仏(こぼとけ)峠に連れて行ってくれたのが最初です。それで、昆虫採集は夏休みだけじゃなくてオールシーズンいつでもできるのだと、のめり込んでいった感じです。

それから学校でも、生物部でずうっとやってきました。チョウとカミキリムシの二つを、最初から並行して追っかけるような形でやっていたんです。今はもっと広がりましたが。

編集部 浜口さんはいかがですか。

浜口 虫と深いつながりを持つようになったのは小学校の高学年のころからですね。当時、住んでいた家が、今にして思えば夢のような家で、逗子の谷戸の奥に建っていて周りが林だった。その家の中にいろんな虫がすんでいたんです。

例えば、夏の終わりになるとオオハキリバチという大きなハチが家の中をブーンと偵察にくるんです。このハチは洗たく物を干す竹ざおの中に松やにを使って巣をつくったりする。それから本だなの本を引き抜くと、中から土のかたまりがバラバラと落ちてきて、ヒメベッコウというハチの巣があったり。また、台所の床下の貯蔵室に、カマドウマが何十匹もいたり。

そんなふうに、ごく身近な所で、いろいろな虫と接する機会があったこと、それが興味を持つきっかけでした。

 

  横浜の真ん中でオオムラサキが飛んでいた

編集部 高桑さんは。

高桑 私の場合は、明瞭にこれというのはなくて、とにかく物心ついたときには虫をいつもさわったり、殺していた。標本にしていたんです。

新堀さんの昆虫のコレクション
新堀さんの昆虫の
コレクション
私は横浜の金沢区で生まれ育って、今も住んでいますが、当時、近所は虫が生きるのに非常にいい環境にあったから学校から帰れば、虫網を持って近所の山を歩いていた。

小学校の卒業文集の私の題は「有隣堂の思い出」なんです。先生に、そんなに虫が好きなら有隣堂でやっている読売科学展に出したらどうだといわれて、自己流でつくった標本を出したんです。

都会者のつくっている標本は、例えばチョウだったら、羽をきれいにそろえて展翅(てんし)してある。私のは自己流ですから、チョウが止まっている状態、つまり、羽が下がっている状態(上のオオムラサキの写真のような状態)で展翅した。生きている状態を見ていたからそうしたんです。それで有隣堂で見た標本にショックを受けて、それを卒業文集に書いたんです。

編集部 新堀先生は南区の蒔田辺りですよね。

新堀 成美学園(現横浜英和女学院)の山なんか、すばらしかった。横浜のど真ん中なのにオオムラサキが飛んでいたんだもの。いろんな昆虫がうちから十分ぐらいの範囲でとれたんです。

私の親戚が横浜市に二千坪寄贈して、この五月一日に、「蒔田の森公園」が開園しましたが、そこの大邸宅もうっそうたる樹林の中にあった。ほとんどこの辺りの自然植生に近い斜面緑地で、タブ、シイ、クヌギ、ミズキなどがたくさんあったから、フタコブルリハナカミキリなんかすぐとれたんです。今の時期だと学校から帰ってきて、夕方、ホシベニカミキリを随分とった記憶がありますね。

 

  新しい発見があり際限なく広がる昆虫

新堀 おやじは山に入るのが好きだったんだろうね。八ヶ岳なんかも子供のころに連れて行かれたし、丹沢の鹿狩りにも同行した。だから、いやでも自然に親しむチャンスがふえた。ただ、その中で昆虫は一番長く続けてきた。

能楽もかなりやりましたが、中学三年生ぐらいからだから、五年ぐらい虫のほうが早いんです。中断された時間も能のほうが長いし。昆虫は高桑さんに会っちゃったから……。

高桑 多趣味のなかで、昆虫はどうしてそんなに面白いのですか。

新堀 フィッシングをやる人や、ハンティングをやる人と同じような気持ちで昆虫を追っかけるというのがありますね。 とにかく追っかける。探す。それから知的なものを非常に強く持たせる。まだ未知の世界もたくさんあるし、生態・分布にしてもいろんなことがある。つまり新しい発見が頻繁にでき、僕のようなアマチュアでも、幾つかの新発見があって、際限なく広がるものがあるわけです。

高桑 新堀先生の名前がついているシンボリホソコバネカミキリというのもいます。



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