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有鄰


平成12年7月10日  第392号  P2

 目次
P1 P2 P3 ○座談会 昆虫の世界 (1) (2) (3)
P4 ○宣教師ルーミスの横浜からの手紙  岡部一興
P5 ○人と作品  山本一力と『損料屋喜八郎始末控え』        藤田昌司

 座談会

昆虫の世界員 (2)


新堀
オオトラカミキリ
新堀さん採集

オオトラカミキリ
それからコレクターとしての面白さもある。集めているうちに、だんだんふやしたいという気持ちになるわけですよ。だけど、それをやっているうちに虫がいなくなったから、自然保護をやらないとだめだと思ったんです。県会議員になって、一番最初に自然環境保全審議会ができたときに自分で志願して行った。だから虫をめちゃくちゃにたくさんとることはしない主義なんです。必要なものしかとらない。できるだけ自然環境が守られている中で、いろんな昆虫が多様に生きている。そんな中で遊ぶことが楽しいということでしょうね。

 

  逸品は長野県の入笠山でとったオオトラカミキリ

編集部 新堀先生のお宅の標本箱に、大変なものがたくさんあるわけですね。逸品はどんなものですか。

新堀 高桑さんが見たところでは何でしょうね。

高桑 それは本人が一番気に入っているものですよ。

新堀 それはオオトラカミキリ。モミの大害虫なんですが不思議なことにとれない。相当いるはずですが。だからカミキリムシをやっている者にとっては夢のカミキリムシなんです。僕は五十年やってきて、長野県の入笠山に行ったときに、フキの葉っぱにとまっているメスのきれいなやつを偶然とった。あのときは一番感激しました。

高桑 とった先から携帯で電話がかかってきた。(笑)

新堀 もう、うれしくて、とった、とったと、みんなに電話をかけまくった。(笑)

高桑 新堀先生はカミキリムシが大変お好きなんです。そのカミキリムシの中で、自分の目で生きている姿を見たいけれど、見ることが難しいというのがいるんです。つまり、あこがれなわけですよ。その最たるものが、このオオトラカミキリなんです。

新堀 何回ねらって行ってもとれない。

高桑 私もカミキリムシをやっていますが、野外での生きたオオトラカミキリを見たことはまだありません。

浜口 僕も見たことがありません。

高桑 ほら、こんなにフィールドに出ている人でも見たことがないんです。

新堀 オオトラと言うだけあって、トラカミキリでも一番大きく、結構見栄えのするカミキリムシだね。

 

  いかにも生きているという感じで声を出す動物が好き

編集部 浜口さんは。

浜口 僕も出発点は昆虫少年だったんですが、熱心だったのは中学ぐらいまでで、その後、方向転換をした。理由は幾つかあって、一つは採集して標本をつくって、面白いという反面、生命を奪うということで、何かひっかかるものが常にあった。

もう一つは、当時、『日本昆虫記』(講談社 全六巻)が僕のバイブルでしたが、生態の観察について手ほどきをしてくれる人がいなくて行き詰まりもあった。そして丹沢を歩き出して、植物の写真を撮り始めたり、鳥をやり出したり、ほかの道へそれていったんです。

ところが、たまたま博物館で仕事をするようになって、セミと鳴く虫を中心に、虫との付き合いを再開しました。鳥は大好き、あとカエル、コオロギ、鳴く虫。こうした声を出す動物が、いかにも生きているなという感じで好きですね。

編集部 高桑さんは、どうしてカミキリムシに……。

高桑 私は、高校時代まではとにかくチョウが好きだった。でも、チョウだと、田舎者がすぐできるような発見はなかったんです。ところが、カミキリムシはやっている人間は少ないし、種類数もチョウの三、四倍いるので、少しやればいろんなことがわかる。カミキリムシを始めたのは一九六六年からですが、最近は愛好者がたくさんふえてきた。

そうすると、今度はそうじゃない世界が欲しくなる。そこで、中学時代に印象が非常に強く、あこがれだったハナノミ科という甲虫に徐々にシフトを変えていった。ノミとは言ってもカミキリムシと同じく甲虫の仲間です。

同時に、日本の虫はみんながやるようになってきたので自分が第一線でやらなくて、みんなをたきつけるほうに回って、自分は外国のほうに主に行って調査をする。

 

  きれいな虫がたくさんいるのは鳥のおかげ

編集部 写真を見ると、すごくきれいな色の昆虫がたくさんいますが、そういう意味で興味を持たれたことはありますか。

新堀 やっぱり美的なものがありますよ。形態的にも非常に複雑で面白い。色もきれいで宝石も絶対かなわない。だから、僕は家内に言うんですよ。空飛ぶ宝石を追っかけているんだから、と。

高桑
ナミテントウ ナミテントウ
ナミテントウ
私は、色より形が面白いほうが好きですね。私がチョウをやめたのは、平面的な点。そこが魅力に欠ける。色はすばらしいけど。

昼間活動する虫は、平たくいえば、色を使って外敵から逃れる。夜活動するものは、暗闇だから色は基本的には関係ない。昼間の昆虫にとっての大敵は鳥と木の上のトカゲ類なんです。

そうすると、特に鳥は視力や物を見分ける能力にすぐれているので、昼間動いていると、すぐ見つかる。それを逆手にとるために、わざわざきれいになるんだと思います。

つまり、わざと鳥の目につくから、鳥はそれを攻撃しない。つまり私はまずい味を持っているよとか、毒があるよと強烈に色でアピールする。

編集部 鳥はきれいな昆虫は食べないんですか。

浜口 食べないというか、よく覚えると言います。だから、テントウムシなんかは、人間がなめても苦いから、そういうのを一度見ると、こういう模様のやつはあまりおいしくないということを学習して、それに似たいろんなハムシなども食べなくなる。

高桑 鳥は目がよくて、味にうるさくて、しかも記憶力がいいから、食べられるほうも進化してきて、そのうちの一つがカラフルになってきているということですね。

浜口 きれいな虫がたくさんいるのは鳥のおかげだということも言えるでしょうね。この地球に鳥がいなければ、そうした虫はいなかった可能性が非常に高い。


日本の平均的昆虫相が見られる神奈川県

編集部 神奈川県の昆虫はどういう特色をもっているんでしょうか。

高桑 神奈川県は日本のほぼ真ん中に位置しているので、日本の平均的な昆虫が見られるというのが、まずあります。

なぜ平均的かと言うと、昆虫は気候帯に左右されて生活しています。北のものは神奈川県以南では見ることが少ないけど、神奈川県あたりまではそのうちの何割かが分布している。逆に南のほうの虫も北海道では見ることはできないけど、神奈川県あたりまで出てきているのがある。つまり北のもの、南のもの、本州独特のものも神奈川県で見られる。そういう意味で、日本の平均的な昆虫が見られるというのが一つ。

 

  火山活動が活発なフォッサ・マグナ地域特有の昆虫

高桑 もう一つは、神奈川県はフォッサ・マグナという火山活動が非常に盛んな地溝帯に位置している。その火山活動が昆虫の種類に攪乱を及ぼした。つまり、火山が爆発して火砕流や火山灰が植物にダメージを与えると、昆虫は基本的に植物に頼っているから、食べ物もなくなって、そこにすめなくなる。だから神奈川県ですめなくなったものが結構あったんじゃないか。

ウラナミジャノメ(裏面)
ウラナミジャノメ
(裏面)
ギフチョウ
ギフチョウ
それと同時に、そういう火山活動があれば、そこにすんでいるものは外部との接触が断たれ、一つの種類の個体数が少なくなる。だから、そこで、ある突然変異が起きた場合にはそれがすぐ集団内に広がってしまうので、種類は同じだけれども、ほかとは違うものになりやすいということがある。

だから、特殊化というか、ほかとは違う色とか形を持ったものができやすくなったために、フォッサ・マグナ地域ではほかでは見られないものがたくさんある。例えばハコネアシナガコガネなどがそうです。

それから、フォッサ・マグナの周辺では、分布がそこで切れてしまうものがある。例えば西日本からずっと分布しているものでも、この火山地帯を乗り越えることができないから、神奈川県が分布の限界になっている。キリシマミドリシジミやウラナミジャノメなどは分布の東北限になっている。これも非常に大事な特徴だと思う。

新堀 だからギフチョウは富士山の活動によって分断されていて、神奈川県のギフチョウだけが飛び離れている。丹沢の一番東のほうにだけいて、西丹沢から箱根、伊豆半島、愛鷹山、富士山にはいない。富士川まで行くといる。 ギフチョウは富士火山帯の影響を受けた典型例ですね。

高桑 地質的に古ければ、種が違うまではいくんでしょうが、箱根火山や富士火山は新しく、箱根火山が活動を始めたのは四十万年前、富士山は八万年前ですから、なかなか違う種類にはいかない。

浜口 あと、神奈川県には海もあります。例えばウミコオロギのように海にだけしか暮らさない昆虫もあり、それも神奈川県の昆虫を豊かにしている一つの要因です。

高桑 それも黒潮と絡んでくる。要するに黒潮は暖かいものを運んでくるわけです。そうすると、暖かいものを運んでくる一番北に近い所ということで、分布の北限ということになりますね。


レッドデータ種−水辺や草地にすむ虫

編集部 都市化による影響は、神奈川県の場合、特に大きいでしょうね。

新堀 はい。里山の昆虫はすべて激減しています。ミドリシジミの類、ゼフィルスなんかも雑木林がなくなったためになくなっている。

高桑 そこにすむためには住処(すみか)がないといけない。住処をとったら、いなくなる。その状態が都市化なんです。つまり虫たちのすんでいる所、例えば、林や草地や川などが人間によって人工的なものに置きかえられている。

新堀 だから、水にかかわる水生昆虫が一番影響を受ける。ゲンゴロウ、タガメ、ミズスマシなどが全くいなくなったし、タイコウチだってあんまりいない。

高桑
ヨコハマナガゴミムシ
ヨコハマナガゴミムシ
川には瀬と淵がありますが、護岸して川幅を狭めると流れが急になって、真っすぐに流れるだけの川になりよどみがなくなるんです。だから川の昆虫がいなくなる。

ヨコハマナガゴミムシもそうで、これは世界中で横浜市港北区の鶴見川の河川敷にしか生息していませんが、今、建設省の理解で、何とか将来に残すことができる治水工事にしようということで、かなりいい方向に向かってます。

移動能力の低い昆虫は、ある特定のごく狭いエリアにしかすんでいない。その代表的な一つが、飛べないゴミムシの仲間なんです。飛べないから、何か地形的な障害があれば、それ以上分布を広げることはできない。ということでヨコハマナガゴミムシは、自分たちのすめるような泥質の河原環境を鶴見川にだけ求めた、ということなんです。

 

  昆虫の環境を考えるうえで大事な草の緑

浜口  それから雑木林のオオムラサキとか、オオクワガタとかも減っている。

クツワムシ
クツワムシ
あともう一つ、僕が調べている鳴く虫の中では、例えばマツムシやクツワムシの声を聞くことがどんどん少なくなってきている。これらは草むらやヤブみたいな所に暮らす虫なんです。そうした場所は都市化が進めば進むほど、どんどんなくなっていくので、そこで暮らす虫も、減っている。緑は木だけじゃなくて草の緑というのもあるわけで、その草の緑をどのくらい大事にできるかということが、昆虫にとっての環境を考えるうえで、大事な点の一つです。

高桑 おっしゃるとおりです。例えばチョウの場合は、草地にすんでいるものか、樹林にすんでいるものかに大きく分かれる。樹林にすんでいるものは、まだダメージ自体は小さいけど、草地にすんでいるものは、ものすごいダメージです。

 環境庁が今年四月に日本のレッドデータブックを改訂しましたが、その中のチョウを見ると、チャマダラセセリを はじめ草地にすんでいるものの大半がレッドデータリストに載っているぐらいです。それぐらい減っている。

 

  一時的な草地環境を食いつないでいくたくさんのチョウ

編集部 草地というと、どういうイメージですか。

高桑 空き地、荒れ地、河原環境、それから箱根の仙石原みたいなススキ原。それから芝地と言っていますが、牧場を含めた牧草地。田んぼの畦や土手は昔みんな草を刈っていた。あるいは牛馬を放牧して食わせていた のが、今はもう牛馬を使わないから、全くない。そういうちょっとした草地環境もないのが一つ。

あと草地環境で重要なのは伐採地。林は、薪や炭にするために十数年に一回、みんな切るので伐採地は一時的な草地環境になる。そういった所を食いつないでいくチョウがたくさんいるんです。

こういう一時的な環境がなくなったので、昆虫だけでなく、植物でもキキョウ、オミナエシ、スミレなんかが今、 見られなくなっています。

話がそれますが飼育で売られているスズムシと、何年か前に愛川町で聞いた野生のスズムシの鳴き声のイメージが随分違ったんですが……。

浜口 飼っていると高密度だから、お互いに張り合って合唱みたいになるのですが、今、野生のスズムシは少なくて、みんな一人さびしく暮らしているから(笑)、鳴き方もさびしい声ですね。

 

  土手がコンクリートになって消えたクロツヤコオロギ

浜口
ツユムシ
ツユムシ
虫や植物にとっては草地がコンクリートで固められたりして、どんどん減っているので、影響がすごく大きい。そういうことだけでも少し防げれば随分違ってくる。僕の調べたコオロギでも、クロツヤコオロギというのは、段々畑の土手に深い穴を掘って暮らし、そういう所にだけしかいない、いい声で鳴くかわいいコオロギなんですよ。それが土手がコンクリートで固められれば、それだけでいなくなる。

新堀 秦野市の葛葉緑地で昆虫の話を子供たちにしてくれと言われたので、「絶対に雑草をとらないでおいてください。そのままにしておいてください」と頼んだんです。そうしたら、相当に茂りましたね。

高桑 そういう草地にはセイタカアワダチソウがはびこります。この花にはいろんな昆虫が来る。背の高い草地はツユムシなんか好きですね。



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