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有鄰


平成12年12月10日  第397号  P3

 目次
P1 P2 P3 ○座談会 『星の王子さま』の魅力 (1) (2) (3)
P4 ○鏑木清方と金沢の游心庵  八柳サエ
P5 ○人と作品  猪瀬直樹と『ピカレスク 太宰治伝        藤田昌司

 座談会

『星の王子さま』の魅力 (3)


藤田 飛行機の中で?

柳沢 はい。してくれないと、このままエンジンをとめて墜落させると。怖くなってコンスエロがキスをしたと。

藤田 客観的にごらんになって彼は醜男ですか。

山崎 作家としては非常に写真の多い人ですが、写し方、見方で非常に変わる人です。

柳沢 『戦う操縦士』はアメリカで書いてベストセラーになり、フランスでも『夜間飛行』はフェミナ賞を取り、 『人間の大地』も賞を取っています。本当に当時のベストセラー作家で、書いているものがすばらしいので、 女性にもてたんだと思う。顔は二の次で。

新井 本人は全然醜男だと思っていないね。というのは写真のポーズをかなり気にしていて、自分がどういうふう に撮られると格好いいかということをいつも気にしています。どの写真も決まっているんです。サン = テグジュペリ ぐらい写真写りがよく、決まったポーズの写真が大量にあるのは珍しい。ナルシストといってもいい。百八十六センチの 偉丈夫だし、二枚目とは言いがたいけど、子ども時代の写真はなかなかかわいい。

非常に自分のことを気に入っている人の行動パターンだと思いますね。だから、二枚目俳優よりも性格俳優のほうですね。

彼自身は、自分のことを全然ひけ目には思っていなかった。むしろ逆に、絶対キスしてくれるとわかっているから 脅迫したところがある。

山崎 それからもう一つ、声が残っているんです。ジャン・ルノワールにあてた、つまり、『人間の大地』を映画化 しようという二人の話があって、サン = テグジュペリがシノプシスに当たるものをつくって、それを吹き込んでいる。 それが今レコードで出ていますが、写真と違って声というのは、また別にその人間をあらわして、いろんなことが聞こえてきます。

ドアのベルが鳴り「ちょっと行ってくるわ」と言って行く。帰ってきて「かわいこちゃんじゃなくて、ひげのはえた ほうだったよ(笑)。そっちには興味がないんでね」とか。それからジャン・ルノワールに「退屈したから、歌で も歌ってやるか」と、民謡を歌う。なかなかいい声です。


空への憧れは詩心を持つ人間の現れ

藤田 サン = テグジュペリは空や飛行機との関係が濃密ですね。どうして空に憧れたんでしょう。 新井さんは、 そういうご本もお書きになっていますが。

新井
新井 満氏
新井 満氏
僕の書く小説の主人公は、みんな現在、自分がいる場所でなく、どこか遠くへ行かないと、自分の本当の居場所は ないんじゃないかと思うんです。そのようにして『エッフェル塔の黒猫』を去年書きました。あのキーワードも 鳥でしたが、後ろ向きに飛ぶ鳥です。僕は、それは詩心を持った人間の共通項ではないかと思う。

サン = テグジュペリも地上にいると、ろくなことがなくて、トラック会社に就職すると、一台しか売れないわけですよ。 地上ではないどこか遠くと言うと、残っているのは空しかないですよ。

藤田 しかし、それにしても少年時代から、随分空に憧れていますね。なぜ…。

山崎 彼が少年時代を過ごしたサン= モーリス・ド・レマンスの城館の近くにはアンベリューの飛行場がある。 そこはフランス航空の発祥の地みたいな所だから、そこへしょっちゅう遊びに行っていたということもあるでしょう。

本来、機械いじりが好きだし、新しいもの好きですよ。まだ磁気テープがないときにすでに録音をやっている。 ディスクを手に入れてやっているわけですから。それからバシュラール的に分析すれば、空に行くほうの詩人タイプ ですね。

要するに、航空の歴史の上でいよいよ人間が空にはばたくという、ちょうどその時代にこういう素質をもって生まれた からでしょう。

柳沢 一九○三年に初めてライト兄弟が飛行機で空を飛ぶのに成功し、ちょうど、みんな飛行機に憧れる時期だった。

 

  飛行士は、現代の宇宙飛行士のように格好よかった

藤田 我々が蒸気機関車に郷愁を引かれるのと同じように、当時の飛行機は、まだ人間の肉体の延長線上にあった ように感じたのでしょうか。

山崎 そうですね。僕も軍国少年だったから、飛行機に乗りたくて乗りたくて。ああいう感覚は若いころはあるんですよ。

新井 一番格好よかったんでしょう。今で言う宇宙飛行士みたいなものでしょうね。毛利さんや若田さんらに子どもが 憧れていますよね。

山崎 だから、この人の作品の中でも、まるで肉体の一部で、自分はおっぱいを飛行機からもらっているような感じが すると書いています。それは、今の航空機とは全く違うものですからね。

 

  母親に対する親密感の強さ

藤田 もう一つ、サン = テグジュペリの作品を読みながら、母親に対する親密感というか、余りにマザコンが強い という感じがしたのですが。

山崎 彼の場合、四歳で父親を亡くしているから、お母さんべったりのところがもちろんある。ユング派の心理学者 フォン・フランツがマザコンの心理からサン = テグジュペリを説明した本(『永遠の少年−「星の王子さま」の深層』(紀伊国屋書店)も ありますが、それだけとは思いませんね。誰でも、何らかの形でコンプレックスがいろいろあって、それを徐々に乗り越えていくところに ドラマがあって面白いんで……。

藤田 マザコンがコンスエロや、あとの女性関係の背景にあったと考えられますか。

柳沢 コンスエロの自伝の中には、自分を母親のように愛してくれとコンスエロに頼むところがあります。

山崎 あの本自体、疑わしいという説もありますね。

柳沢 確かに遺族は認めていません。ただ、手書き原稿であることと、私が信頼するのは、コンスエロの自伝が伝記作者の ポール・ウェブスターが言っていることと共通する部分が多いからです。

ウェブスターがエルサルバドルの市役所で見てきた、一九○一年四月十二日のコンスエロの出生届が写真で載っている。 サン = テグジュペリとは十か月違うだけです。母親のように彼を愛するのはコンスエロには無理だった。自分が 子どもみたいな人だから。逆にネリー・ド・ヴォギュエはむしろ母性的な人で、ポール・ウェブスターによると、経済的支援と 愛情の面で彼を満たしたと書いてあります。

新井 サン = テグジュペリの誤算は、かみさんと同時におっかさんの要素も持っていてくれれば非常に便利だったのが、 コンスエロは妻であると同時に、母親ではなく妹なんです。やがてはけんか別れの運命です。でも、やはり唯一結婚した相手でしょう。


叙事詩的な男の世界を描く『夜間飛行』

藤田 山崎先生は『夜間飛行』をはじめ『南方郵便機』『人間の大地』『戦う操縦士』『城砦』などいろいろな作品を 翻訳されていますが、さきほどサン = テグジュペリはすべて自分の経験に基づいて書いているということでしたので、 サン = テグジュペリの人生と重ね合わせながら作品の解説をお願いします。

 最初に『南方郵便機』のとき、結局、彼は郵便機のパイロットになったわけですね。

山崎
『夜間飛行』
サン = テグジュペリ著
『夜間飛行』
山崎庸一郎訳 みすず書房
そうなんですが、これは変な小説で、飛行機の飛行士としての自分と、それを見ている自分と、二つに分けていますが、 同一人物のようです。それに、処女作だから、ロマンスも盛り込んでいる。とても下手なロマンスだとは思うんですが、 大局的に言うと、どこかに脱出する、不安定な冒険の生活を選ぶか、本当の幸福は安定したところにあって、一般的な 習慣に従うほうをよしとするか、こういう問題に恋愛を絡ませて、最後に主人公を墜落させて殺す。

しかし、批評家からロマンスと冒険はよくかみ合っていないという批判が強かったので、彼はだんだんとロマンスをやめていく。

次作の『夜間飛行』は男の世界です。叙事詩的な悲劇で、心理分析もしない。ちょっと控えめに女性は出てくるけれども、 支配するのは男の世界です。

その次の『人間の大地』も男の友情の世界で、女性は全然出てきません。特に自分が飛べなくなってから書いているから、若くして飛んだ世界は、 ブルーストの『失われた時を求めて』であって、美化されますよね。ですから、すばらしいものに書かれているわけです。 『戦う操縦士』も男だけです。

だから、その系列で見ていくと、『星の王子さま』はちょっと違う。ふらっと詩人に戻ったところがあります。

 

  詩人の面と行動家で組織に価値を認める面と

山崎
『「星の王子さま」のひと』
山崎庸一郎著
『「星の王子さま」のひと』
新潮文庫
『星の王子さま』だけが流行しているからサン = テグジュペリはああいう作品が書ける人だと思うけれど、通して見てみると全然違う。 最後に書いた『城砦』という作品は大長編です。ベルベル族の族長が、自分の父親から引き継いで、崩壊に瀕している自分の王国について、 その崩壊の原因や、崩壊を押しとどめるいろいろな条件とかを延々と語っていくんです。

でも、それは下手をすればファシストと誤解されかねないぐらいの、ものすごく厳しいものですね。つまり、自由と 拘束とを考えるなら、人間には自由より、まず拘束であるとか。『城砦』を読むと、『星の王子さま』なんてどこにあるんだという感じです。

だから、優しくて夢見がちな詩人のサン= テグジュペリと、行動家で組織に価値を認めて、そこに没入するようなサン= テグジュペリと、 二つありますね。文明論とか、社会論とかを考えていた面が割合に強いんです。

 

  飛ぶ小説家であると同時に、書く飛行士だった

新井 サン = テグジュペリの魅力というと、二足のわらじということですね。飛ぶ小説家であると同時に、書く飛行士で あった。どっちが主流かよくわかりませんね。彼は一貫して、空を飛びたいと言って、最後は空の彼方に散ったわけだから、 主流は飛行士だったのかもしれないですね。

彼はふるさとのフランスからアメリカに亡命していた。でも、最後の最後に、アメリカのように安全で故国から遠く離れた所に、 安穏と暮らしていてはいけないと考え直して、最後にフランスに帰っていく。

『「星になったサン = テグジュペリ』
新井満著著
『「星になった
サン = テグジュペリ』
文春ネスコ
九回目の偵察飛行で、コルシカ島のボルゴ基地から飛び立って行方不明になったのは覚悟の自殺と言ってもいいですよ。 その行動は、『星の王子さま』のストーリーと全く一緒です。だから自分が一、二年後にやることを『星の王子さま』にかえていたということでしょう。

そうすると、彼の文学的な作業は私小説ということになります。『星の王子さま』すらも私小説的なメルヘンと言っていい。バラの花はコンスエロであり、 祖国フランスです。しかし、その根底は自分の体験から出てきた話です。

二足のわらじの作家にはいろいろあります。アンドレ・ジッドは『コンゴ飛行』とか、『ソヴェト旅行記』とか。マルローは スペインものとか、ヘミングウェイもそうだったかもしれませんけれども。その人たちに比べても、サン = テグジュペリの二足の わらじぶりは相当なものですね。飛ぶ小説家、書く飛行士とここまではっきり分かれていて、それぞれの分野で一家をなしたと いうのは珍しいですね。

この人の生き方を見て、一つの作家の生き方ではあるなと、かねがね思っています。つまり作家は、作家専業になったらいかんのではないか。 もし作家専業になると、またきょうも書けなかったということを作品に書くしかない。それはヘビが自分のしっぽを食べているようなものです。

ところが、サン = テグジュペリのように『南方郵便機』や『夜間飛行』で、空を飛んだことを材料に、その中でいろんな悩み、苦しみ、孤独や 生きる希望とかを書くのは、ものすごくバランスがとれている。日常生活の苦しみを小説に文章化することによってかげんがよくなる。

僕は、人生というのはあんばい、かげんだと思うんですよ。何か書かざるを得ないから書く。書かないですむのなら小説なんて書かないほうが いい。小説家は本当にせつない存在なんです。あんな職業にはならないほうがいいに決まっているんですよ(笑)。 僕は身をもってそう思います。ですからサン = テグジュペリのような生き方はとても正しいと思う。ある意味で、 作家の生き方の模範を示した人生だと思いますね。

 

  現在もフランスでのサン = テグジュペリの人気は常に一位

柳沢 サン = テグジュペリは一九四四年に亡くなっているから、作品は今世紀前半にすべて書かれたものですが、 常に新鮮で、はっとさせられるところがたくさんある。それは『人間の大地』と『星の王子さま』の関連性に由来している のではないかと思います。ジッドに、小説を書けないのなら、一つ一つの思い出を花束みたいにまとめたものにすればと 言われてできたのが『人間の大地』ですから、その影響が色濃い『星の王子さま』は、単なるメルヘンではなく、実際に迫ってくる ところがあって、そこがすごく魅力的ですね。

藤田 現在のフランスでの人気はどうですか。

柳沢 ガリマールのプレイアード版では、サン = テグジュペリが他を離して断然一位を占めています。二位はプルースト、 三位はボードレールで、評価も高いんです。

山崎 サン = テグジュペリは日本ではニュートラルと思われていますが、かなり右寄りの扱いで、在郷軍人会などのファンも多い。 フランスの地方に行くと、「サン = テグジュペリ小学校」とかの名前が付いていたりしています。

新井 伝説ができているから、売れるということもあります。私が長野オリンピックのコンセプトづくりを依頼され、「環境と平和」を コンセプトにしたリレハンメルのオリンピックにも行きました。長野のコンセプトはどうしようかとずっと考えたんですが 「愛と参加」に決めました。実はその時に読んでいたのがサン = テグジュペリの伝記なんです。伝記の最後に出てくるこの言葉を選びました。

藤田 『星の王子さま』だけでなく、ほかの作品も読むと、さらに『星の王子さま』、それから サン= テグジュペリの 魅力の深さがわかってくるのではないかと思いますね。

きょうはどうもありがとうございました。




 
あらい まん
一九四六年新潟県生れ。
著書『尋ね人の時間』文春文庫347円(5%税込)、『エッフェル塔の黒猫』講談社2,940円(5%税込)、ほか。
 
やなぎさわ としえ
一九四二年千葉県生れ。
訳書『カミュ』国文社2,100円(5%税込)、ほか。
 
やまさき よういちろう
一九二九年東京生れ。
訳書『眼は聴く』みすず書房5,250円(5%税込)、ほか。
 




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