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有鄰


平成13年1月1日  第398号  P5

 目次
P1 P2 P3 ○座談会 横浜公園とスタジアム (1) (2) (3)
P4 ○古文書にみる相模野の女たち  長田かな子
P5 ○人と作品  北方謙三と『水滸伝』        藤田昌司

 人と作品

”天に替って道を行う”梁山泊の男たちの物語

北方謙三と水滸伝
 



  原典を解体し再構築した“北方水滸”

 北方謙三氏が『水滸伝』に挑戦している。すでに三巻が集英社から刊行されている。全十三巻の予定といわれて いるが、もっと長くなるかもしれないというライフワークだ。

北方 謙三氏
北方 謙三氏
 北宋の宣和(せんな)年間(一一一九〜二六)、宋江(そうこう)ら多数が反乱を起こし、梁山泊にたてこもって政府軍と戦ったという 史実に基づく説話文学だが、中国には水滸説話として伝えられる原典が三十篇近くもあるという反面、正史として 記録されているものはない。
「そこで僕は、原典にはとらわれずに、登場人物たちを一つのタイムテーブルにのせてそれぞれの性格やエピソード をつなげ、実際のリアリティをだすために配慮しました」

 つまり”北方水滸”は、何篇かの原典を解体し、再構築することを目指している。そこにはもちろん作家としての 本能や想像力が働いている。

 もともと 城県(うんじょう)の役人だった宋江ら一味の反乱は、腐敗した官僚政治に対する三十六人の一揆と解されているが、 民衆の間で説話化され、反乱軍は百八人にまでふくれ上がったことになっている。「この時代、中国では民間の力 が強くなり、金持ちがふえていた。そこで官僚はその金を狙った。賄賂が横行することになるわけです。民間の 資金源は塩です。生活に塩は欠かせないが、奥地まで送ることは容易ではない。そこで塩を大量に買い集めて地方 に送るヤミの塩の道をつくる商人が現われた。それは“ヤミの権力”をつくることにつながったわけです」

 この作品では、その商人は盧俊義(ろしゅんぎ)という名で登場し、反政府勢力に対する絶大なスポンサーとして暗躍する。

 また面白いのは、王進(おうしん)という禁軍(きんぐん)(近衛兵)武術師範の活躍だ。王進は軍の中枢にありながら、腐敗した政治を 改革しようという志をもっている気骨のある男である。反乱に加担したとして捕縄されそうになるため、母を背負って 逃げ延び、反政府軍兵士らの武術師範となる。「王進は原典では、母を背負って逃げたということしか出てこないんですが、 僕の作品では人間として成長を遂げていくことにしたんです」

 梁山泊はもともと黄河のほとり、 城に近い梁山湖の中に浮かぶ山寨[(さんさい)とりで]で、盗賊、無頼漢らがたむろ していたが、そこに晁蓋(ちょうがい)という反体制の指導者を中心とする同志が入り、制圧して拠点とするのだ。そのときから 山寨は「梁山泊」と呼ばれ「替天行道(たいてんぎょうどう)」の旗が掲げられることになる。「僕の水滸伝でも梁山泊に拠るのは百八人 になりますが、百八人をリアリティのある人間として描くには、その周辺の人物も描かなくてはなりませんから、 百五十人くらい描くことになると思います」

 替天行道−−天に替わって道を行うという梁山泊の男たちが、どんな活躍を展開するかは今後の楽しみであるが、 「国家観に正義はない」と言い切る作者だけに、単純な図式でないことだけは、想像できる。「原典では、梁山泊の 反乱軍を滅ぼすことがむずかしいと知った政府側が、懐柔策をとって反乱兵たちを寝返らせ、政府軍に加えて遼(りょう)を 討たせたり、反乱軍を討たせたりして戦死させるんです」

 宋江も、最後は奸臣に毒を盛られて死ぬという悲劇で終わるはずだが……。

  「梁山泊の反乱は僕にとってのキューバ革命」

 ところで、これほど大規模な物語だけに、その執筆もさぞかし大変なことだろう。登場人物は表をつくって参照 しながら書いているという。さらには、その広大な中国大陸のロケーションは−−。「この小説の舞台になっている ところは、当時とすっかり地形が変わっているんです。中国は大雨がくると、黄河の流れが変わってしまったのです。 変わらないのは上流の山にはさまれた地域だけです」

 それでも北方氏は、この作品の舞台とおぼしきところ、道路のない平原を車で走り回って、その印象を脳裏に刻み 込んだ。

 ではなぜ北方氏は、こんな困難な仕事に取り組んだのだろうか。実をいうと、「水滸伝」は吉川英治も手がけた ものの、絶筆となってしまったいわく付きの作品だ。「青春時代のロマンなんですよ。僕らの青春時代、キューバ 革命がありました。アメリカ支配に対するゲリラ闘争です。カストロが革命をなし遂げましたが、途中でゲバラと いう同志が死んでいる。梁山泊の反乱も、僕にとってのキューバ革命なんです」

 あと数年間は、この仕事と取り組むつもりであるとのことだ。
各巻1,680円(5%税込)。

(藤田昌司)


(敬称略)


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