Web版 有鄰

『有鄰』最新号 『有鄰』バックナンバーインデックス  


有鄰


平成14年1月1日  第410号  P5

 目次
P1 P2 P3 ○座談会 城山三郎と戦争文学 (1) (2) (3)
P4 ○アトムの向こうを考えよう  瀬名秀明
P5 ○人と作品  西村京太郎と『焦げた密室』        藤田昌司

 人と作品

38年ぶりに発見された“幻の処女作”

西村京太郎と焦げた密室
 

書名(青字下線)』や表紙画像は、日本出版販売(株)の運営する「Honya Club.com」にリンクしております。
「Honya Club有隣堂」での会員登録等につきましては、当社ではなく日本出版販売(株)が管理しております。
ご利用の際は、Honya Club.comの【利用規約】や【ご利用ガイド】(ともに外部リンク・新しいウインドウで表示)
を必ずご一読くださいませ。



  乱歩賞に同時に四作応募

 西村京太郎氏の“幻の処女作”『焦げた密室』(幻冬舎)が刊行され、話題になっている。西村氏は昭和四十年に『天使の傷痕』で江戸川乱歩賞を受賞、ミステリー作家としての地歩を築いたが、その前年に文藝春秋から『四つの終止符』を出版、これが氏の第一作とされていた。だが今回出版された『焦げた密室』はその前年に江戸川乱歩賞に応募した作品だ。どうしてこのような幻の作品が三十八年ぶりに発見されたのか。昨年の十月末に湯河原町にオープンした西村京太郎記念館と関係がある。「記念館に陳列するから、古い資料があったら何でもいいから探し出してくれといわれて、東京の家を調べていたら出てきたんです。原稿用紙は黄色くなっていましたが、われながら真面目に書いているなあと思い、今回手を加えて出すことにしたわけです」

西村京太郎氏
西村京太郎氏
 当時、西村氏は勤めていた人事院を辞め、ミステリー作家になるべく修業中だった。昨今と違ってミステリーの登竜門は江戸川乱歩賞しかなかったから、西村氏もこの難関を突破しようと必死だった。「じつはこの時も、乱歩賞に同時に四作応募しているんです。本格ミステリーを二本出した後、不安になってサスペンスものを追加、それでも不安になってユーモアミステリーを追加して出したんです。 同じ名前で何篇も出すのは具合が悪いと思って、ユーモアミステリーは西崎恭のペンネームで出しています」

 今回発見され、出版されたのは、この四作目のユーモアミステリーである。応募原稿は今も昔も、作者に返却されることはない。ただ、昨今はコピーをとれるから、応募者は控えの原稿を手元に置くことができる。当時はそんな便利なものはなかった。「どうして手元に戻されたのか、おそらく当時の選考委員(江戸川乱歩ほか)が、落選はしたが、どこか見どころがあるから書き直すようにと、親切に戻してくれたんだと思います」

  細部だけは今日的に直したユーモアミステリー

 その時の題名は『殺人の喜劇』といった。地方の小さな町が舞台である。この静かな平和な町に突然、奇妙な事件が発生する。町で少しは名を知られている男が三人、相次いで行方不明になるのだ。前後して豚一頭と犬一匹も。行方不明となった男はいずれも四十八歳だった。

 町に住む隠れたミステリー作家・江戸半太郎は、これは連続殺人事件だと断定する。その頃、この町にアメリカでの成功者、須賀六郎太(すがろくろうた)が青い眼の妻を同伴して帰国、町を挙げての歓迎ムードに包まれる。須賀は資産五百万ドル、約六億円を持ち帰ったと噂され、町の政治家や実業家たちが食い物にしようと群がる。

 須賀のこの町での唯一の身内は叔母に当たる加良木冨子(からきとみこ)という老女で、三十代の独身の息子と娘と同居している。その離れを借りて住んでいる間借人に、売れない作家の江戸半太郎と、酒場のホステス藤堂ユミがいる。

 加良木富子はこの百万長者を独占しようと、自宅を洋風に改装し、虎視眈々だが、こともあろうにその洋間で、息子が死体となって発見されるのだ。部屋は鍵がかかっていて密室状態、しかも内部から火が出て煙が充満していた。

 江戸半太郎は犯人は加良木富子だと断定する。だが藤堂ユミは一笑に付す。私は真犯人を知っているというのだ。それを警察に告げても一銭にもならないといって、ひそかに真犯人をゆすろうとしているらしい。その矢先、ユミは何者かに殺害されてしまう。「新幹線も携帯もなく、一ドル三百六十円の時代でしたから、細部は今日的に直しましたが全体は直していません。江戸半太郎は当時の僕かもしれませんが、暗い気持ちでしたね」

 今回読み直してみて、三人の男の失踪の真相が明らかになるラストシーンだけは「われながらうまいな、と思いました」。

 ところで西村京太郎記念館だが、これまでの自作三百二十点と生原稿、写真などの資料が展示されているほか、トラベルミステリーの作家にふさわしく、真ん中に鉄道のジオラマが設置され、模型の列車が運転されているのが呼び物。よく見れば線路ぎわには殺人死体まであるという念の入れようで、湯河原町の新名所になっている。

 記念館に隣接して自宅も完成、年末のあわただしい中、膨大な資料とともに引っ越した。数年前に体調を崩して心配されたが、すっかり健康を取り戻し、この一年に出版した作品は十四点というから、“われらが十津川警部”は健在だ。

 西村京太郎著
 『焦げた密室
       講談社 840円(5%税込) ISBN:4344009037

(藤田昌司)


(敬称略)


  『有鄰』 郵送購読のおすすめ

1年分の購読料は500円(8%税込)です。有隣堂各店のサービスコーナーでお申込みいただくか、または切手で
〒244-8585 横浜市戸塚区品濃町881-16 有隣堂出版部までお送りください。住所・氏名にはふりがなを記入して下さい。







ページの先頭に戻る

Copyright © Yurindo All rights reserved.