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有鄰


平成14年2月10日  第411号  P5

 目次
P1 P2 P3 ○座談会 中世の魅力を語る (1) (2) (3)
P4 ○アイデアの世界遺産一齣マンガ  牧野圭一
P5 ○人と作品  峯崎淳と『大欲−小説 河村瑞賢(かわむらずいけん)』』        藤田昌司

 人と作品

日本近代化のインフラを築いた男の人と事業を照射

峯崎淳と大欲(たいよく)−小説 河村瑞賢(かわむらずいけん)
 

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  翻訳の仕事から日本人とは何かがテーマに

 『大欲(たいよく)−小説河村瑞賢(かわむらずいけん)』(講談社)は、峯崎淳氏の二作目の作品という。江戸初期、治水、海運にいちじるしい功績を残し、日本近代化のインフラを築いた河村瑞賢(一六一七−九九)の人と事業を丹念に照射し、その人間性を洞察するとともに周辺に虚構の人物を配して小説的興趣を盛り上げたこの手法は並みの新人の及ぶところではない。峯崎淳とは何者?群馬県の城下町・沼田市の住まいに訪ねて驚いた。

峯崎 淳氏
峯崎 淳氏
 本名は山崎淳。名の知られた翻訳家ではないか。とくに米国同時多発テロに際して訳出した『9・11』(ノーム・チョムスキー著、文藝春秋)は、ベストセラーになっている。「あの本は頼まれて一週間で訳したんですよ」。ではなぜ、小説に手を染めることになったのか。
「翻訳で大事なのは自制心なんです。だから翻訳の仕事ばかりやっていると、つらくなってくる。ときには自分を出してしまうこともありますがネ。それは本道じゃない。だから、僕がいちばんやりたかったのは幻想小説だった。それがどうして歴史小説に取り組むことになったのかというと、長いこと外国人とつき合っていると、小さいことなりに外国文化との衝突があり、日本人とは何かという古典的なテーマを考えざるを得なくなって、歴史に向かうことになったのです」

 第一作『海の密謀』は倭寇を描いた作品。こんどの作品は建設業界の雑誌に、瑞賢没後三百年にちなんだ企画としてすすめられたものという。「瑞賢という人物は、調べれば調べるほど魅力のある人です。紀国屋文左衛門などとは比較にならない。それなのに研究書を読むと、間違ったとらえ方をされている。瑞賢の目的は結局カネ儲けだったなどと書かれているんですが、その解釈には飛躍がありすぎる。謎です。そこで僕は、わかった事実だけをおさえ、それを想像でつなぎ合わせるという手法で書きました。今までのものとは違った瑞賢像になったと思っています」

  儲けを独り占めしたという通説を否定

 伊勢(三重)で武家の身分を捨てた農家に生まれた瑞賢(幼名七兵衛)は青年時代、江戸へ出て車力となって働く。江戸城改修工事の総仕上げとして外堀開削がすすめられていたころだ。その難工事を見ながら、瑞賢は江戸にいてもうだつが上がらないと見限りをつけ、上方へ出て商人になろうと決意する。ところが途中、小田原の宿で出遭った僧に人相を占われ、そなたはとても大きな事をなす相だから上方行きなど止めなさいと言われて、江戸へ戻る。

 ここで瑞賢は第一のチャンスをつかむ。品川にさしかかったとき、折りしも灯籠流しの最中で、おびただしい数のきゅうりやなすが精霊舟とともに川の岸辺に打ち寄せられているのを見て、ひらめいたのだ。勿体ない。これを漬物にしようと。河原にいた漂泊民たちに、あり金をはたいて渡し、野菜を集めさせ、たちどころに三十樽もの漬物にして江戸に運ぶ。漬物は江戸で外堀普請で働いている日傭人足たちにひっぱりだこ。それがきっかけで瑞賢は人足頭に取り立てられる。名付けて、「兵部卿」。“日傭奉行”のダジャレだが、こんなことから瑞賢は注目されはじめる。

 明暦の大火では、炎上する江戸を背に木曽へ走り、木材を買い占めるが、あとからやってきた同業者たちに公平に分け与え、儲けを独り占めすることはなかったと、著者は通説を否定。

 面白いのは、瑞賢を取り巻く多彩な人物たちとのドラマだ。若いころ江戸へ出てくる船中で知り合った美少女おかんは、遊女に売られようとしているのを瑞賢の機転で脱出に成功するが、後に瑞賢と再会、その庇護を得ることになる。その船主だった若い商人兼木屋四郎、船頭の権次、相客だった浪人の尾下英之進らも、物語の進展につれて瑞賢をいろどっていく。もちろんこれらは虚構の人物。ただしこの主人公の髪を落し、瑞賢という名を与えた至道無難(しどうむなん)禅師は実在の僧で、この僧が、瑞賢とゆかりの深い真田藩主の若殿で脱俗した「慧端(えたん)」と、瑞賢を引き合わせる場面が終章近くに描かれている。
〈「瑞賢、慧端。お前たちは互いに何か気づかぬか?」〉「二人の名前は本来、同じ意味なんですね。そのことに気づいた時、僕はうれしくて三日も笑いがとまりませんでした」

 峯崎氏は東大英文科卒。サントリー宣伝部で山口瞳、開高健らと机を並べたこともあるが、後フリーに。「本名の“山崎”より少し背伸びしたくて“峯崎”に」が筆名の由来。

 峯崎淳著
 『大欲 (小説河村瑞賢)
       講談社 1,995円(5%税込) ISBN:4062108887

(藤田昌司)


(敬称略)


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