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有鄰


平成14年7月10日  第416号  P4

 目次
P1 ○明治の新聞にみる妖怪  湯本豪一
P2 P3 P4 ○座談会 福富太郎−私の絵画コレクション (1) (2) (3)
P5 ○人と作品  北原亞以子と『妖恋』        藤田昌司

 座談会

福富太郎−私の絵画コレクション (3)


福富  輝方は蕉園との結婚式の日に逃げていった。輝方は、自分より二回りほど歳が離れた旅絵師に狂ってしまったんですね。僕は輝方を持っていますが、松岡さんはもう一つすごいのを持っていますね。当時、輝方に何百万と出す人はいなかった。

僕が一番高い値段をいうと松岡さんがまたその上の値段で買うんです。

僕は、谷中にある輝方のお墓にもお参りに行っている。

猿渡  輝方とか蕉園に魅せられたというのは、水野年方の門下で、清方と兄弟弟子ということもあるんですか。

福富  ええ。それと、蕉園は遠藤周作さんの奥様の叔母さんにあたる人だということも聞いたことがある。

浅野セメントの浅野総一郎が蕉園に直接描いてもらっていたらしいんですよ。浅野さんは蕉園を「お嬢」と呼んでいたらしい。「お嬢は金を持っているから、金をやるよりか、ダイヤモンドをあげるやな」と言って、絵を描いてくれると、ダイヤモンドか何かでお礼をしていたらしい。

 

  清方に勝るとも劣らない島成園の美人画

福富  あと僕が好きな美人画家としては島成園ですね。成園は誰も知らなかったのを僕が掘り出したんだ。彼女は銀行マンの奥さんで、北野恒富の弟子なんですよ。

猿渡  絵はすごくいいですよね。

福富  絵は清方に勝るとも劣らない。

猿渡  福富さんの所で拝見した時、一体何なんだろうと。何か放ってくるものがあって、ちょっとどきっとしました。

福富  島成園の雰囲気はすごいですよ。それで今、成園が師事した恒富の孫が生きていて、僕の持っている絵を、貸してくれといわれる。展覧会なんかに貸すと、使いの者が行っても返してくれない。僕が取りにいくと、貸したお礼にいろんな話をしてくれるんですよ。

 

  明るいだけの女性には魅力を感じない

猿渡  あと油絵の美人画で渡辺(亀高)文子の絵も持っていらっしゃいますよね。

福富  あれはどうも贋物だと言う人がいるけど、そうじゃないと思う。

猿渡  渡辺文子と言っても多分、今は誰も知らないと思うんです。私がなぜそこに行き当たったかというと、父親が横浜で水彩画をかいていた渡辺豊州です。

島成園 「おんな」
島成園 「おんな」
(福富太郎氏蔵)
  渡辺文子はその娘なんですよ。で、渡辺与平という画家と結婚をしたけれど、相手が早逝したので、文子は亀高という船長と再婚し、最晩年まで花の絵を描いています。文子のまとまった展覧会は、戦後移り住んだ西宮市で行われています。福富さんの場合、美人画といっても、目のつけ所が違うような気がします。

福富  僕は、薄幸の女性を描いた絵画が特に好きです。「マグダラのマリア」のような。明るいだけの感じの女性にはあまり魅力を感じませんよ。長年キャバレーをやっていて、苦労をしている女性を何人もみていることもあるかもしれない。


一番の美人画を選ぶなら、黒田清輝の「湖畔」

猿渡  「幕末・明治の横浜展」のときに、川上冬崖のフランス式の地図を国土地理院から借りて出品しましたが、福富さんの本でもこの地図のことを書いておられますね。

福富  そう。冬崖の名前があまり知られてないころ、横浜の山手に住んでいたときに買った絵がある。

猿渡  「横浜展」のときにお借りした「幕兵調練図」などですか。

福富  ええ。それをみんな贋物だと言うから冗談じゃない、冬崖の遺族から買ったものを。遺族を連れてくるからと。ところが、今、遺族が行方不明になっていないんですよ。

猿渡  時代考証をする先生が、これは確かに幕府の兵隊たちが着ていた服だと証言されていて、画面の下に書いてある英文も、もしかしたら冬崖本人が入れたんじゃないかということまで福富さんは書いていらっしゃいますが。

川上冬崖 「幕兵調練図」
川上冬崖 「幕兵調練図」
(福富太郎氏蔵)
福富  もしかすると冬崖のじゃないということが、最近またわかってきたんですよ。靖国神社に行くと、すごいのがあるんですよ。僕が持っている「楽隊図」という絵と、ほぼ同じ構図ですが、犬がいるのと、いないのとあるんですよ。(笑)

猿渡  近藤正純の絵が、靖国神社に入っているんですよね。

福富  そう。ほとんど同じポーズの絵が残っている。

猿渡  二世芳柳が由緒記を書いている。権田守吉が模写した画帳の中の「楽隊図」のことでしょうか。

福富  権田の模写した絵は犬がいるやつ。そうすると、僕が持っている水彩の「楽隊図」も冬崖が描いたとは言い切れないと言うんですよね。

 

  藤田嗣治の楚々とした女性像

猿渡  あと、岸田劉生の話も聞きたいですね。

福富  劉生も、「麗子像」が出たときは十億までなら買おうとしたけど、とうとう出てこなかったね。七億円現金を積めば探してくるよと、ある画廊に言われたけど、そうやっているうちにバブルがはじけた。そしたら、この間、四億か五億で売りに出たらしいんだ。もう買えなかった。

猿渡  藤田嗣治もいいものをお持ちですね。福富さんが所蔵していらっしゃる女性像は、楚々とした日本女性ですね。藤田がああいう着物姿の女性を描くなんて珍しいですよね。

福富  美人画のことで原稿執筆依頼がくることがある。だいたいいつも、美人画のことだけ書けと、注文される。その絵のどこに魅力を感じるか、襟足なのか表情なのかとか。そんなものはおたくで書いてくれと。僕は見るよりもモデルに興味があるし、絵にまつわる因縁話は得意で書きます。もし今一番の美人を絵の中から選べというなら、文化財研究所にある黒田清輝の「湖畔」の女の絵ですね。

あの女性は元芸者です。黒田清輝は黒田家へ養子に行って、養子先から、フランスに行って法律を学んで来い、とわれて行ったら、山本芳翠におだて上げられ、絵をやって帰ってくる。そして、あの女性と結婚させてくれと言ったら、養子先が「黒田家があんな者を嫁にもらえるか」と。 それで結婚生活ができなかった。それで、五十歳か六十歳ぐらいになって、養子先の父母が亡くなってやっと、「湖畔」の女性を女房にした。

僕は、一つの絵に対して、知っていることを全部書こうと思うからね。


明治の面影を残す町並みの記憶が心のどこかに

猿渡  「横浜展」に際して、どうしても福富コレクションからもお借りしたいものがあって、私たち担当一同が洗足池のお宅にお伺いしたんです。とても情趣あるたたずまいのお宅で、私たちが拝見したいような作品を次から次へと目の前に出されるので、本当に興奮状態で、あのときもう少し冷静になって、よく見ておけばよかったなとか、後になって思いました。

例えば、さきほどのワーグマンにしても今まで見たことのないようなもの、あるいは渡辺幽香の版画集にしても、「あら、ここにあったんですか」というものが次々と出てきて……。

貴重な作品を、かなりの点数福富さんからお借りして、「幕末・明治の横浜展」が充実したといってもいいくらいです。

篠崎  福富さんの美術館開設の構想なども教えていただけますか。

福富  結局、一般の人たちに向けた美術館として開館するまでの許可がおりないんですよ。不特定多数の人が入るから、まず六メートル道路に面していないといけない。火災になった場合にね。

建物は六メートル道路に面していますが、ちょっと横道に入っているんです。ところが火災報知器やスプリンクラーで、十億円ぐらいお金がかかる。入場料は六百円ぐらいしか取れませんよ。

もし開館したら、ガードマンを雇ったり、たばこ吸われたり、能書きたれられたり、それに作品を持っていかれちゃ困るし、やめたんですよ。

 

  寝ている布団の上に美人画を乗せておく

猿渡  洗足池のほとりにお住まいになられているのは、やはり勝海舟ゆかりの地ということですか。

福富  ええ。僕は勝海舟が大好きだから。勝海舟は洗足池の風光を気に入っていたからね。それと江戸期には、広重の名所江戸百景に「千束の池袈裟懸松」があり、広く知られてた。僕の名刺の裏にも刷ってある。勝夫妻のお墓や別荘跡も残っている。

猿渡  福富さんは、四月の永井荷風の命日に、「つゆのあとさき忌」というのを行われてますね。

福富  ええ。僕の小岩のお店で昨年からやってます。荷風が好きだったお酒や、ストリップショー、あと小説「つゆのあとさき」のモデルといわれる「タイガーのお久」など、荷風好みの女性を集めて行うんです。

小岩は、荷風の『断腸亭日乗』などにも描かれていて、ゆかりの地でもあります。

篠崎  福富さんは、女性がお好きだからコレクションが始まったのかと思っていました。

福富  そうです。はっきり言うと、女性が好きです。

篠崎  美女を集めたいというのが、始まりなんですか。

福富  正直言うとそうですね。僕は自分の寝ている布団の上に、絵を乗せておくんです。そういうことをするからちょっとクレイジーだと言われるんです。

猿渡  お宅には時々自分のお好きな絵を飾って楽しんでいらっしゃる。

福富  そう。女性の絵や、藤田嗣治の絵もたまに飾る。僕は小学校に上がる前後の頃かつて紅葉山人や梶田半古が住んだり、清方さんが「リアルタイム」で暮らしていた東京の牛込の神楽坂や矢来町の界隈を徘徊していたことがありました。神楽坂に貸家があって、毎月家賃を回収する母について通っていた。

当時、まだ明治の面影を色濃く残す町並みを歩き回ったことが、心のどこかに残っているんでしょうね。だから江戸、明治の時代の作品の良さが理解できるし愛着が強く湧くのだと思う。

篠崎  どうもありがとうございました。



 
ふくとみ たろう
一九三一年東京生れ。
著書『描かれた女の謎』新潮社3,360円(5%税込)、ほか多数。
 
さわたり きよこ
一九四九年川崎市生れ。
著書『長谷川潔の世界』有隣堂 (上)(中)2,500円(5%税込)、(下)2,415円(5%税込)。
 




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