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有鄰


平成14年9月10日  第418号  P3

 目次
P1 P2 P3 ○座談会 グレート=ブックス=セミナー (1) (2) (3)
P4 ○ヨコハマ 私の好みに合った街  バーリット・セービン
P5 ○人と作品  高野和明と『グレイヴディッガ−』        藤田昌司

 座談会

グレート=ブックス=セミナー (3)


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モデレーターを中心に対話の中から結論を見出す

篠崎 モデレーターは、たとえば『神の汚れた手』を具体的にどのように読んでいくのですか。

宮前
神の汚れた手・表紙画像
曽野綾子
神の汚れた手 上
文春文庫
小説というのはすごく使いやすいというか。たとえば『脳のメカニズム』とかを批判してみろと突きつけられても、素人には批判どころではなくて、そのとおりだと思いますという話になる。だけど小説は作者と意見が違っても構わないし、作者の意図についても、受け取り方が違うから発言しやすいだろうということが一つあるんです。

もう一つは『神の汚れた手』は医療倫理のケースブックみたいな内容なんです。ちょうど産婦人科の話ですしね。

アンケートづくりでは、大分苦労しました。作者が登場人物をどう見ているか、何人かの登場人物のうちで、作者に一番近いのはどれかといったようなところから始めて、人工妊娠中絶について、主人公と著者と、それからあなたの意見はどうだとか。それから不妊の問題がありますね。

そして最後に、「神の汚れた手」というのは何を意味しているかということでアンケートにしたんですが、いろんなご意見をいただいて、私も随分教えられたんです。

作者はカトリックの方なので神父さんも出てきますが、必ずしも作者は神父さんの考え方が正しいとだけで書いているのではないらしい。

もちろん医療倫理を問題にしたときに、どうするのが正しいということだけでなく、そこにある人間それぞれの矛盾とどう向き合うかがベースにあるんだと思うんです。そういうことで、小説は非常にいい材料になるのではないかと思ったわけです。

梅田 アンケートをとったらいいんじゃないかという案は、『グレート・ブックスとの対話』には全くなくて、図書館員からの発案です。それが成功した。これは横浜独自のバージョンですね。

宮原 『神の汚れた手』では、結局、妻の真弓というのが作者のカリカチュアなのかもしれないと思います。自分を批判的に見て。つまり小説というのは全部、作者の分身みたいなものですけどね。私が作者に会ったところで、こういう感じがしました。だから、そこが小説の面白いところだなと思いました。

梅田 宮原先生のセミナーが一番評判がいいんです。

 

  結論が参加者のほうから出てくるように導く

篠崎 実際のセミナーのときに、モデレーターの役割として、どのようなことに気を使われていますか。

宮原 アンケートをもとにディスカッションをしますが私の努力は、話を引き出さなければいけないから、要するに皆さんが考えていることを裏切るような発言を、できるだけ探しているわけです。おやっと思わせる。

増田 話の流れが傾きかけると、宮原先生がそれをひっくり返すようなことを言われて、そうなると話がもう一展開するという感じで、それがとても面白いですね。

宮原 自分の意見をいうということよりも、どういう発言をしたら、相手がそれにレスポンスしてくれるかなというね。 

篠崎 メンバーの議論を錯綜させながら結論へ。それがモデレーターの役割ということですね。

宮原 ある意味で黒子ですから、正解はこうですよという話じゃない。そうすると、レクチャーになるから。

例えば、私が強調したい結論があるとすれば、その結論は参加者のほうから出てくることが大事なんです。

篠崎 そこへ参加者の発言を導いていく。

宮原 それが一番理想的だと思うんですね。

篠崎 プラトンが対話編でやっていたことですね。

宮原 そういうことです。つまり、ソクラテスの産婆術のようなものですね。

増田 価値観を揺さぶられることが、すごく面白い。


古典にはなかった新しい問題も考える

篠崎 後藤先生の場合はどういうふうに。

後藤
種の起源・表紙画像
C.ダーウィン
種の起源 上
岩波文庫
宮原先生はモデレーターとおっしゃいましたが、ティーチャーじゃだめだというのが一般的です。ティーチャーは教えるので良くないわけです。教育学でよく言いますが、先生は、獲物をとってきて直接子どもに与えちゃいけない。獲物のとり方を指導しなさいということですね。

私の場合はダーウィンを読んでもらったんです。ダーウィンは『種の起原』で有名ですが、『人間の進化と性淘汰』という原著では、人間の心とか道徳は原始の動物から人間になるまで、だんだん進化してきたんじゃないかと書いてあるんです。さまざま動物の記録、人間も未開人から文明人になるまで、いろんな事実が書いてあり、そういうものを根拠に道徳は進化してできたんだと考えるわけです。

つまり、道徳が生まれなかった社会的動物は、淘汰されて、つぶれていったというのですが、それを学生に読んでもらって、それと生命倫理が結びつくかということについて考えてもらったんです。

本当に集団で生活するために道徳みたいなものが自然発生的にできてきたのか。その辺のところを学生たちにいろいろ考えてもらうんですが、結局、自然に、道徳って一体何だろうという話になるんですね。かなり根源的なところから考えてくれるようになって、与える課題としては、なかなかいいかもしれないと思いました。

ただ、生命倫理に結びつくかというと、それはダーウィンの言っている道徳と、最近の生命倫理で話題になっている、例えば安楽死やクローンの問題はちょっと次元が違うんじゃないかと学生も言うわけです。ダーウィンの言っている道徳は、仲間が助け合わないと生きのびていけないという事情から道徳ができたという考え方なんです。ところが、生命倫理はそういうことだけじゃなく、患者の権利とか、ある意味ではもっと進化しているのかもしれないなどという意見もでてきました。

 

  安楽死について根源的なことに立ち戻って考える

後藤 安楽死は法律で決まっているから、よほどの理由がないとできない。それだけを授業で教えるのは比較的簡単にできます。「東海大学でこういう事件がありました。裁判所でこういう結論が出ました。安楽死の四要件と言います。こういう場合には許されます」。それをみんなに暗記してもらう。それが一般の生命倫理の授業です。

だけど、それだけではなくて、なぜ、そういう要件を考えなくちゃいけないのか。なぜ、安楽死の問題が出てくるのか。人を殺すというのは一体何故よくないのかということを、もっと根源的なことに立ち戻って学生たちに考えてもらいたいと思っているんです。そういう意味では非常に有効な方法だと思うんです。

篠崎 この本は社会人のセミナーでも取り上げられたのですね。

増田 はい。『人間の進化と性淘汰』は、私にとってはすごく難しかったですね。人間の道徳と進化ということが、自分のなかでは、まだうまくつながらないんです。だけど、ダーウィンがそういうふうに考えていたというのを学ぶことで、宿題として抱えているような気がするんですね。そのうち、いつかわかるときが来るかなあみたいな感じで。

後藤 原著って、やはりすごいと思うんです。そのほんの一部分を取り出して、皆さん、いろんなことを言うのですが、もっと大切なことがたくさん隠されている可能性がある。みんな気がつかないだけで。そういうものに触れるだけでも良いと思うのです。 ニーチェの『神は死せれり』など、ほんの一部分だけとってきて、それだけが多くの人に伝わっているということがありますが、そのほかにも、もっと大事なことが書いてあるわけです。そういうのはじかに接して、はじめてわかるので大切かなと思います。


多様なカリキュラムとモデレーターの育成が必要

篠崎 今までセミナーを二年間おやりになって、今後の方向などを聞かせていただけますか。

梅田 一番困るのは、本が入手しにくくなったということが一つです。ダーウィンの『進化論』はありますが。とくに、理系の本はどんどんなくなっていて、伊藤正男先生の『脳のメカニズム』(岩波ジュニア新書)を今年もやろうと思ったら、もう品切れなんです。

宮原 これは新しいとは言っても、現代の古典と言えるぐらい素晴らしい本だと思うんですが、売れないのかもしれませんね。

篠崎 出版社が品切れにしてしまいますからね。

梅田 二十年、三十年前の本は手に入らなくなるわけですよ。

篠崎 本屋も努力しなきゃならないんですが。

梅田 やりたいことは、我々は「生命と倫理」でやったけど、大学の教養ゼミでもやってほしいわけです。

それには、「生命と倫理」だけではしようがないので、いろんなテーマでカリキュラムをつくりたいんです。この「生命と倫理」の次は違うテーマで、もっとやりたいんですが、いい本を見つけなければいけないし、いい本が入手しがたくなっている。カリキュラムづくりが大変です。そういう意味では非常に問題がある。

我々でできるのは環境、自然、生、死とか、いろんな問題が出てきます。そういうテーマでやったらいいと思うことがありますね。

それからあと、大学の他の学部で本当はやってほしいのですが、なかなかやってくれない。また、高校や中学ぐらいまで下げたい。そういうときには、今の受講生がぜひモデレーターをやってほしい。

篠崎 手を挙げる学校は必ずあると思います。新しい読書活動への意欲はとても盛んですから。

梅田 今、学校では「朝の読書」をやっています。それは大いに結構ですが、ぜひ、「グレート=ブックス=セミナー」を、有志の生徒を集めてやってみたいんです。だから、モデレーター教育は大事だと思うんです。カリキュラムをつくることと、モデレーターの育成が大切ですね。

 

  どういうテーマを掲げるかが課題

篠崎 宮原先生、今後の抱負などいかがですか。

宮原 今は、一つのテーマで二時間プラス二時間で四時間です。本当はもっと時間をかけたいんですが、時間的な制約があって、今は仕方がない。本当を言えば、大きなものをもっとやりたいということです。

それからもう一つは、どういうテーマを掲げるか。最終的には、ブックリストである意味の知の体系みたいな、そういう感じですね。

たとえば、私にとって出版社のつくる『世界文学全集』のチラシが、一番面白いんです。つまり、どういうふうにリストアップされているかというところが。出版社によって、いろいろ違うでしょう。 選者が古典と考えているものの体系のイメージを考えるのがすごく面白い。

すごくありがたかったのはドイツ語の授業で、一年に入ってアー・ベー・ツェー(ABC)をやり、夏休み前に文法を終え、秋になったら小説を始めるんです。三文小説。それで二年になったら、ゲーテの『ファウスト』を始めたんです。もちろんドイツ語がそんなに身についているわけじゃないけれど、インパクトがすごかったです。

 

  フェイス・トウ・フェイスで意見をぶつけあう

篠崎 後藤先生は何かお考えはありますか。

後藤 今、携帯電話やメールで、電子媒体を介したコミュニケーションにどんどん移行しつつありますが、フェイス・トウ・フェイスで先生と学生とか学生同志が、じかに自分の思っていることをぶつけ合う場を持つという意味では、非常に意義があると思うんです。

医療事故防止のためのカリキュラムも随分つくっていますが、一年生では福祉施設実習と並んで、これはカリキュラムの中の大きい目玉として今取り組んでいるんです。こういうところから、最終的には患者さんを大切にする心が自然に生まれて、それでいい医療に結びついたり、ひいては、ミスや医療事故を未然に防ぐのにつながってくれればと思っています。

篠崎 増田さん、参加された印象はいかがですか。

増田 私は、自分の読書の幅を広げていただいて、ものすごく感謝しています。去年から受けていて、ことし『神の汚れた手』は二回目なんです。去年読んだときは、ストーリーを追うのがやっとでした。今年もう一回読んでみたら、見方が自分の中でも変わるんですね。作者が意図してやっていることとかがわかるんです。長く続けていただきたいなと思っています。


セミナーを広めることで古典の必要性や面白さを伝えたい

梅田 やはり読書離れということに対して、どうするかという問題を考えなければいけないと思っているんです。それに対してこれが最善ではないかもしれませんが、一つのすごくいい方法であることは事実ですね。

それで、古典を読むのは本当に大事なんでしょうが、先ほどちょっと言いましたように、アメリカの大学でもそれだけでは成り立たない時代です。

だから、読みやすい形のものの中で我々がいい本と思えば、新しいものも読んでいかざるを得ない。

そういう形で修正しながら対話形式というのは非常にいいことだから、これは続けなければいけない。学生や生徒が能動的に読むという運動をしたいなと、最近ちょっと欲を出しています。

宮原先生がリーディング・アサインメントで、後藤先生が海図、チャートだと言われました。図書館がこういうセミナーを行うことの目的の一つには、図書館には本があって、図書館員がいる。図書館員の仕事は本を紹介することですから、その本の幅というものがあるんですね。

専門的なテーマの本については、モデレーターと一緒に読んで、もっと深めていくよう提案します。図書館の、図書館員の存在意義を高めたいというのが一番根底の思いです。

もちろん、中学、高校など学校だけではなくて、できればモデレーターの方をふやしていくことによって、中央図書館や横浜市立大学にとどまらず、地域の図書館やいろんな所で、「グレート=ブックス=セミナー」が広まっていくと、新刊だけじゃなくて、古典の必要性や面白さも伝わっていくんじゃないかと思っています。

篠崎 どうもありがとうございました。




グレート・ブックスとの対話(ダイアローグ)』 松田義幸、須賀由紀子、江藤裕之:著
 (財)かながわ学術研究交流財団(直取扱):刊 1,000円(5%税込)


グレート=ブックス=セミナーについて


◆問い合わせ先:横浜市中央図書館企画運営課グレート=ブックス=セミナー担当
電話 045-262-7334(月〜金)







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