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有鄰


有鄰の由来・論語里仁篇の中の「徳不孤、必有隣」から。 旧字体「鄰」は正字、村里の意。 題字は武者小路実篤。

平成15年1月1日  第422号  P1

 目次
P1 P2 P3 ○座談会 ベストセラーは世相の鏡 (1) (2) (3)
P4 ○丹沢のシカ  山口喜盛
P5 ○人と作品  岳真也と『吉良上野介』        藤田昌司

 座談会

ベストセラーは世相の鏡 (1)

出版評論家   塩澤 実信
出版ニュース社代表   清田 義昭
文芸評論家・本紙編集委員   藤田 昌司
        

生きかた上手・表紙画像 老いてこそ人生・表紙画像 あかね空・表紙画像 34丁目の奇跡・表紙画像 声に出して読みたい日本語・表紙画像 キッスキッスキッス・表紙画像 パ−ク・ライフ・表紙画像 ハリ−・ポッタ−と炎のゴブレット 上巻・表紙画像

はじめに

藤田
座談会出席者
左から清田義昭氏、塩澤実信氏、藤田昌司氏

「ベストセラーは世相の鏡」と、よく言われますが、そのときは気がつかなくても、後で、なぜこの本がこんなにベストセラーになったんだろうと考えてみると、やはり、この7、80年の世相を映していたということがわかります。

そこで本日は、昭和の初めから、現代までのベストセラーについて、当時の世相と関連させながら、お話し合いいただきたいと思います。

ご出席いただきました塩澤実信様は、週刊誌編集長、双葉社取締役編集局長を経て、現在は出版評論家として健筆をふるっておられます。

清田義昭様は、出版ニュース社の代表でいらっしゃいます。出版人、読書人のための情報誌『出版ニュース』を発行されております。


  不況下——「円本ブーム」にわいた出版界 昭和初期

    一説に60万部ともいわれた改造社『全集』
 
藤田 昭和初期の大不況の時代は、まさに現代と似通った時代ですが、この辺りからお願いします。

塩澤
円本の内容案内と新聞広告 円本の内容案内と新聞広告
円本の内容案内と新聞広告(清田義昭氏蔵)

昭和初期、改造社から『現代日本文学全集』全63巻が出ます。単行本4、5冊分の量が入った5~600ページの厚さのものが、菊判で、各巻わずか1円でした。単行本は1冊、2円から2円50銭ぐらいしていたころです。当時、東京市内のタクシーはメーター制ではなく、隅から隅まで1円で乗れた。そこから“円タク”という言葉ができ、1円本を”円本”と言うようになったわけです。

これがすさまじい売れ行きで、27、8万部売れた。一説には60万とか。これに続けと、新潮社が『世界文学全集』全38巻を出して、57、8万部売れた。平凡社は『現代大衆文学全集』全60巻。枕になるような厚い本で、これも売れた。当時、力のある出版社は円本を出して競い、そのなかの三大成功が以上の三つです。

『改造』は、『中央公論』に対抗して大正の途中から出た非常にラジカルな雑誌でしたが、全然売れなくなって、いつつぶれてもおかしくなかった。改造社の山本實彦さんは興行師的な才のある人で、この円本に一か八かで賭けて、それが当たった。当たった理由の一つは、予約制にして前金で1円もらった。27、8万の人々が予約したということは、前金が27、8万入ってきた。それで次々に出せたんです。

全産業平均賃金が、大正末期を10とすると、昭和5、6年の不況で7にダウンしました。今の比じゃなかった。そんな大不況なのに円本は昭和五年ごろまでブームになり、円本を出さない出版社のほうが少ないとぐらい言われた。

春陽堂の『明治大正文学全集』、第一書房の戯曲の『近代劇全集』。平凡社は一社で30種類以上のものを出している。一番当たったのは『現代大衆文学全集』で、『世界美術全集』はしっかりしたものでした。それから『世界猟奇全集』『囲碁大衆講座』『新興文学全集』『社会思想全集』『菊池寛全集』『伊藤痴遊全集』『怪奇探偵ルパン全集』『少年冒険小説全集』『渋沢栄一全集』『吉川英治全集』『江戸川乱歩全集』とか、ものすごく出たんです。

藤田 新潮社の『世界文学全集』も平凡社のものより出たそうですね。

塩澤 はい。新潮社の創業者の佐藤義亮さんが全巻の校正をしたというのは有名な話です。それから新潮社は見開きの大広告を打った。新聞の大広告も、このあたりから始まるわけです。

藤田 それともう一点、印刷技術、製本技術の水準もその時代に高まった。そうでなければマス・プロ、マス・セールはできない。

 
  朝日新聞の一面は 題字以外は全部出版広告
 
清田 当時はラジオが出てきましたが、今で言うNHKしかありませんから、宣伝媒体としては新聞しかない。新聞は、大正から昭和にかけて普及しています。大正時代から昭和7、8年ぐらいまでは朝日新聞は一面の題字以外は全部、出版広告なんです。

たとえば新潮社の広告は、佐藤義亮さん自身が書いたと言われる。ですから新潮社独自の文字があって、それは全部佐藤義亮さんの書いた書き文字といわれているんです。

それから、たとえば『現代日本文学全集』の場合、2面、3面の全面に広告を出すんです。何月何日発売、予約募集が毎日のように出てくる。1ページ全面に「あした締め切り」と載り、発売当日は「本日締め切り」という広告を出しています。ですから、広告は博報堂ですが、広告とも相まって、それだけ売れたということです。とにかく当時の朝日新聞は、出版広告がメインで、すごい量です。

 
  印税が入る喜びを書いた藤村の『分配』
 
塩澤 この円本によって出版社はよみがえります。と同時に、作家たちにも印税が入ってくるようになる。作家たちは印税だけでは絶対食べていけなかったので、たいへん喜んだ。

当時、文壇の大御所だった菊池寛は大変なリアリストですから、円本によってどれほどみんなが助かったかわからないということを、きっちりと言っています。それから島崎藤村も、円本の印税を子供たちに分配して大喜びさせる『分配』という小説を書いています(笑)。

清田 私は円本の内容見本を収集していまして、約三百種もってます。内容は文学、思想宗教から、それこそ犯罪物から艶本、春本のたぐいの全集まであります。大体16ページか、32ページの薄っぺらいものですが、判型は全部A5判です。それを見ますと、いろいろなアイデアの原点が円本時代にあることがわかります。

とくに推薦文の中には興味深いものがあります。個人文学全集などでは、誰がどのようなものを書いているかが内容見本でわかるし、競合した企画で推薦者の立場も明らかになる。円本の内容見本の分析は文学史的にも、一つのテーマになるぐらい面白い。

 
  庶民的な新しい知識層がターゲット
 
清田 それから、どうして3、40万部も売れたのかというと、安かったということのほかに、大正デモクラシーの時代は経済的にも少し豊かになってきて、第一次大衆社会化状況と言われ、庶民的な新しい勢力が出てくる。中学や女学校に入る人たちがふえて、教育水準も上がり、ある種の知識層が中間層として目覚めてくる。昭和の初期にサラリーマンという言葉が生まれ、昭和2年に『サラリーマン』という雑誌が出ますが、これも新中間層の出現だろうと思います。

そういう中間層へ向けての円本全集だった。ですから、個々に出ていたのをまとめてセットで売るという、それまでなかった全集の発想が出てくる。新中間層は、それを読むために書架に並べておく。戦後の百科事典ブームの装飾用とは違っていた。

 
  昭和2年に円本に対抗する形で岩波文庫を発刊
 
塩澤 今、いわれたような知的レベルが高まるなかで、講談社が子ども向けの雑誌や100万部雑誌の『キング』とかをつくっていきます。

藤田 『少年倶楽部』も、そのころ出ていましたね。

塩澤 そうですね。要するに講談社の九大雑誌が全部そろうんです。それで当時は総ルビですから、全部読めるんです。

清田 『現代日本文学全集』も総ルビです。

藤田 あのころは新聞も総ルビでしたからね。

塩澤 円本以外では左翼思想の『戦旗』とかの雑誌が出て、小林多喜二の『蟹工船』や徳永直の『太陽のない街』が載った。藤森成吉の『何が彼女をそうさせたか』とか、九条武子の『無憂華』は実業之日本社から出して売れた。

不景気だったり、思想的弾圧もあったけど、のらくろの漫画が出たり、大衆小説の代表的な『丹下左膳』が出たりした時代です。

清田 円本ブームの中で、昭和2年には岩波文庫が出ます。円本が成功したのは、前金でもらって、それを運転資金としたからです。そういうまとめ買いをさせるやり方を批判して出したということが“岩波文庫発刊に際して”という辞に書かれている。三木清が書いたと言われてます。

だから古典、名著などを選択し、しかも安く買えるという趣旨で円本に対抗する格好で岩波文庫が出たわけです。ついで改造社文庫、春陽堂文庫が出て文庫ブームがおこった。これもやはり印刷技術や製本技術で安く提供できるようになった。そういう意味で昭和の初期はいろんなものの原点があります。

 
  平凡社は『大百科事典』で大成功
 
塩澤 平凡社の百科事典も昭和6、7年頃ですね。『キング』の向こうを張って出した『平凡』という雑誌で大失敗するんです。一度つぶれかかり、下中彌三郎さんは債権者を会議に集めて「今、借金を待ってくれ。そしたら立ち上げる」と言って『大百科事典』を刊行して、それで大成功する。大変な時代にやっぱりアイデアで成功した。どういうことかと言うと、組み置きしておいたら活字は大変な量になりますが、オフセット印刷にしたんです。一か八かの勝負をしたわけですが、勇気があったから、出版全体をワーッと押し上げていったのでしょう。



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