Web版 有鄰

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有鄰


平成15年7月10日  第428号  P3

 目次
P1 P2 P3 ○座談会 ファンタジーと現代 (1) (2) (3)
P4 ○湘南の20世紀  高木規矩郎
P5 ○人と作品  塩澤実信と『平成の大横綱「貴乃花」伝説』        

 座談会

ファンタジーと現代 (3)


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作者を越える読者のキャラクターへの感情移入

井辻 『あらしのよるに』はキャラクターですごく読ませてますよね。しかもどちらも大人なので大人にも読める。容貌とかは何も書いてないんだけど、オオカミのガブは格好いい、という話は来ませんか。

木村 いっぱい来ます。ホームページや読者からのお便りに「理想の男性です」とか。それから、「ガブを死なせないで」とか、まるで生きている人間のことのように書いてある。またそれが生々しいんです。みんなが泣いたとか、「ガブ、カムバック」と唱和したとか、いろんなのが来ると、不思議な感じがするんですね。「ガブとメイの会」とか「オオカミを温かく見守る会」とかも勝手につくられている。

井辻 キャラクターが立っているんですね。読者のほうが、作者を超えて感情移入がすごいんですね。

 
  文字という記号の羅列を読者が想像力で生き返らせている

木村 本を書くことは、僕が命を吹き込んで、生きた世界をつくることだと思うんですが、実際には文字という記号の羅列に置き換えていく作業です。その記号を読者の想像力で生き返らせる。

昔、シーモンキーというペットがいましたね。乾燥させてたのを水に入れると、また生き返るんです。生物です。本、特にファンタジーというのは、それを読者が水を入れてもう一回生き返らせているみたいなものかなと。

井辻 その人なりの内的宇宙で生きちゃってる。

木村裕一氏
木村裕一氏
木村 生き返ったのがみんな同じ動物とは限らない。人によって、みんな違って生き返る。

井辻 全然、作者の思惑を超えてということですね。

木村 いろんなお便りを見ていると、100人が100人全部違うんです。ファンタジーの架空の世界のすべてを、自分の頭の中でもう一回つくっているんですね。だから、皆さんからの生々しいお便りが来たときに僕は不思議な感じがするんです。

藤田 読者の喜びというのは、まさにそこにあると思いますね。

木村 読者が一人一人演出家になって、心の中でその世界を映像化して創っている。記号の羅列を生き返らせてるんだ。だから読書はクリエイティブなことなんです。

 
  絵は動物園の飼育係だったあべ弘士さんに

藤田 お書きになるときはイメージとして絵を想定されたんですか。木村さんは絵がご専門ですよね。

木村 そうです。だから、絵は浮かぶんです。

藤田 絵本作家で好きな作家はいらっしゃいますか。

木村
『あらしのよるに』から 『あらしのよるに』から
『あらしのよるに』から 『あらしのよるに』から
『あらしのよるに』から 『あらしのよるに』から
『あらしのよるに』から 『あらしのよるに』から

『あらしのよるに』から
田島征三さん(ジャンプ書籍リスト)なんか好きですね。最初のころはそういう絵本をつくりたいなと思ったんです。でも途中からそういう人と組めばいいや、というふうに変わった。(笑)

『あらしのよるに』を書いたときには、あっ、俺が絵描きとして描きたかった絵はこの話なんだと思ったんです。こういうのに絵をつけるのが望みだったので、ほんとのことを言うと、どっちにしようかなって随分悩んだんです。 でも、欲張らないで、今回は文章だけでいこうと思ったんです。最終的に、あべ弘士さんに頼んでよかったと思っています。

藤田 文章と絵のイメージとが、ぴったり合っていますね。

木村 その当時は、あべさんは旭川市の旭山動物園の飼育係でしたが、すぐに仕事を引き受けてくれなかった。でも、原稿を読んだら、すぐにイメージが浮かんだらしいんです。それですぐやることになったのですが、でもなぜか毎回、絵が全部違うんです。

井辻 それが気にならないというのは不思議ですね。

木村 みんなちゃんとガブとメイに見えるところが、この人のすごさなんですね。だから、そこの違いがまたよくて、違うから余計みんな頭の中に勝手につくり上げた世界にしやすいのかな。

井辻 でも、この二匹の声は、すごくよく聞こえてきますもの。

木村 この不親切さがいいのかな。


世界のあり方を探求していく『ゲド』戦記

藤田 井辻さんは『ファンタジーの魔法空間』で、ファンタジーのすぐれた作品をいろいろご紹介なさっていらっしゃいますが、これはというものを挙げていただけませんか。

井辻 『ハリー・ポッター』は、ある程度の年の男の人はすごく入りづらいみたいですね。最初からリアリズムをまるで捨てているので、ついていけない。でも、オカルト好きならOKかもしれませんよ。

ニュージーランドの作家マーガレット・マーヒーの『危険な空間』(91年)は、ヤングアダルト向けの現代的なファンタジーです。古いステレオ写真を見つけた少女が、その写真が作り出す立体空間へ入り込んでいくという、新しいヴァーチャル・リアリティのメディア体験を描いているものです。

『ファンタジ−の魔法空間』 表紙画像
ファンタジ−の魔法空間
井辻朱美作
岩波書店
 
  古代的なアースシー世界を舞台にした作品

藤田 『ゲド戦記』(ジャンプ書籍リスト)はさきほどもちょっとでましたが、いかがですか。

井辻
『ア−スシ−の風 (ゲド戦記 5)』 表紙画像
ア−スシ−の風 (ゲド戦記 5)
アーシュラ・K.ル=グウィン作
岩波書店
1巻目は、魔法の修行中に、禁じられた呪文を唱え、死の国の影を呼び出してしまった若者が、その影との戦いを通して、真の自己を見出し、世界のあり方を探求してゆくもので、古代的なアースシー(多島海)世界を舞台にした作品なんです。

最初の3巻目までが60年代後半から70年の最初に書かれていて、一つの世界をつくっている。ここでは、魔法で世界を支配するのが、本当に世界をテクノロジーが支配するのと同じような構造なんだなというのを見せてくれておもしろかった。さすがSF作家というか。

最終巻の5巻が今度出ましたが、4巻が20年ぐらいおいて出たとき、それまでの、男性と、知的な魔法の支配する秩序だった世界が突然崩壊して、女性の本能と直感が支配する世界になっているのでみんなびっくりした。

科学やテクノロジーで世界が明快に説き明かされて透明になるという信仰が現実にも崩れちゃったので、混沌に戻って終わっちゃったんです。

主人公のゲドが非常に立派な魔法使いとして成長していたのに没落して、どうしようもない存在として終わってゆく。だから、あの続編がいいという人と、一貫しないという人とあるみたいです。

 
  現実設定を取り払ったところで、愛・世界などの本質を描く

木村 世界そのものは現実的だけれども、その使う道具の一点が不思議なものなら、ファンタジーなんですか。

井辻 そうですね。『ゲド戦記』の世界は、地中海みたいなところで、そこには魔法使いがいて、まことの名前を知ることで世界を支配している。書き方はリアルなんですが、設定そのものに非現実の約束事がワンポイント入っている。

木村 ワンポイントでも入っていれば、ファンタジーになり得る。

井辻 そうですね。しかもそれが世界を動かす原理になっていれば。

それから不信の停止。信じられない気持ちをいったん棚上げにしなければいけない。これはロマン派のころからの古いお題目ですね。(笑)

井辻朱美さん
井辻朱美さん
藤田 そのほかには?

井辻 「外へ抜けでる」。つまり心理や日常ベッタリから抜け出し、外からとらえ直す。このへんはエンデも言っているんですけど、自分の内面を見ようと思っても、余りはっきりわからないけど、外の世界はそれを反映しているので、外の世界にそれを見ていく。

ファンタジーは、別世界とそこで起こるドラマを描くんですけど、それが何か内面のドラマ、象徴的できごとであるというふうになっている。

藤田 荒唐無稽ではファンタジーにならないということですね。

井辻 設定は荒唐無稽でもいいのですが、いったん現実設定をとっぱらったところに真の成長とか愛とか、世界とは何か、とかの本質を描くわけです。


ファンタジーは不確実な時代の中で確実なもの

藤田 『あらしのよるに』は内面のリアリティーという面では、今の子供たちにぴったりくるものがあるんじゃないかと思いますね。

つまり、今の子供たちは非常に孤独で、一人ぼっちになっているから、全く相性が悪いと思われているオオカミとヤギの間ですら友情が成立すると言われると、そうかということで、感動するのではないかと思いますね。

木村 確かに周りを見渡すとお父さんとお母さんが、いつまで一緒にいるかわからないとか。でも、大人でも別の意味での不信時代で、銀行に預けておいたお金が返ってこないかもしれない。スーパーの表示もうそかもしれない。

井辻 頼れると思っていたものがそうじゃなくなってきた。

木村 そうですね。大会社に勤めていても、リストラとか倒産とか、ニューヨークのツインタワービルがまさに一瞬にして崩れるとか、今までの信じるもの、周りを取り囲んでいるものが全部崩れてきた。信じられる、頼りになるものを探すと何でしょうねというぐらいで。

井辻 現実がすごく確固としていて、安全で、ここにいて、ここでちゃんとやれば大丈夫という時代でなくなってしまった。

 
  最も信じないもの同士が信じあう努力をする

木村 オオカミとヤギは天敵で、地球上で最も信じないもの同士が、お互いを信じる努力をする話ですから、今の子供たちが、これを手がかりにして、何か求めている状況なんでしょうね。

井辻 でも、寓意とか象徴に流れるのでなく、二人の間に流れる、やばいんだけど、何か一緒にいたいみたいなリアリティーが、すごく切ない感じがする。

木村 そういえばそうですね。やばいんだけど、一緒にいたいというのが原点かなという気もしなくはない。

井辻 仲間に対しては裏切りですね。

木村 いけないことをちょっとすること。常に、やってはいけないことを守りながら社会生活をしている人は、そのきわどいところを求めているのかもしれないと思うことがあるんです。

何かやばいための緊張感、緊迫感というのがすごくて、そこでぎりぎりのところで言葉を発せられているといった場合の、そのすごい立ち上がり方というか。

藤田 非常に緊迫した関係の中から人間関係が生まれ、会話が生まれているということ、それが、読者に対してのアピールになっていると思いますね。

そんなところに、ファンタジーがブームになっている要素があるんでしょうかね。

井辻 木村さんが言われたように、時代というか、地球全体が安定したところじゃなくなっていって、環境も危ないし、政治体制も、経済も、そういうまさに不確実な時代の中でステイブル(確実)なものというと、実はフィクションの世界は逆に安定しているということもありますね。

 
  ファンタジーと現実の世界を近づけるテクノロジー

井辻 あと、テクノロジーの進化によって、現実と夢の世界の境を結構、消すことができたということじゃないでしょうか。

木村 テクノロジーの発達は、例えば、ここ20年ぐらいでものすごいじゃないですか。これってもしかすると、非常に魔法に近づいているような……。

井辻 インターネットでもしくみが全然わからないブラックボックスですものね。

木村 昔、ポットのことを魔法びんと言った。お湯が冷めないだけで魔法だったんですよね。それを考えたら、ボタン一つで違う世界が見れたり、今の現実は魔法だらけなわけです。

藤田 本当にそうですね。

木村 僕は子供のころは、うちにテレビがなかった。洗濯機もなかった時代が、ほんのわずかの間に魔法だらけになってきている。そういう意味で言うと、ファンタジーはどんどん近づいている。

井辻 魔法って完全にバリアフリーになっちゃいましたね。今、みんなが遠くの人と話しながら歩いているなんていうのは、魔法としか言いようがない。そういう意味では魔法だらけになってしまったこの現実の中で、魔法が改めて注目されているという感じがする。もうそれ自体が不思議じゃないですね。

木村 不思議にする必要はないぐらい、ちょっとの違いで魔法ができちゃう。

井辻 「アトム」に携帯電話みたいなのが出てきていたという話がありますね。そういうものが90何パーセント実現している。あのころは、SFとか、まさに夢の世界とか、あり得ないと思っていたことが。

木村 不信の停止をしなくても、かなり近いものがあるのかな。

井辻 そのままですね。かなり追いついちゃった。

木村 別世界をつくるというのは、あまり書いたことがないから、書いてみたいなという気にはなりましたね。

藤田 大変いいお話をありがとうございました。




 
井辻 朱美 (いつじ あけみ)
1955年東京生まれ。
著書『魔法のほうき』廣済堂出版1,680円(5%税込)、『ファンタジーの魔法空間』岩波書店2,100円(5%税込)、ほか多数。
 
木村 裕一 (きむら ゆういち)
1948年東京生まれ。
著書『「あらしのよるに」シリ−ズ (全6巻)』 講談社各1,050円(5%税込)、「木村裕一しかけ絵本」シリーズ 偕成社、ほか多数。
(ジャンプ書籍リスト)
 

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