Web版 有鄰

  『有鄰』最新号 『有鄰』バックナンバーインデックス 『有鄰』のご紹介(有隣堂出版目録)


有鄰


平成16年4月10日  第437号  P5

○座談会  P1 P2 P3  横浜は「昭和」をどう歩んできたか (1) (2) (3)
石塚裕道
高村直助大西比呂志
○特集 P4 世阿弥と金春禅竹   松岡心平
○人と作品 P5 田辺聖子と「残花亭日暦」

 人と作品
田辺聖子さん

夫婦の愛と別れを書いた日記文学


田辺聖子と残花亭日録


   
  田辺聖子さん

書名(青字下線)』や表紙画像は、日本出版販売(株)の運営する「Honya Club.com」にリンクしております。
「Honya Club有隣堂」での会員登録等につきましては、当社ではなく日本出版販売(株)が管理しております。
ご利用の際は、Honya Club.comの【利用規約】や【ご利用ガイド】(ともに外部リンク・新しいウインドウで表示)
を必ずご一読くださいませ。


“カモカのおっちゃん”の死までの日々
 
  

『残花亭日暦』は、「俳句」平成13年9月号竏15年12月号に連載された、田辺聖子さん初の日記文学だ。

「生活について、粉飾のない文章で客観的に書いてみるのも面白そう、と思った。 それだけの抱負で始めたんですけれどね。」と、振り返る。

面白そうと始めたら、激動の日々が到来した。 “カモカのおっちゃん”の愛称で知られる夫、川野純夫さんが、がんで入院したのだ。

「日記を始めたとたんおっちゃんの病気が重くなり、とうとう死んで喪主になり、納骨。 そんな日々を日記にして、お約束した2年と少しで連載がぴたりと終わったの。 こんな不思議なこと、物書き40年して初めて。 やっぱり、”超越者”が書かせてくれたのかしらと、思っている。」

日記文学は幾多もある。 妻が夫の不実を責め、怨みを書きつらねる『蜻蛉日記』を反面教師にし、田辺さんは56歳のとき、「よいことばかり あるように日記」を私的につけはじめていた。

一方、日記文学として公の場で初めて書くことになった『残花亭日暦』は、『蜻蛉日記』風でも「よいことばかり あるように日記」風にもしなかった。 人間サマたちのほか、名前と性格を持った大小のぬいぐるみ、愛犬とおしゃべりしつつ書く、という楽しさ。 重病の夫を見舞うリアルを書いているのに、空想とユーモア、美しい言葉に満ちた文学になっている。

「超多忙で、あちこち飛び回り、そして病院へ、の日々でした。 おっちゃんは数年来車いす生活で、そのうえ、がんになってしまい、しょうがない、と思っていましたね。 元々泣き言いうような男じゃないから、余命が残されている範囲で人生楽しめたの。 お互いを笑わせてた…。」と、微笑みの表情で振り返る。

うれしい大事件。 全集刊行の話が持ち込まれ、早速病院へ報告に行った。

『報告を聞き、表情を和ませて、/〈当然じゃっ〉/小さいが明瞭な声。 (略)/〈遅すぎるくらいやっ〉/私、ミドちゃんと笑ってしまう。 健康なときと同じように、反応の早い彼が嬉しい。』竏瀦ス成13年10月30日(火)

笑いあった翌日、“ボクはもうあかんワ。 えらいお世話になりましたなあ。”と、夫が知人に話していたことを知り涙で顔が歪んだ。

そのとき、〈かわいそに。 ワシはあんたの。 味方やで。 〉と、おっちゃんがいった。 涙が引っ込む。

『みかた。 /味方。 /護符のことなのかな。 (略) “ワシはあんたの味方や”というのが、彼流のせい一ぱいの、手持ちのセリフなのだろう。 』竏11月1日(水)

 

北朝鮮のコメ問題、テロの話題、戦争の記憶なども
 
  

「昭和41年に結婚して、たくさんおしゃべりしました。 けんかもよくした。 仕事が終わらずに外出をキャンセルしたら、“裏切られた”と怒ってきたりね。 でも、4人の子持ちのやもめ男だったのに、苦労が身についてない素直な人で、面白かった。 女の才能を認める人で、私のいうことをへー、ほー、はー、とよく聞いてくれた。 男女というのは、年齢は関係ない。 それはもう、相手に対する興味と好奇心よ。」

身辺のことだけでなく、北朝鮮のコメ問題、米中枢同時テロの話題、戦争の記憶も書かれている。 作家の目は、みるもの聞くものをがっちりとらえたうえで、こだわりのある美しい言葉で、日記文学を書き付けていく。 愛する夫が去っていく日々は、二人が生きた日々に支えられて、ばら色の読み心地だ。

「連れ合いに先立たれると男はガクッとくるけど、女は“やっぱり、あなたみたいな人はいなかったわ”なんて、うまいこといいながら元気なものです。 意気消沈せず、あらまほしき(ありたい)自分というのを文章にしてみるといいかもしれない。 おっちゃん、きっと見ていてくれてる、って思っているんです。」

昭和3年、大阪生まれ。 39年に芥川賞受賞。 2年後、4人の子持ちの川野氏と結婚。 そして今に至るまで、仕事と家庭を両立して多忙、女流作家の第一線で活躍し続けている。 数えられただけで540あるという短編小説の一つ、「ジョゼと虎と魚たち」が映画化、公開され、若者たちの共感を得て、現在ロングラン中だ。

「時代がようやく、私に追いついたのよ。 へへへ。」

悪戯っぽい笑い、カモカのおっちゃんは、どこかから見てくれているはず。 なにしろ永遠の味方なんだから。


 『残花亭日録』 田辺聖子 著
 角川書店刊
 1,365円(5%税込)
(C)


  『有鄰』 郵送購読のおすすめ

1年分の購読料は500円(8%税込)です。有隣堂各店のサービスコーナーでお申込みいただくか、または切手で
〒244-8585 横浜市戸塚区品濃町881-16 有隣堂出版部までお送りください。住所・氏名にはふりがなを記入して下さい。






ページの先頭に戻る

Copyright © Yurindo All rights reserved.