Web版 有鄰

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有鄰

平成16年6月10日  第439号  P2

○座談会 P1   話題の新人作家たち (1) (2) (3)
黒井千次
清原康正鵜飼哲夫藤田昌司
○特集 P4   新発見の大日如来像と運慶   山本勉
○人と作品 P5   伊坂幸太郎と「アヒルと鴨のコインロッカー」



座談会


話題の新人作家たち (2)


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  ◇エンターテインメントは男性のほうが自由に書ける
 
藤田   男性作家は、大衆文学のほうでは元気があるんじゃないですか。

清原   今の黒井さんのお話をなるほどと思って聞いていたんですが、エンターテインメントのほうでは、男性作家のほうがそれを自由にやっているところがあるみたいに思えますね。

横山秀夫にしても、福井晴敏にしても、行き過ぎるとちょっとオタク的になるような部分で踏みとどまっている。 男性のほうが、社会の座標軸の中に自分の位置を確認したり、社会的な存在ということをまだ濃厚にひきずっていて、そうした意識の中で、事件だとかアクションだとかを媒介としていますから、男のほうがかえって書きやすいのかなという感じはしますね。

藤田   横山秀夫はすごく売れていますね。 『半落ち』で直木賞の候補に挙がって、彼の作品はミステリーというか警察小説ですが、書くものはすべてベストセラーになっている。

「平成の松本清張」というキャッチフレーズも出てきているぐらいです。 彼は、東京生まれの東京育ちですが、群馬の上毛新聞社の記者になって、警察廻りをずっとやっていたそうですね。

鵜飼   特ダネ記者というのか、非常に強い記者だったらしいですね。

藤田   だから、警察の内部についてはよく知っていまして、最初に有名になった松本清張賞の『陰の季節』では、主人公は警察官なんだけれども、人事をやっている管理部門のほうなんです。

鵜飼   普通、警察と言うと捜査一課とか、二課を使うんですが、彼は教養課とか、鑑識とか、あんまり普通の記者が回らないところをしっかり押さえて書いていますね。


    日航機事故の騒動に巻き込まれた新聞社の内側を描く
 
清原   クライマーズ・ハイ』では、作者自身の新聞記者の体験に照らして、中央紙と地方紙との現場での張り合いがすごくうまくとらえられている。 そのあたりから「平成の松本清張」というキャッチフレーズも出てくるんでしょうけれども、文体がかなりきびきびしていますね。

藤田   新聞記者の文章ですね。 センテンスが短い。

日本航空の御巣鷹山事件のときの地方紙のてんやわんやの大騒動を書いたのが『クライマーズ・ハイ』ですね。 主人公は現場の編集キャップにさせられて、まるで灰神楽が立ったような編集局の内部を書いて、彼自身、実際にあの事件を体験しているんでしょう。 なかなか迫力のあるいい長編だった。

鵜飼   これは山本周五郎賞の候補になっていますね。

『クライマ竏茶Y・ハイ』表紙
横山秀夫
クライマ竏茶Y・ハイ
竏瀦カ藝春秋刊竏

清原   あの作品がおもしろいのは、いきなり事件から書かないでしょう。 ほとんど素人なのになぜか山に登るところから書き始めて、事件に入って行く。 普通だと新聞記者の功名心というか、その辺からいきなり書きたいはずなんですよ。 それをぐっと抑えたところがいいと思うんです。

松本清張さんの作品とちょっと違うところは、社会に対するひがみというか、ゆがみというか、それがないんじゃないかな。

鵜飼   全くおっしゃるとおりだと思います。

藤田   社会批判が清張さんの場合には非常に強い。

清原   それが先に出ているんですね。


    人間群像を通して事件を解き明かす横山秀夫の作品
 
鵜飼   横山さんの短編は、ミステリーと言っても組織小説の色彩が相当強いですね。 一つの事件をめぐって、いろんな部署が派閥の争いをしながら解決していくさまを見つめている。 そこに一つの筋として人間ドラマを据えている。

『半落ち』もそうですけれども、一つの事件にいろいろな人がかかわってくるんです。 その人間群像が今の時代をありありと映し出している。

清原   看守眼』もいいですよね。 着想というのかな、事件を切り取っていくやり方が、今までの社会派とは全く違うところがある。 今までにも社会派の犯罪小説なり、推理小説がありましたね。 組織を切るとか、外側からの視点とかは似ているはずなのに、読んでいて全然違うなという感じがありますね。 そこに現代性があってアピールするのかな。 読んでいてしんどくないんですよ。

黒井   この人の作品は短編が多いんですね。 大体ミステリーというと長編でしょう。 短編であるというのはどういう意味があるんですか。

鵜飼   『陰の季節』のシリーズは、主人公は同じ人が多いんですよ。 その人がかかわる事件の断面を追いかけていく。

黒井   一種の連作ですね。

鵜飼   『半落ち』も長編なんですが連作形式で、最初に取り調べた警察官、検事、裁判官、新聞記者らが、妻殺しをした警官が自首するまでの「空白の二日間」に迫っていきます。 時間の経過に沿いながら、まるでモザイクをつくるようにピースをあてはめ、一個のミステリーにする。

とくに前半はものすごくおもしろいと思います。 クイクイクイッと持っていく力が非常にあるし、話者が変わることによって主人公の複雑な内面、苦悩が陰影深く浮かび上がってくる。 『陰の季節』のシリーズもそうですが、よくあるミステリーの、一つの事件を一人の人間が捜査して、犯人を上げて、種明かしをしておしまいということではないんですね。

今までのミステリーでは飽き足らない人たちがおもしろがる要素はあるし、変な言い方ですが、大人が読んで十分に楽しめる。

清原   そのあたりは、清張さんが出てきたとき、それまでの探偵小説に飽き足らなかった連中が、社会派ということで引き込まれたというのに似ているかもしれませんね。


    石田衣良が描く少年たちが成長していく姿
 
藤田   私がいま、注目しているのは石田衣良[いしだいら]なんです。 『4TEEN[フォーティーン]』は月島に住む14歳の4人の少年の、青春小説といったものですね。

清原   最初の作品が『池袋ウエストゲートパーク』ですね。 月島にしても池袋にしても、東京は東京なんだけれども、新宿とか渋谷とはちょっと違う雰囲気がある。 特に月島はそうですね。 片方に超高層マンションが建っていて、もう片方に古い家や、もんじゃ焼きの通りがあって、新旧が混在している。

若い人が描く東京の活きのよさというのかな。 『4TEEN』を月島ハックルベリ・フィンだと言った人がいて、僕もそうだと思いますが、少年たちが成長していく過程を真っ向から描いています。 あの素直さというのかな、あれがすごくいいんじゃないですか。

藤田   『池袋ウエストゲートパーク』でも、情景描写がなかなかうまいし、同時に若い世代の風俗というものをよく書いていますね。

『4TEEN』表紙
石田衣良
4TEEN
竏註V潮社刊竏

鵜飼   彼は『娼年』のような作品を書いたり、青春小説を書いたり、とても幅が広いし、視線に優しさがあって非常に不思議なところがあると思います。

『4TEEN』は今度ドラマ化されますね。 『池袋ウエストゲートパーク』はテレビドラマになりましたし、横山さんの『半落ち』や桐野夏生[きりのなつお]さんの『OUT 上』は映画化された。 直木賞系の作品は映像化になじみやすいという共通点があるのかもしれません。


  ◇区別しにくくなった純文学と大衆文学
 
藤田   『4TEEN』は去年の直木賞ですけれども、青春の小説と言う意味では、芥川賞の作品にも一脈通じるところがあるようで、大衆文学と純文学という境界がなくなってきているような感じがしてきているんです。

鵜飼   今、若い編集者たちが非常に注目している若い作家の中に、嶽本野ばらさんや舞城王太郎[まいじょうおうたろう]さん、伊坂幸太郎さんがいます。

嶽本さんは必ずしも純文学の本流から出てきた人ではないんですが、編集者は純文学として押し出している。

舞城さんも講談社のノベルズから出てきた人ですが、三島由紀夫賞をとりました。 伊坂さんはミステリーでデビューしたけれども、とてもおもしろい味があります。

黒井   いわゆるエンターテインメントと言われるものと、文芸誌に載る小説との境界が、昔はある形で自然に決まっていたようなところがあったのが、その区分が難しくなってきているのだと思います。

たとえば角田光代[かくたみつよ]は、芥川賞の候補に何度もあがったけれど、直木賞候補にもなりましたよね。 これからはだんだんそうなっていくのかなという感じはしますね。

鵜飼   芥川賞は、対象が短編作品という制限もある。

黒井   そういう問題もありますね。 三島由紀夫賞や野間文芸新人賞がそこをカバーしてくれているというところがあるようにも思えますね。


    派手さはないが人気がある個性的な作家たち
 
鵜飼   先ほど絲山さんの話が出ましたけれども、最近、川端康成文学賞はひところと少し変わってきていて、堀江敏幸さんや町田康さんら、若い人が取るんですね。 その人たちの特色と思われるのは、文章で、ある独特の空間とか、ある種の何とも言えない時間の流れをつくるうまさがあって、それは爆発的なベストセラーにはならないけれども、とても味があって、いい線をいっているんじゃないか。

『雪沼とその周辺』表紙
堀江敏幸
雪沼とその周辺
竏註V潮社刊竏

堀江さんの川端康成文学賞作品を収録した『雪沼とその周辺』は、架空の雪沼を舞台にして、その周辺に生きる人たちの、生きたり、病気をしたり、死んだり、別れがあったり、はっきり言えば何ということもない、だからどうしたということではあるけれども、そこの田舎に流れている生きている時間と死んでしまったものの時間がうまく一緒になるように書かれている。 町田康さんの文体もですが、作家の持っている個性で書いていく。

それから、川上弘美さんの『センセイの鞄』や『龍宮』『溺レる』などの文章も、とても奇妙な味があります。

保坂和志さんの本も最近売れているんです。 派手ではないんですけれども、去年の作品の『カンバセイション・ピース』は3万近くいっているみたいですし、地味だけれども、そういうものが動いてきている。


    「本屋大賞」1位の『博士の愛した数式』
 
鵜飼   小川洋子さんの『博士の愛した数式』は、本屋大賞で1位になりましたね。

わずか数時間しか記憶を持たない天才数学博士と、そこにお手伝いさんに行った女性と子供との友愛を書いたんです。

8時間たつと博士は全部忘れてしまうので、全部一から人間関係をやり直し、何回やってもやり直さなくてはならない。 そういう時間的にも閉ざされた中における友愛というものを非常にうまく描いている作品なんです。 もちろん文学的ではあるのですが、そこにはジャンルの枠をこえた普遍的なおもしろさを感じます。

黒井   この本はずいぶん出ているんですか。

鵜飼   去年の12月段階で5万部出て、その後、読売文学賞を取ったりとか、本屋大賞を取ったりとかで、今16万だったかな、相当いっていますね。
『博士の愛した数式』表紙
小川洋子
博士の愛した数式
竏註V潮社刊竏

清原   今まで、数学者が文学的なことをやっていたというのはあったんですが、文学者が数学をやるという意味では、おもしろいなと思いました。 もちろん別に数学者でなくてもよかったわけだけれども、8時間で全部消える。 営々とやり直しをやる。 そこのところに着目した着想がおもしろかったですね。


    書店員が売りたい本を投票して選ぶ
 
藤田   本屋大賞はこれからも続くんですか。

鵜飼   今年が第1回で『本屋大賞2004』というんですが、これから毎年続くみたいですね。

文学賞とか書評に頼らないで、書店員さんたちが、自分が「売りたい」と思う本を選ぶんです。 『本の雑誌』が代表的な形で事務をやっているんですが、あとはボランティアです。 全国の書店に呼びかけて、それに応じた書店が参加して、20代、30代ぐらいの若い書店員が中心らしいんですが、投票で候補作を選ぶ。 そのうちの上位10点で2次投票をして、今度はランキングを決めるんです。

今年の最終結果は、第1位が『博士の愛した数式』で、第2位が『クライマーズ・ハイ』、第3位が伊坂幸太郎さんの吉川英治文学新人賞を取った『アヒルと鴨のコインロッカー』。 伊坂さんの作品は第5位にも『重力ピエロ』が入っています。

藤田   こういう賞は読者のためにもいいことですし、賛成ですね。 それから書店員さんに本の勉強をしてもらうためにもいい。

鵜飼   最近、本屋発のベストセラーが多いですね。 『白い犬とワルツを』も、実は『博士の愛した数式』もそうなんですが、紀伊國屋書店が最初に目をつけて、店頭に普通より2倍の数を置いたところで動き始めた。 『いま、会いにゆきます』という市川拓司さんの作品もそうです。

藤田   片山恭一さんの『世界の中心で、愛をさけぶ』もそうだったんですよね。

黒井   書店が、そういう意味で非常に積極的な機能を発揮しているんですね。

『アヒルと鴨のコインロッカー』表紙
伊坂幸太郎
アヒルと鴨のコインロッカー
竏駐結梠n元社刊竏

『世界の中心で、愛をさけぶ』表紙
片山恭一
世界の中心で、愛をさけぶ
竏衷ャ学館刊竏
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