清原 |
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あの作品がおもしろいのは、いきなり事件から書かないでしょう。 ほとんど素人なのになぜか山に登るところから書き始めて、事件に入って行く。
普通だと新聞記者の功名心というか、その辺からいきなり書きたいはずなんですよ。 それをぐっと抑えたところがいいと思うんです。
松本清張さんの作品とちょっと違うところは、社会に対するひがみというか、ゆがみというか、それがないんじゃないかな。
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鵜飼 |
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全くおっしゃるとおりだと思います。
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藤田 |
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社会批判が清張さんの場合には非常に強い。
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清原 |
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それが先に出ているんですね。
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人間群像を通して事件を解き明かす横山秀夫の作品
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鵜飼 |
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横山さんの短編は、ミステリーと言っても組織小説の色彩が相当強いですね。 一つの事件をめぐって、いろんな部署が派閥の争いをしながら解決していくさまを見つめている。 そこに一つの筋として人間ドラマを据えている。
『半落ち』もそうですけれども、一つの事件にいろいろな人がかかわってくるんです。 その人間群像が今の時代をありありと映し出している。
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清原 |
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『看守眼』もいいですよね。 着想というのかな、事件を切り取っていくやり方が、今までの社会派とは全く違うところがある。 今までにも社会派の犯罪小説なり、推理小説がありましたね。 組織を切るとか、外側からの視点とかは似ているはずなのに、読んでいて全然違うなという感じがありますね。 そこに現代性があってアピールするのかな。 読んでいてしんどくないんですよ。
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黒井 |
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この人の作品は短編が多いんですね。 大体ミステリーというと長編でしょう。 短編であるというのはどういう意味があるんですか。
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鵜飼 |
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『陰の季節』のシリーズは、主人公は同じ人が多いんですよ。 その人がかかわる事件の断面を追いかけていく。
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黒井 |
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一種の連作ですね。
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鵜飼 |
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『半落ち』も長編なんですが連作形式で、最初に取り調べた警察官、検事、裁判官、新聞記者らが、妻殺しをした警官が自首するまでの「空白の二日間」に迫っていきます。 時間の経過に沿いながら、まるでモザイクをつくるようにピースをあてはめ、一個のミステリーにする。
とくに前半はものすごくおもしろいと思います。 クイクイクイッと持っていく力が非常にあるし、話者が変わることによって主人公の複雑な内面、苦悩が陰影深く浮かび上がってくる。 『陰の季節』のシリーズもそうですが、よくあるミステリーの、一つの事件を一人の人間が捜査して、犯人を上げて、種明かしをしておしまいということではないんですね。
今までのミステリーでは飽き足らない人たちがおもしろがる要素はあるし、変な言い方ですが、大人が読んで十分に楽しめる。
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清原 |
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そのあたりは、清張さんが出てきたとき、それまでの探偵小説に飽き足らなかった連中が、社会派ということで引き込まれたというのに似ているかもしれませんね。
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石田衣良が描く少年たちが成長していく姿
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鵜飼 |
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彼は『娼年』のような作品を書いたり、青春小説を書いたり、とても幅が広いし、視線に優しさがあって非常に不思議なところがあると思います。
『4TEEN』は今度ドラマ化されますね。 『池袋ウエストゲートパーク』はテレビドラマになりましたし、横山さんの『半落ち』や桐野夏生[きりのなつお]さんの『OUT
上・下』は映画化された。
直木賞系の作品は映像化になじみやすいという共通点があるのかもしれません。
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◇区別しにくくなった純文学と大衆文学
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藤田 |
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『4TEEN』は去年の直木賞ですけれども、青春の小説と言う意味では、芥川賞の作品にも一脈通じるところがあるようで、大衆文学と純文学という境界がなくなってきているような感じがしてきているんです。
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鵜飼 |
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今、若い編集者たちが非常に注目している若い作家の中に、嶽本野ばらさんや舞城王太郎[まいじょうおうたろう]さん、伊坂幸太郎さんがいます。
嶽本さんは必ずしも純文学の本流から出てきた人ではないんですが、編集者は純文学として押し出している。
舞城さんも講談社のノベルズから出てきた人ですが、三島由紀夫賞をとりました。 伊坂さんはミステリーでデビューしたけれども、とてもおもしろい味があります。
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黒井 |
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いわゆるエンターテインメントと言われるものと、文芸誌に載る小説との境界が、昔はある形で自然に決まっていたようなところがあったのが、その区分が難しくなってきているのだと思います。
たとえば角田光代[かくたみつよ]は、芥川賞の候補に何度もあがったけれど、直木賞候補にもなりましたよね。 これからはだんだんそうなっていくのかなという感じはしますね。
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鵜飼 |
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芥川賞は、対象が短編作品という制限もある。
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黒井 |
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そういう問題もありますね。 三島由紀夫賞や野間文芸新人賞がそこをカバーしてくれているというところがあるようにも思えますね。
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派手さはないが人気がある個性的な作家たち
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鵜飼 |
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先ほど絲山さんの話が出ましたけれども、最近、川端康成文学賞はひところと少し変わってきていて、堀江敏幸さんや町田康さんら、若い人が取るんですね。 その人たちの特色と思われるのは、文章で、ある独特の空間とか、ある種の何とも言えない時間の流れをつくるうまさがあって、それは爆発的なベストセラーにはならないけれども、とても味があって、いい線をいっているんじゃないか。
堀江さんの川端康成文学賞作品を収録した『雪沼とその周辺』は、架空の雪沼を舞台にして、その周辺に生きる人たちの、生きたり、病気をしたり、死んだり、別れがあったり、はっきり言えば何ということもない、だからどうしたということではあるけれども、そこの田舎に流れている生きている時間と死んでしまったものの時間がうまく一緒になるように書かれている。 町田康さんの文体もですが、作家の持っている個性で書いていく。
それから、川上弘美さんの『センセイの鞄』や『龍宮』『溺レる』などの文章も、とても奇妙な味があります。
保坂和志さんの本も最近売れているんです。 派手ではないんですけれども、去年の作品の『カンバセイション・ピース』は3万近くいっているみたいですし、地味だけれども、そういうものが動いてきている。
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「本屋大賞」1位の『博士の愛した数式』
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