Web版 有鄰

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有鄰

平成16年11月10日  第444号  P5

○インタビュー P1   瀬戸内寂聴さんに聴く
源氏物語、そして幻の一帖 「藤壺」 (1) (2) (3)  
聞き手・ 松信裕
○特集 P4   百歳になる片岡球子先生  山梨俊夫
○人と作品 P5   出口裕弘と「太宰治 変身譚」
○有鄰らいぶらりい P5   馬見塚達雄著 「『夕刊フジ』の挑戦」秋庭道博著 「サムライたちの遺した言葉」渡辺淳一著 「幻覚」安岡章太郎著 「雁行集」
○類書紹介 P6   「火山噴火」・・・三宅島、浅間山、次は? 日本列島には86の活火山が並んでいる。


 人と作品
出口裕弘氏
なぜ変身しつづけたのか?をさぐるユニークな評伝

出口裕弘と太宰治 変身譚
   
  出口裕弘氏

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譚作りの名人だった太宰治
 
  

昭和23年、玉川上水で入水心中した作家、太宰治の小説は、読み継がれ、新たなファンを増やしている。 『人間失格』(新潮文庫)は昭和27年刊行で、今年3月に重版、なんと150刷である。

昭和3年、東京に生まれた出口裕弘さんは、26年に東大仏文科を卒業。 一橋大学教授を務めるかたわら、作家・フランス文学者として多くの本を書いてきた。 東大仏文科中退の太宰治とは先輩後輩の間柄で、「太宰の小説は、10代の頃から雑誌に発表されるや”追っかけ”るように読んでいた。 折に触れて全集を読み返してきたが、何か本を書こうという気はさらさらなかった。 30代の時と10年ほど前の二度、40枚ほどの小論を書いただけでしたね」。

ところが一昨年、『三島由紀夫・昭和の迷宮』(新潮社)を発表した後のある日、

——三島を書いたんだから次は太宰ですよね。

と、編集者の小山晃一さん(飛鳥新社)にいわれた。

「ああ、そうね、と素直に相づちを打った。 三島も好きだが太宰も好きというのが口癖になっている以上、はぐらかすいわれもなく、17歳で文学に首を突っ込んでから、同国人なら三島と太宰、外国人ならランボーとボードレールが気になる代表格だったから、正面から渡りあって書こうと心に決めました」

昨年暮れから始め、今年7月に書き上げた。 小説、評論、翻訳を手がけてきた”円熟”のエネルギー。 好きで読み込んできた個人的資産から、「変身譚[へんしんたん]」というユニークな評伝文学が完成した。

「ああでもない、こうでもないと考えていたら、昔の流行歌がふっと頭に浮かんだ。 歌には花売り娘が登場するが、太宰の短編『葉』にも日本橋のネルリという花売り娘が登場する。 太宰は譚[はなし]作りの名人で、あきれるほど嘘がうまい。 嘘話にだまされるのは文芸に関わる人間の至福です。 瞬間的に嘘がひらめく太宰の精神構造が無類に面白く、催眠術にかけられるのが楽しかった。 その譚について、同じ作家の僕が”譚[はな]す”構想で、筆がのりました」
 

 
三島由紀夫と共通している演技者意識
 
   太宰は昭和11年、処女創作集『晩年』を刊行した。 短編『葉』はその2年前の9年に書かれた。 初めて「太宰治」の筆名で小説を書いたのはその前年、8年のことで、さらにそれ以前、太宰はカフェの女給、田辺あつみと心中を図って生き残り、自殺幇助罪に問われて起訴猶予となった。 昭和5年のことである。

太宰が生き残ったこの「七里ヶ浜心中」に出口さんは注目し、事件について、<太宰治という小説家をどう考えるか、立ち向かう者の主観次第でさまざまに色合いを変える>と、書く。

「”偽装”説もあるが、心中や自殺はそう偽装できるものではないという人生観が僕にはある。 太宰は、妖精のような少女を殺してしまった罪悪感にさいなまれて生きたと思う。 業苦が、彼の自我・自意識を支えている。 いつも誰かにみられているように感じ、誰もいないのに演技をする演技者意識は、三島と共通しているね。 二人とも、普通の歩幅で歩けないの。 烙印を押されたように急いでいる」

『地主一代』『学生群』など、普通の小説を書いていた青年が、心中事件から2、3年を経て独自の小説を完成させ、太宰治として登場した。 亡くなる半年前、雑誌『ろまねすく』発表の短文「かくめい」の書き出しを、出口さんは引く。 <じぶんで、したことは、そのやうに、はつきり言はなければ、かくめいも何も、おこなはれません>。

「太宰は、自分のしたことをはっきりと人に伝えたのだろうか? なぜカメレオンのように何度も体色を変え、変身を得意としたのか? 僕は共産党運動をしたことも女性問題もなく、お金持ちの子でもなくて、太宰とは全く違う人間で、身につまされる感じはないんです。 桜桃忌[おうとうき]に行くような、のめり込む感覚もありません。 ただ、この人の嘘のサービスがべらぼうに面白くて、暗記してしまうくらい読んできた。 大学紛争で、教員として自分の意思を決めるとき、人間は最後は個人でしかない、<じぶんで、したことは>…のような太宰の姿が思い浮かんだ。 小説は、元来役に立たない物なのに、人生のさまざまな転機に太宰の言葉に助けられたのは不思議なことだなあ。 彼の嘘は悪質な精神ではない。 嘘の癖が文学に繋がっちゃったけた違いの天才だね。 太宰文学の後継者はいないですよ。 小説の”こしらえ方”の度が過ぎる」


 『太宰治 変身譚』 出口裕弘 著
 飛鳥新社刊
 1,785円(5%税込)
(C)




  有鄰らいぶらりい
 


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馬見塚達雄 著
「夕刊フジ」の挑戦』 阪急コミュニケ−ションズ 1,680円(5%税込)
 
  サラリーマン層に、広い読者を持っているタブロイド紙「夕刊フジ」はどうやって創刊され、読者の心を掴んだのか。 1969(昭和44)年の創刊時に、産経新聞の東京社会部から出向、報道部長、編集局長などを勤めた著者がその内幕などを忌憚なく語った本。 忌憚なく、は決まり文句の褒め言葉ではない。

最初の役員会で「おれは床屋で読むような新聞を作るために産経にきたのではない」と反対した就任早々の鹿内信隆・産経新聞社長が、成功した後年には「作ったのはおれだ」と誇っていた話。

編集トップに指名された大阪社会部長(のち夕刊フジ代表)は、「ふざけるな! おれに、こんなエロ新聞が作れるか」と、東京で作ったテスト版をデスクにたたきつけた話。 販売店に代わる売り場になる鉄道弘済会からは「場所を取る新聞よりビールやジュースを売った方がよほど儲かる」と鼻であしらわれたといった創刊時の四面楚歌。

事件の本筋のほかに、その渦中にいる人に重点を置いた本音の編集が共感を呼んだいきさつ。 東大紛争で逮捕されたが完全黙秘、留置場の番号から「菊屋橋101」と呼ばれていたナゾの女の身元を突き止めた話をはじめ、当時の特ダネや逆の失敗話など、率直な語り口が興味深い。

 
秋庭道博 著
サムライたちの遺した言葉
(PHPエル新書) PHP研究所 798円(5%税込)
 
  乱世を生きたサムライたちは、死にのぞんで感動的な辞世の言葉を遺した。 それらは現代の男たちにも、強い迫力を感じさせずにはおかない。 なぜなら、それは、男の美学の結晶だからだ。 本書は、そうしたなかから45人のサムライの辞世の言葉と、その背景を紹介している。

辞世の言葉といえば、真先に思い浮かぶのは、織田信長の本能寺の変における幸若舞[こうわかまい]の「敦盛[あつもり]」の一節、「人間五十年、下天のうちをくらぶれば……」であろう。 だが著者はその直前、森蘭丸が光秀の謀叛を告げたときの一語を取り上げている。 「是非に及ばず」という呟きだ。 何といういさぎよさか。 いさぎよいといえば壇ノ浦で果てた平知盛も立派だ。 安徳天皇の入水も見届けた上、「見るべきほどの事は見つ。 いまは自害せん」と言って海に入った。

新旧の時代のはざまに生きた長州の高杉晋作の「おもしろきこともなき世をおもしろく」のたくましさ、「四十九年一睡の夢 一期の栄華一盃の酒」といった上杉謙信の心意気など、いずれも胸にしみる。 好きな言葉を脳裏にとどめておいて、折に触れて思い出してみたいものだ。

 
渡辺淳一 著
幻覚 中央公論新社 1,680円(5%税込)
 
 
渡辺淳一著 『幻覚』
幻覚
−中央公論新社刊−
 
人間を意外な行動に駆り立てる性の深奥の闇を照射した力作長編。 語り手の僕は、ある病院に勤務する31歳の男性看護士。 院長は36歳の精神科の女医で、都内に、本院とは別のクリニックを開設。 僕はそこのカウンセラーに抜擢される。

僕が氷見子先生と慕うこの院長は二代目で、まだ独身。 秀才の誉れ高く、しかも稀代の美貌で、僕は心底から敬愛してやまない氷見子先生の言うことなら、すべて絶対として受け止める。 そんな僕を、氷見子先生も好意を抱いてくれてか、食事に誘い、バーに案内し、さらにはホテルや独身ぐらしのマンションにも。 だが、氷見子先生は燃えなかった。 やがて先生は、患者として知り合った若い売春婦とも、同性愛の関係にあることを知る。

しかし問題なのは、そのことではない。 クリニックに入院してきた中年男性と、人妻の女性を薬漬けにしてしまうのだ。 家人から退院の申し出があっても、耳をかそうとしない。 患者の家庭環境に、氷見子先生は何かを嗅ぎ取っているのだ。 そしてそれは、氷見子先生の心の闇に照応するものがあったのだ。 薬漬け治療はやがて裁判沙汰に発展していく……。 性の秘密を描いた、この作者ならではの傑作である。

 
安岡章太郎 著
雁行集 [がんこうしゅう] 世界文化社 2,100円(5%税込)
 
  著者がこれまで各紙誌に発表したエッセーを収録したもので、少年時代の思い出から昨今の身辺雑記的なものまでさまざまだ。 それらのなかには、他のエッセーで触れた話柄もあるが、しかしそれにもかかわらず魅力を失っていないのは、この著者のもつ巧まざるユーモアと、気どらない告白などのせいだろう。

著者は陸軍軍医少将の一人息子に生まれ、父の転勤に伴い、幼少から転々とし、このため学校の成績も秀才と劣等生の間を往復。 中学に入ってからは弁当を持って青山墓地で暮らした毎日もあったという。

こうした人生の歴史が吐露されているわけだが、やはり面白いのは遠藤周作、吉行淳之介ら第三の新人と呼ばれた作家仲間たちとの交流で、登場人物一人一人がすべてユニークな役者ぞろいだ。

ちょっと趣が違って興味深いのは「介山のいる風景」で、『大菩薩峠』の中里介山が小学校教師時代に住んだ寺に、著者も劣等生の特訓の場として収容されたことがあるという因縁に由来するが、それを手がかりに介山の若き日を訪ねるエッセーが、両者の人格がミックスされて、とても面白い。 介山が勤めていた小学校の子供たちは、父の名はほとんど知らないが、母の名は「オイ」というと答えた挿話など、腹を抱えるほどだ。
 
(K・F)

(敬称略)


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