Web版 有鄰

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有鄰

平成17年3月10日  第448号  P3

○座談会 P1   中華料理と横浜中華街 (1) (2) (3)
たん ろみ/林康弘/伊藤泉美/藤田昌司/松信裕
○特集 P4   伝えたい日本古典文学の魅力  ツベタナ・クリステワ
○人と作品 P5   福井晴敏と『6ステイン』



座談会


中華料理と横浜中華街 (3)

 

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  ◇外国のチャイナタウンは中国人が対象
 
藤田  

外国にもチャイナタウンはたくさんありますが、横浜の中華街は何が違うんですか。
 

 

外国のチャイナタウンは中国人のためにつくられた街なんです。 だからレストランも、中国人のお客さんを対象にしている。 世界中で中国人以外がチャイニーズレストランをやっているのは日本だけなんです。 中国人の料理をまねて、中華料理店をこれだけたくさんやっている国は日本しかない。
 

藤田  

サンフランシスコのチャイナタウンは有名ですが、横浜ほど盛んじゃないですね。
 

  規模は日本のほうが小さいですよ。 人口からいっても、話にならないぐらい横浜の中華街は中国人が少ない。
 
  アメリカでは、サンフランシスコが最大で次がニューヨークなんですが、ニューヨークだけで15万人チャイニーズがいるんです。
 
松信  

横浜は何人ぐらいですか。
 

 

6千何百人です。 最初のころは3千8百人ぐらいだった。 15万人と6千人といったら、比較にならない数字でしょう。 でも町は中華街として同じように比較される。
 

 

ニューヨークは確かにスケールも大きいし味も千差万別ですが、一度、チャイナタウンじゃないミッドタウンの中華料理屋さんに行ったんです。 コックさんもボーイさんも中国人だというので「ホウレン草を塩味で炒めてください。」と言ったら、「わかりました。」と引っ込んだボーイさんがまた出てきて、「申し訳ありません。 私たちがやっている中華料理はアメリカの中華料理なんです(笑)。 あなたがおっしゃるホウレン草炒めは本当の中華料理です。 だから、私たちはお出しできないんです。」と言うんです。
 

  おもしろいですね。
 
  アメリカ人用の中華料理を、中国人はわきまえていて、中国人用の中華料理の味と違うものを出す。
 

   中国人はパリでも行くのは中華料理店
 
 

食文化で言うと、中国人は200年前からアメリカに住んでいるのに、未だに中国料理しか食べないんです。 例えばフランスのパリように、おいしいものがたくさんあるところでも絶対に中華料理屋さんに行く。 でも日本にいると、だんだん日本人みたいになってきちゃう。

日本に同化することはオーケーなんです。 そういうふうに考えると、日本のほうからも中国に同化するのはオーケーなんですよ。 だから、日本人が考える日本人のための中国料理店というものが日本ではオーケーなんです。 日本の中華街は、中国人のお客さんじゃなくて、日本のお客さんを対象に考えている。 外国では、中国人のための店から入っていく。 町ごとそうですからね。 そこがすごく違う。

だから、日本に来た中国の人は、中華料理屋さんに行かないんです。 お寿司とか、うなぎ、天ぷらとか日本料理を食べたがる。
 


   横浜のチャイナタウンは世界に類のないモデル
 
 
  横浜中華街大通り
  横浜中華街大通り

日本では、最近、中華街に非常においしい店がたくさんできているんです。 これは新しい現象で、池袋とか歌舞伎町からスタートしたニューチャイニーズにとっての、双六で言えば上がりは横浜の中華街なんです。 そのために一生懸命苦労してくる。

横浜には、ミドルクラスのチャイニーズが集まる。 夜中の営業もしないし、風俗もない。 ギャンブルもしない。 治安が世界で一番いいことももちろん含めて、これが横浜チャイナタウンの非常に特質的なキャラクターなんです。

僕らもそれを守ろうとしていますけれど、そういう意味でも、横浜のチャイナタウンは世界に類のない、一つのモデルケースなんです。 これから、いい意味でまた中国人化してくると思います。
 

 

私が見た限りでは、サンフランシスコ、ロサンゼルス、ニューヨーク、パリ、ロンドンと比べて、横浜のように、立派なお店がきちっと並んだチャイナタウンは世界でも非常に珍しいですね。
 


   日本料理になったラーメンを中国や香港が逆輸入
 
藤田   ところで、中国にも日本のようなラーメンはあるんですか。
 
  ラーメンはもう日本料理ですね。 逆輸入で今中国や香港ではやり始めている。
 
 

北京に駐在していた日本人が、「ああ、日本のラーメンが食べたい、焼いた餃子が食べたい!」と言う。 今ではどちらも日本料理なんですね。 それを聞いた北京のお料理屋さんが、横浜中華街の方たちと交流をして、日本のラーメンを学んで中国に持ち帰り、日本人に日本のラーメンを北京で食べさせてあげた。 お料理は常に進化していくという良い例でしょう。

私がアメリカに住んで特に実感するのは、日本にいたときは、中国人だ、日本人だ、横浜だ、神戸だ、広東だ、北京だ、こんなに違うと言うんですが、アメリカに行ったらそんな違いはどうでもいいんですね。 日本も中国も同じアジアじゃないか。 アジアのテイストと、欧米人とでは、感覚も舌も、価値観もまるで違う。 だから、日本の中華料理と、中国で食べる日本式の中華料理が融合して、交流して当然だと思うんです。
 


  ◇中華料理は世界で一番すばらしい食文化
 
 

広東料理は、ゲテモノ的な部分がおもしろおかしくテレビなんかで取り上げられることがよくあるんですよ。

例えば、神戸の中華料理店で「珍しい料理を紹介します。」といって、大きい豚を電気のこぎりで頭から切ったものを出していた。 僕は非常に腹が立って「あなたの店ではこれを出しているんですか。」と聞いたんです。 そうしたら、「いや。 テレビでやってくれと言われて。 宣伝になると思った。」と。
 

藤田  

ヤラセですね。
 

 

もちろんです。 知り合いの店でしたから、「もし中華料理でちゃんと商売して生きていくのなら、おもしろいからといって自分たちを傷つけるようなことはやめなさい。 見た人は、怖がったり、気持ち悪がったりするだけですよ。 自分の店をプロモートしたいのなら、メニューにあるものを出して、お客さんが喜ぶようなものをやってくれ。」と話したことがあります。

奇抜な話と中華料理を結びつけてしまう。 だけど中華料理は世界で一番すばらしい食文化で、しかもイタリアン、フレンチのルーツでもあり、日本料理のルーツでもある。 それが非常にくだらなく描かれてしまう。

フード環境というのは大事なことで、ポリティカルなものもあれば、庶民的なもの、家庭で出すものもあるし、町で楽しむものもある。 それを区別して話さないと誤解を生じると思います。
 


   人数分プラス一品とスープが理想的な注文の仕方
 
 

広東料理がゲテモノだというイメージは、後からついてきたものじゃないかと思うんです。

私が広州にいたとき、父が70歳ぐらいで、家族と遊びに来て、ばんけい[ばんけい]酒家というお料理屋さんに行ったんです。
 

 

有名な老舗です。
 

 

赤ちゃんを入れて五人なんです。 家族で食べるからほんの少しでいいということで、お料理三品とお野菜一品を頼みました。 普通は、四人だったら四品プラス一品、プラススープ。 これが理想的な注文の仕方ですが、小食なので三品のお料理を頼んだら、コック長さんが出てきたんです。 そして広東語で、「よくいらっしゃいました。 こういうお料理をご希望ですが、これでよろしいですか。」と言うんです。 コックさんというのは、注文した料理を見ると、お客さんのレベルがわかるんだそうですね。
 

 

それは本当です。
 

 

父が自分の一番好きなものだけをとったんですが、中国の人はお年寄りを大事にするので、わざわざ敬意を表しにあいさつに来てくれて、やっぱりこういう人なんだとお客様をしっかり確認して、つくって出してくれた。 それがおいしかったんです。

三品食べて足りなかったので、コックさんを呼んで「余りにおいしくて、もっと食べたいので、スープのおそばをつくってくれないか。」と言ったら、「承知しました。 ですが、40分かかります。」「結構です。 待っています。」

そうしたら、野菜がスッと2、3本入っているだけの澄んだスープ麺が出てきたんです。 「今、麺を打ったので、時間がかかりました。」と。 それがすごくおいしかったんです。 またコックさんを呼んで「スープがとてもおいしいので、スープだけ足してもらえませんか。」と言ったんです。 そうしたら「申し訳ありません。 このスープは今打った麺のためにだけつくったスープなのでもうないんです。」と言うんです。

これこそが本当の広東料理の味なんだなと、あのとき思いました。 広東料理を代表として、中華料理の風雅さだとか、芸術的な高みを極めているお料理は、確かに長い伝統文化の結晶だと思いますね。
 


   どの魚を注文するかで予算がわかる
 
 

レストランの使い方というのがあるんです。 うちは香港で店を四つやっていますが、香港の人はネクタイをしなくても大事な席がありますので、どんな席かということをわからなくちゃいけないんです。

香港の聘珍樓の場合は、セールスマネージャーが、毎朝その日に仕入れたものをシェフと打ち合わせして、お勧め料理を考えるんですが、お客様が、幾らぐらい使いたいかわからないじゃないですか。 たくさん使いたいのか、カジュアルなのか。 それをどうやって知るかというと、お客様がサインを出すんです。

「きょうは何のお魚がありますか。」 これはお金を使うつもりなんです。

「きょうは何のスープがありますか。」と言ったら、安い日。 広東の人はこうするんです。 これでわかる。
 

  お魚のどれを選ぶかでも、またグレードがパッとわかりますね。 メニューに値段が出ていませんものね。
 
 

接待のときは、メニューは、接待する側のお客様にしか出さない。 でも、ちゃんとした店ではメニューなんかないですから。 「きょうは何の魚がある?」と言われたらセールスマネージャーが書いて出す。 相当高いメニューを書きます。 「きょうは何のスープ?」と言われたら、安いものを書いて出す。 そんなふうにサジェスティブなのが、楽しいレストランの使い方です。 接待でなくても、その日に入ったもの、お勧めを頼むのがいいんですよ。
 

 

私は、香港の方や父から、広東料理の真髄のようなうんちくをいつも聞かされていて、中華料理には一番大事なマナーがあると思っているんです。 出されたお料理がおいしいときに、「これ、どうやってつくるの?」と聞いてはいけない。 プロのつくった味は、いくら話を聞いても素人にはまねができるわけがない。 だから、そんなくだらないことを聞かないで、おいしかったらおいしいまま、どんどん食べなさいと。
 

松信  

きょうはどうもありがとうございました。
 





たん ろみ(たん ろみ)
1950年東京生まれ。
著書『中華料理四千年』 文春新書 714円(5%税込)、 『譚夫人[マダム・タン]の欲深的香港の旅』 新潮社 1,995円(5%税込)、 『中国共産党 葬られた歴史』 文春新書 735円(5%税込) ほか多数。
 
林康弘(はやし やすひろ)
1947年横浜生まれ。
 
伊藤泉美(いとう いずみ)
1962年横浜生まれ。
共著『開国日本と横浜中華街』 大修館書店 1,785円(5%税込) ほか。


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