Web版 有鄰

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有鄰

平成17年4月10日  第449号  P3

○座談会 P1   金沢文庫と称名寺 (1) (2) (3)
有賀祥隆/永村眞/高橋秀榮/鈴木良明/松信裕
○特集 P4   70歳のピースボート  佐江衆一
○人と作品 P5   中島たい子と『漢方小説』



座談会


神奈川県立金沢文庫75周年
金沢文庫と称名寺 (3)



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  ◇家康が集めた紅葉山文庫の目玉は金沢文庫本
 
松信  

称名寺の文化遺産は、近世、近代とずっと伝えられてきたんですね。
 

鈴木  

伝来している金沢文庫本の文化的価値の高さは、戦国大名なども認めてます。 小田原の北条氏康は、文庫にあった鎌倉幕府の記録である『東鑑[あずまかがみ]』を蔵書にしていますし、北条氏政は、今、国宝に指定されている『文選[もんぜん]』を足利学校に寄進しています。

戦国期あたりから金沢文庫本が非常に注目を集め、逆に言うと、それが称名寺から流出する結果をたどるわけです。

流出を考えるときに、特に大きかったのは徳川家康と言われています。 家康はたいへん好学の将軍で、江戸城の富士見亭に紅葉山文庫という文庫をつくり、諸国から古典を集める。 その目玉になったのが金沢文庫本だと言われています。 「慶長年録」に、慶長7年(1602年)に金沢文庫を移し、「御文庫」を建てたという記事が出てきます。

この解釈をめぐっていろいろ議論がされるんですけれども、文字通りに読むと、金沢文庫をそっくり持って行ったんじゃないか。 そんな解説もあるんですが、そこまではいかないとしても、現在残されている徳川家の紅葉山文庫に収まっている金沢文庫の旧蔵本を見ますと、たいへん数が多い。 これは現在は内閣文庫とか、宮内庁書陵部に引き継がれていますが、27部、1,700巻余と、非常に膨大なものが移されている。

これが金沢文庫の旧蔵本であったことは、そこに記されている印記、つまり判こによってわかるわけです。 この事実と、先ほどの「慶長年録」を照らし合わせると、家康はかなりの量のものを持って行ったと考えられます。

家康のほかにも、加賀前田家の尊経閣文庫にも金沢文庫本が入っています。 前田家は大分苦労して交渉して、やっと手に入れたという記録もあります。

このように戦国期から近世にかけて大名たちは金沢文庫本に注目をして自分の手元に置いた。 皮肉な結果なんですけれども、こういった散逸があったからこそ逆に金沢文庫本がさらに注目され、今日まで伝わってきたのかなという感じがしますね。
 


   金沢八景の一つに数えられ広重の浮世絵にも
 
松信  

江戸時代の称名寺の規模はどれくらいだったんですか。
 

鈴木  
広重 「称名晩鐘」  
広重 「称名晩鐘」
神奈川県立金沢文庫蔵

 

家康が江戸に入って天正19年(1581年)に朱印状を発給しますが、称名寺は百石を寄進されています。 神奈川県内の寺院では、大山、大磯の高麗寺、時宗の大本山清浄光寺が同じ百石です。 鎌倉の建長寺や円覚寺などは中世以来の貫高制がそのまま続きますので、比較しにくいんですが、近隣の寺社に比べますと、称名寺はかなりいい待遇であったと思います。

また、ご承知のように、金沢八景の一つに数えられて、「称名晩鐘」として広重の浮世絵にも描かれていますし、名だたる景勝地として江戸の人々が数多く訪れており、名所案内の地図もつくられています。
 

高橋  

称名寺が金沢八景の景勝地の見どころとして観光客が大勢来るようになったころ、四将像などは、もう毎日のように称名寺の本堂で閲覧させていたようです。
 

鈴木  

近代以降も、金沢文庫の資料の保存や再興は熱心に行われています。 伊藤博文は金沢に別荘を構えていて、そこで憲法の起草をしている。 この地に因縁のある方でしたので文庫の再興には大分尽力しています。 明治30年には、横浜商人の平沼専蔵も協力して、境内の子院の大宝院に文庫を再興し、書見所という木造の建物もつくられました。
 


  ◇関東大震災で大打撃、神奈川県が維持することに
 
松信  

関東大震災では、かなり痛手をこうむっていますね。
 

高橋  

鐘楼が壊れるほどの被害で、仏像もかなり倒れたようです。 かろうじて聖教類だけは助かった。

昭和3年に称名寺のご本尊が修理されて、納入品が発見されたということもありますが、幸運だったのは、称名寺の近くに子院の海岸尼寺があったんですが、その跡地に大橋新太郎という人が別荘を構えていて、称名寺と往き来していた。 それで当時の称名寺の小林憲住住職が、本堂にたくさんある文化財を何とか後世に伝えていきたいと、大橋さんに懇願した。 そうしたら、大橋さんが5万円寄付された。 神奈川県も昭和3年に議会を開いて、同額の予算をということになりました。
 

鈴木  

大橋新太郎という方は博文館日記で知られた博文館の社主で、金沢文庫の再興に大変力を尽くした方です。

昭和3年に御大典記念事業として神奈川県が金沢文庫をつくるときに、大橋さんと当時の池田宏知事との間に取り交わされた契約書には、建物は今建てるんだけれども、永久に維持するために、神奈川県が維持すべきだという文言が入っているんです。 非常に卓見といいますか、文化財はこういうご時世、社会が変わると転変をするものですけれども、それを見越した契約ですね。 これは金沢文庫にとっては大変ありがたいことだと思います。
 


   塔頭の須弥壇下から大量の古文書類が発見される
 
高橋  

称名寺の仁王門のすぐわきの塔頭の、光明院の須弥壇の下の長持ちから、古文書、聖教類がごっそり出てきたんです。 それが昭和5年開館と同時に文庫に移されて、初代文庫長の関靖先生が、その山を崩し、1枚、1枚ほぐしながら、書名目録をとる作業をされた。 ネズミも巣くっていて、古書を整理していると、ネズミがふところに入ってきて、背中もおなかもかじられたそうです。 (笑)

でも、古書の山を崩すと、その中に日蓮の自筆の聖教があったり、兼好法師自筆の懸紙[かけがみ]が出てきたり、書状が出てきたり、崩すたびに発見、発見だったそうです。 ですから昭和5年から10年までの間は新聞記者も「金沢文庫詰め」がおかれるぐらい記事をたくさん残してくれています。
 

永村   あの時代に『金沢文庫古文書』をお出しになったというのは卓見ですね。 このような例は少ないのですよ。
 
高橋  

そういう意味では関先生の功績は大きいですね。

そのほかにも昭和29年ごろに、神奈川県の文化財調査で、称名寺金堂の壁画が発見されたんです。 昭和32年には十四幅の画像が、さらに昭和36年には称名寺の天井裏から、さきほど有賀先生からお話があった涅槃図だとか、三千仏図といった大幅の仏画が相次いで発見されました。
 


   「祈りの美」展では源範頼ゆかりの十二神将像が里帰り
 
松信  

75周年を迎えられ、今、特別展が開催されていますね。
 

高橋  

国宝の四将像や創建当初の阿弥陀堂に祀られていた観音・勢至[せいし]菩薩像など、称名寺からの寄託品をもとに、「仏教美術の華」展を開催しております。 その後、4月21日から6月5日までは、「祈りの美−奈良国立博物館の名宝」展を開催します。

太寧寺旧蔵十二神将像のうち  
太寧寺旧蔵十二神将像のうち
奈良国立博物館蔵

 

この展覧会の一つの見どころは、義経の兄である範頼のゆかりの寺といわれている金沢区の太寧[たいねい]寺にあった十二神将像が、現在、奈良国立博物館の館蔵品になっています。 それを里帰りという形で展示します。

そのほかにも奈良国立博物館の国宝、重要文化財を約50点、展示する予定です。

その後、6月8日から、頼朝・範頼・義経の三兄弟についての展示をします。 金沢文庫には頼朝像の複製や模写、義経関係の記事も4、5点ありますので、それと範頼ゆかりの太寧寺さんの薬師如来をあわせて展示します。
 


   読めば読むほど新発見がある金沢文庫の資料
 
高橋  
  現在の神奈川県立金沢文庫
  現在の神奈川県立金沢文庫

今、博物館も美術館も生涯学習の場ということで講座を開いたり、展覧会を通じて教育に寄与しようとしていますが、博物館は学校を兼ねた施設として、将来に大きく飛躍していかなくてはいけないだろうと思います。 その模範的なケースになるのが、生の資料をたくさん抱えている施設ではないか。 特に金沢文庫は、釼阿の時代に近江から称名寺に遊学した学僧が書写した書物の末尾に「金沢学校」と記しているように、ふるくからそういう学習環境にありましたからね。

金沢文庫は平成2年に、鎌倉時代に文庫があった場所に新館がつくられました。 それから15年たちましたけれども、学芸員の英知を結集していけば、100年先も多分進展があるだろうと思っています。 称名寺伝来の資料は読めば読むほど、まだまだ新発見がある。 そういう施設なんです。
 

松信    きょうはどうもありがとうございました。
 




有賀祥隆(ありが よしたか)
1940年岐阜県生れ。
著書『仏画の鑑賞基礎知識』 至文堂 3,466円(5%税込) ほか。
 
永村眞(ながむら まこと)
1948年熊本県生れ。
著書『中世寺院史料論』 吉川弘文館 9,975円(5%税込) ほか。
 
高橋秀榮(たかはし しゅうえい)
1942年北海道生れ。
共著『道元思想大系 3』 同朋舎 (品切)。
 
鈴木良明(すずき よしあき)
1946年藤沢市生れ。
共著『近世史研究叢書 1 近世仏教と勧化』 岩田書院 8,295円(5%税込)。


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