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有鄰


平成21年12月10日  第505号  P5

○座談会 P1   「本」をとりまく世界は今 (1) (2) (3)
清田義昭/藤沢周/永江朗/松信裕
○特集 P4   鎌倉の日蓮さん 古川元也
○人と作品 P5   池井戸潤と『鉄の骨』
○有鄰らいぶらりい P5   徳岡孝夫:著 『完本 紳士と淑女』岡崎大五:著 『笑える!世界の七癖エピソード集』桜井邦朋:編 『日本語は本当に「非論理的」か』佐藤春夫:作 『小説永井荷風伝』
○類書紹介 P6   地球温暖化…生態系や環境に及ぼす影響と、排出権取引などを考える。


 人と作品
 
池井戸潤氏
ゼネコン各社の激烈な攻防戦を描く

     
池井戸 『鉄の骨』

 
     池井戸潤氏

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談合をテーマにしたエンターテインメント
 
  

中堅ゼネコン「一松組」の若手社員、富島平太は、建設現場から大口案件の営業を担う本社業務課へ、突然の異動を命じられ、公共工事の受注をめぐる、ゼネコン各社の激烈な攻防戦の渦中に立つ。

「”談合”はなぜなくならないのか。 その疑問が出発点でした。 談合をテーマにしたエンターテインメントです」

平太が異動して間もなくの競争入札で、小企業に工事をとられた業務課の次の目標 は、2千億円規模の地下鉄工事の受注だ。 平太は”天皇”と呼ばれるフィクサー、三橋と出会い、資金繰りに奔走。 銀行員の彼女、萌との関係はきしみ、郷里の母が病に倒れてしまう。 常務の尾形、先輩社員の西田ら、個性豊かな人物が続々登場する群像劇。 受注合戦に「不正」がないか、検察は目を光らせている。

「取材し、小説を書く過程で、談合に対する僕自身の疑問は解消されていきました。 完全な自由競争になれば、採算度外視で工事を取ろうとする会社が現れる。 コスト削減で儲けを削れば、株主の収益期待に応えられず、健全な仕事を維持できなくなり、やがて業界全体に影響が及ぶ。 世の中に矛盾は多く、どの仕事でも葛藤があると思います。 一方的に良い奴と悪い奴を書かないようにしています。 とんでもない奴だと思っていたら、ある状況で意外に良いことをしたり、人間的な矛盾を書くほうが小説らしい。 登場人物が30人いたら、30個の人生があり、それぞれの人物描写を厚くしたい」

元官僚の族議員、城山和彦の義弟で、関東一円の大型案件を仕切る三橋は、ある縁もあって平太を可愛がり、ふと胸のうちを見せる。 (人間であることを忘れたサラリーマンはつまらない部品になってしま う。 部品から人間に戻れなくなった者にとって、人生はただ不毛な瓦礫だ)。

「銀行に入社したとき、”銀行員である前に人であれ”という頭取の言葉が印象に残りました。 実際に仕事をしてみるとその通りで、社命で仕事をするとしても、人としてのモラルは大事です。 どの小説も、まず人であると思いながら書いていますね。 今は非正社員やフリーターが増え、儲けのためよりも、低収入ゆえに人間性を失う姿が見られ る。 世の中は変わり、その都度いろんなひずみがある。 ただし、あくまでもエンターテインメントですから、モラルの押しつけをするつもりはありません。 この小説は、談合について解説したり、主張する話ではない。 受注をめぐる対決構造を書き、読者が”ああ面白かった”と思ってくれればいいなと。 娯楽がたくさんある中、あえて本を選んでくれた読者を楽しませることがいちばん大切ですから。 僕自身があんまりネガティブな性格じゃないので、僕が書く上で、読後感の悪い小説は考えられない」

 
銀行員からビジネス書の執筆を経て作家デビュー
 
  

1963年岐阜県生まれ。 慶應義塾大学卒。 88年に三菱銀行(当時)入行、95年に退職後、コンサルタント業、ビジネス書の執筆を手がけ、98年、『果つる底なき』で第44回江戸川乱歩賞を受賞、デビューした。

「江戸川乱歩のシリーズは小学生時代にほぼ全作読み、乱歩賞を獲ってミステリー作家になるのは、子どもの頃からの夢でした。 銀行を辞め、もう一回好きなことに戻ろうと小説を書きました。 当初はプロット(筋)で書いていましたが、人間を書かないと抉る小説は書けないと気づきました。 心にグッと来るシーンは、数学の問題が解けたときの感動とは違う。 頭だけで分かるものにしたくない。 一喜一憂する、感情の部分で小説を楽しんでもらいたい」

母子死傷事故で汚名を着せられた運送会社の社長が、リコール隠しをする大企業に闘いを挑む『空飛ぶタイヤ』を06年に発表。 直木賞、吉川英治文学新人賞の候補になり、一躍注目を集めた。 08年刊行の『オレたち花のバブル組』は、山本周五郎賞の候補になった。

「三菱グループが三菱自動車工業を支援すると聞いて違和感を覚え、そこから書いた『空飛ぶタイヤ』は、自分の問題意識を基点に小説を書くきっかけとなりました。 『鉄の骨』は第二弾です。 世の中を見渡して、ちょっと変だなと思うことがある。 今書いている政治小説は、麻生前首相の誤読問題から、どうして漢字を読めない人が総理大臣なんだろう?  と感じた、素朴な疑問から出発しています。 問題意識を端緒に物語の骨格を組み立て、こう書いたら面白いんじゃないかと味付けしていくのは楽しい作業です」

   鉄の骨 1,890円(5%税込)
池井戸潤:著 講談社

(青木千恵)
(敬称略)



有鄰らいぶらりい

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徳岡孝夫:著
完本 紳士と淑女』 文藝春秋 1,260円
(5%税込)
 
  

著者は、今年の六月号で休刊になった月刊誌『諸君! 』巻頭の有名コラムを、匿名で1980年から三十年間、書き続けた。 この本には、うち263本を収録している。

世相全般をユーモラスにあげつらっているが、わけても痛烈なのは、”進歩的”マスコミや文化人への批判。 たとえば、1981年の2月号では林彪失脚と江青ら四人組の裁判を取り上げ、こう書く。

「4人組への起訴状では、文化大革命で『死者3万(実際には数100万から千万以上と言われている)、迫害されたもの51万』となっております。 ああ、その大革命は、わが国の知識人、大新聞がこぞって鑽仰したものであります。 『武闘はない』と断言したものであります」

1984年8月号では「北朝鮮『金正日時代』へ着々」という朝日新聞の特集記事をあげ「1950年代のソ連、60年代の中国に感激し続けてきた新聞社だから、いまさら文句はないけれど、ちょっと民主主義の初歩を教えておきましょうか?」と皮肉る。

2002年3月号では四月から始まる”ゆとり教育”について「日本の公教育の瓦解」と書き、「ゆとりができた。 誰に? 教育労働者に」と書く。

そうした予見性も含め、辛辣な文明批評をユーモアでくるんだ最近にない快著といえる。


岡崎大五:著
笑える! 世界の七癖エピソード集』 PHP研究所 714円
(5%税込)
 
  

アジア放浪の旅のあと、海外専門の添乗員から作家となった著者が、これまでに世界83か国を訪問した経験から各国人の奇癖を披露する。

中国人は交通機関などで決して並ばないのに対し、アメリカ人は並ぶのが大好きという。

添乗員としてアメリカに行ったときのこと。 バスのドライバーが言った。 「お前、『インデペンデンス・デイ』を観たか」「観たよ。 アメリカの大都市にUFOが現れ、エイリアンと戦う話だろう」「そうだ。 おれはあの時、アメリカを離れていたから助かったがああいうことが起こるようでは、やはり軍備をしっかりしておかないといけないな」

映画の話を鵜呑みにするアメリカ人の悪いクセは、ホワイトカラーには少ないから、教育格差が激しい事情を物語っていると著者は言う。

クセというにはひどすぎる悪習が旧ソ連の中央アジアやコーカサス地方の国。 ウズベキスタンの首都タシュケントでは警官からパスポートを要求され、うっかり渡すと詰め所で賄賂を要求される。 トルクメニスタンの税関では難癖をつけられて100ドル取られ、アゼルバイジャンでは入国審査官が「プレゼントが無ければスタンプは押さない」と100ドル要求され、20ドルで手を打ったという。


桜井邦朋:著
日本語は本当に「非論理的」か』 祥伝社  798円
(5%税込)
 
  

副題は、NASAの主任研究員やメリーランド大教授を務め国際的に活躍した「物理学者による日本語論」。

そうした国際舞台で、日本人の言葉遣いはあいまいで分かりにくい、と評判が悪い。

著者は「…と思います」という言葉が、日本人の論理力を破壊している、と言う。 たとえば、サッカーJリーグのある選手が国際試合の前に語った、「相手は強いと思うので、しっかり戦わないといけないと思うから、頑張りたいと思います」という言葉は、3つの「思う」がそれぞれ別の意味で使われている。

英語の「think」という単語は、十分に思考を重ねた結果、到達した内容を言い表す場合に用いるため、気軽に使えないという。 多くの日本人が「▽▽へ出かけたいと思います」という表現の英語訳を「I think that I want to go…」とするだろうが、「I think that」は不要だと著者は言う。 こんな英文を見た英語圏の人は、日本人はこんなことまで「think」するのかと驚くだろうというのだ。

一方で、日本語は本来、欧米の言語に劣らず論理的であり、豊富な表現力を持つ言語であるとも言う。 日本語を正しく使えないと英語も正しく使えない。 幼児に対する英語教育などはもってのほかと、読み・書き・話し・聞くという母国語の言語教育の必要性を力説している。


佐藤春夫:著
小説永井荷風伝 岩波書店 735円(5%税込)
 
  

荷風は私小説家ではないが「その強烈な個性」と習癖とは、作品のすべてににじみ出しており、青年時代からの日記もあり、「自叙伝作家とでも名づけて然るべき文学者」と著者は言う。


『小説永井荷風伝』
  小説永井荷風伝
  岩波書店 刊−
   

「わたくしはこれに真偽のほども疑わしい伝説を採り加え」観察や解釈さては感情移入、思い出などをもまじえたと、小説荷風伝と名づけた理由を語っている。 ただし、少年時代から荷風の文学に心酔、慶応義塾の教師をしていた当時の荷風を慕い、その学生になったこともある著者だけに「真偽のほども疑わしい伝説」はほとんど入っていない。

著者と荷風とはほとんど文学談義ばかりだったというが面白いのは、しょっちゅう荷風の色道世界武者修行の話を聞いていた人物と連れ立って銀座で会ったときの話。

このとき、荷風は今までに馴染んだ東西の情人の写真をただ一人を除いて全部持っていると言った。 同行者が荷風美学の具体的標本として死後も残すべきだと言い、著者もその気になって頼むと、荷風は「え、あげますよ」と答えたという。 さらに後日、自分から「この間の写真の話」を切り出し、没後には、佐藤慵斎(著者の雅号)に贈る、と明記した、と語ったという。

昭和35年新潮社発行の単行本から収録。 他に昭和22年国立書院発行の『荷風雑観』を底本とした「最近の永井荷風」など3篇を収録。

(K・K)




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