Web版 有鄰

557平成30年7月10日発行

関口 尚と『明星に歌え』 – 人と作品

さまざまな事情を抱える若者たちがお遍路の旅をする青春群像小説

関口 尚氏
関口 尚

1200キロ全行程を実際に歩く

四国88ヶ所を参拝して回る「お遍路」は、祈りと救いの場として庶民の間で受け継がれ、2014年には開創1200年を迎えている。本書は、さまざまな事情を抱える若者たちがお遍路の旅をする、青春群像小説だ。

「担当編集者から『お遍路を題材にした小説』を提案されて、始めました。書くなら1度歩いてみようと1番札所の霊山寺から歩き始め、徳島を回り、高知も終えてというあたりで意固地になった感じで(笑)、全ルートを歩くことにしました。全て歩き終わったときに何を感じるだろうと、気になったんです。単にお遍路を題材にするより、歩く行為をクローズアップした方が小説としてはいいかなと、実際に歩いた感じを入れていくことにしました」

四国の学生サークルによる「お遍路プロジェクト88」が発足し、お遍路を体験しに若者たちが集まる。全行程約1200キロを、数十日かけて歩く旅だ。逆行性健忘症を患う玲、快活な太陽、父の命令で参加した剣也、美人だが誰とも打ち解けない花凜らが、夏の四国を歩き始める。

「お遍路への動機や、旅をして感じることは人によって大きく違いますから、群像劇にして視点人物を4人に分け、玲→太陽→剣也→花凜の順で回していく書き方にしました。最初の視点人物を玲にしたのは、この人、どうなるんだろう? と思わせる、フックのある人を最初に出して歩かせたら、面白くなりそうな気がしたからです」

4番目の視点人物である花凜は、心を閉ざしている。誰かが歌い出すと、あからさまに耳を塞ぐ。道中でどんな光景を目にしても、なんの感慨も抱けずにいる。

「どんな女性キャラクターを出そうか考えて、音楽のディテールが浮かびました。例えば僕は小説家ですが、書くことでスランプに陥れば、どこかに旅立ってみようかと思うのは自然な心の動きですから、気持ちを投影しやすい設定でした。ただ、4人の視点人物を据えたものの、お遍路って歩くだけなんです(笑)。4人の過去をフラッシュバックするばかりではくどくなるので、旅のリアルタイムで事件を起こす必要があり、難しかったですね」

リタイアする者もいる。お遍路の前半で最大の難所といわれるのが、11番札所・藤井寺から12番・焼山寺までの道のりだ。急な坂、難所を越えて目にする光景、歩きながら移ろう気持ち。小説上でお遍路を追体験できる。

「12番札所の焼山寺は、僕も印象に残っています。なんのメモも取らずに88ヶ所を回ると、しんどかったところは印象に残る。疲弊しながら目にした視覚情報が少なからずあったので、優先して書き込んだ気がします。やっぱり、実際に歩いたのがよかったです。自分で見て生まれた言葉で書くのは、土台がしっかりしているからフィクションという想像の翼も生じやすい。この小説は、煩悩の大きな受け皿であるお遍路を書いて、僕によるテーマは特にありません。読書は体験だと僕は思っていて、今回は広く広く、“待ち”で書いた感じでした。今、お遍路に行ってみたくなったという感想を頂いていて、嬉しいです」

普段の生活で見つけたことを言葉で繰り広げる

1972年、栃木県生まれ。茨城大学大学院人文科学研究科修了。2002年、『プリズムの夏』で第15回小説すばる新人賞を受賞してデビュー。2007年、『空をつかむまで』で第22回坪田譲治文学賞。著書に『はとの神様』『サニー・シックスティーン・ルール』『ブックのいた街』などがある。

「10代後半から20代前半くらいまで、“ままならない感じ”を抱えて何かに気づいたり、出口を探したりする物語が好きで、初めはそのあたりに関心を持って書いていました。今は焦燥が薄れつつある一方で、書くことの幅が広がっていると思います」

現在、松尾芭蕉『奥の細道』のルートを月1のペースで歩いている。次作もまた、新境地になりそうだ。

「歩くことと考えることは一緒である気がします。普段の生活を通して見つけたことを、言葉で繰り広げられたらいい。僕の場合は、日常生活をちゃんと送っていると、ストーリーが生まれてくる。ただ1つ、真面目に生きていて、なんだかバカみたいだなとは思いたくない。逆に言うと、ずるいことをしても勝てばいいと考える側に行きたくないんでしょうね。小説の中では、例え嫌な目に遭っても何かいいことがあるようにしたいなと思っています」  

(青木千恵)

『明星に歌え』・表紙

明星に歌え
関口 尚/集英社文庫/820円+税

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