Web版 有鄰

558平成30年9月10日発行

芦沢 央と『火のないところに煙は』 – 人と作品

神楽坂を舞台にした実話のようなホラー・ミステリ

芦沢 央氏
芦沢 央
撮影:鈴木慶子

連鎖する5話の短篇

神楽坂を舞台に怪談を書きませんか?小説誌からの依頼を機に、作家の「私」が書いた1篇から始まる、ホラー・ミステリ短篇集である。

「怖い話を読むのは昔から好きで、いつか自分で書いてみたいと思っていました。2016年に『神楽坂怪談』の特集テーマで短篇を依頼され、架空の人物や事件に基づいてドキュメンタリー風に創作する“モキュメンタリー”という手法に関心を持っていたので、事実も入れつつ、大半がフィクションの怪談を書いてみることにしました」

単発のつもりで「染み」を発表し、もっと書きませんかと言われ、怪談を続けることになった。作家の「私」が小説誌に「染み」を発表して3ヵ月後、知人から連絡が来て始まるのが第2話「お祓いを頼む女」だ。計5話を、「小説新潮」に発表した。

「全体のつながりよりも、1つ1つのクオリティを上げることを大事にしました。怖い話を書くにあたってまず考えたのは、常識的に生活しているのに知らないうちにどこかに迷い込み、逃げられなくなる状況は怖い、ということでした。地下鉄でいつも目にしている広告が、神楽坂にある集積所に1度すべて集められているといった小ネタを使いながら、日常と地続きと思ってもらえる怪談にする、本を閉じても終わらない、日常に染み出てきてしまう怖さを目指しました」

多くの実話怪談は掌編だが、本書は謎や伏線が設けられ、ホラー・ミステリと言える作りである。論理的に語られるが、読後、説明のつかない怖さがじわじわ来る。

「10代の頃に小野不由美さんの悪霊シリーズを愛読して影響を受けたからか、不思議な現象を前にしたときにまずその理由を論理的に考えてみようとするところがあります。でも解明できない、どれだけ論理で削ぎ落しても存在する不思議や怪異こそ怖い。ホラーとミステリーは、相性がいいものかもしれないですね」

単行本化にあたり、最終話「禁忌」を書き下ろした。各話を加筆・修正する中で不思議な連鎖が生まれ、怖いと同時に面白さが増している。

「連載時は、幽霊は誰にとっても怖ろしい、忌むべきものなのか? など、疑問やアイデアとして持っていたいろんな要素を入れていきました。人間の悪意とつなげて怖い話を書かないようにするのも意識しました。1番怖いのは人間というトーンに落とし込む方向に行かないようにしようと。なんの悪意も抱いていないのに悲しい結果になる方が怖い。深く悲しい、深く恐いことって、どんな場面で生まれるのか。1作ずつのつもりが、5話を読み返すとつながる道筋が次々と出てきて怖かったです(笑)」

純文学からエンターテインメント小説へ

1984年、東京都生まれ。2012年『罪の余白』で第3回野性時代フロンティア文学賞を受賞しデビュー。2017年、『許されようとは思いません』が吉川英治文学新人賞の、2018年、「ただ、運が悪かっただけ」が日本推理作家協会賞短編部門の候補になった。他に『悪いものが、来ませんように』『今だけのあの子』『いつかの人質』などの著書がある。

「幼稚園ぐらいから書き始め、友だちとリレー小説風の交換日記をしたり、空想を広げて言葉にして書くのは幼い頃からしていました。母が本好きで、家にあった本を読んだり、図書館でいろんな本を借りて読んでいました。高校生の時、何でもいいから何かのコンクールに応募しなさいという宿題があって小説を出したら2次に残りました。自分の小説を読んで、推してくれた人がいたのが嬉しくて、小説を書いては応募するようになりました」

純文学系の賞に応募し、9年間、落選し続けた。ある時、東野圭吾さんのインタビューを読んで衝撃を受けた。

「その時書いていた小説のテーマが、東野圭吾さんの作品のほんの一部の要素と知り、自分がそれ1本で勝負しようとしていたのはおこがましかったんだと痛感しました。エンターテインメント小説に舵を切って、1つの物語でできることをすべてやってみるようにしようと。そうしたら書くのが楽しくなり、楽しく書くことが読者目線に近づくことでもあった感じでした。デビュー後も試行錯誤で、今はあえて長編に取り組んでいます。タイトルを見て手に取り、最後まで読んだら周りの風景もタイトルの意味もそれまでと違って見えるような、そんな小説を書いていきたいです」

(青木千恵)

『火のないところに煙は』・表紙

火のないところに煙は
芦沢 央/新潮社/1,600円+税

『書名』や表紙画像は、日本出版販売 ( 株 ) の運営する「Honya Club.com」にリンクしております。
「Honya Club 有隣堂」での会員登録等につきましては、当社ではなく日本出版販売 ( 株 ) が管理しております。
ご利用の際は、Honya Club.com の【利用規約】や【ご利用ガイド】( ともに外部リンク・新しいウインドウで表示 ) を必ずご一読ください。
  • ※ 無断転用を禁じます。
  • ※ 画像の無断転用を禁じます。 画像の著作権は所蔵者・提供者あるいは撮影者にあります。
ページの先頭に戻る

Copyright © Yurindo All rights reserved.