Web版 有鄰

560平成31年1月1日発行

伊藤朱里と『緑の花と赤い芝生』 – 人と作品

女性同士の対立を起こさせているものは何か?
対照的な27歳の女性を主人公にした長編小説

伊藤朱里
伊藤朱里

視点を変えれば正義も変わる

専業主婦の母親に育てられた、“リケジョ”で“バリキャリ”の志穂子。幼い頃に両親が離婚し、厳しい教師の母親に育てられた、家庭重視で可愛いタイプの杏梨。対照的な27歳の女性を主人公にした長編小説である。

「原形になる短編を2年前に書き、発表の機会がなく温めていました。書き下ろしの話をいただき、改稿して長編小説にしました。タイプの違う女性が登場する物語は私も好きで読んできましたが、女性同士の軋轢を娯楽として読む風潮にはちょっと違和感があって楽しみきれずにいました。対照的な女性を書くにしても、対立を起こさせているものは何かというところまで考えたいと思いました」

大手メーカーに勤める志穂子は、仕事熱心だが人づき合いは奥手。兄が結婚し、義理の姉になった杏梨は、可愛いタイプの女性だった――。

「一見ステレオタイプな女性の中にも、矛盾ともとれるようないろんな面があるのではないかと、典型的な女性像を2つ設定し、掘り下げていくのが当初の意図でした。すると書くうちに、以前から抱いていた問題意識がクリアになっていきました。女だから争い合うのではなく、あらゆるステージで比較され優劣をつけられるから、女性同士の争いが続かざるを得ないのではないか。前作で女性の友情をテーマにしたのですが、みんながみんな親友にはなれない以上、相容れない価値観を持つ人同士がどう共存していくかについても掘り下げたいと思っていたので、今回の長編化はそのテーマを深める機会になりました」

志穂子と杏梨は、ある事情で同居することになる。日常を共有してみると、同じ出来事に対し、見方も感じ方も大きく異なる。揺れ動く感情が繊細に描かれ、的確な描写が読みどころだ。

「人によって見え方が違うのは当たり前なのに、人は普段そのことをあまり意識せずに過ごしていますし、むしろ気づかないようにしないとやっていられない部分でもあります。その見え方の違い自体をちゃんと書くだけで面白いかなと、いろんな出来事に対する2人の行動を掘り下げていったら、だんだん起承転結が生まれて小説ができた感じでしたね」

物語は、志穂子と杏梨それぞれの視点から交互に描かれていく。どちらが正しいわけではない。2人とも、それぞれに魅力的なのだ。

「交互に語る構成にしたのは、1人の視点だけよりフェアに書けると考えたからです。視点を変えれば正義も変わるということも、ちゃんと書きたかった。今は女性の選択肢が広がった分、こうあるべき、これが正しい、今はこうだという“呪い”のような価値観も増えてしまっている気がします。そんな世の中とどう折り合いをつけて、自分の個性を保ちながらオリジナルな人生を歩んでいけばいいのかを考えました」

人の気持ちを掬い上げた小説を書きたい

1986年生まれ。静岡県出身。2015年、「変わらざる喜び」で第31回太宰治賞を受賞し、改題した『名前も呼べない』(筑摩書房)でデビュー。他に『稽古とプラリネ』(同)がある。

「四姉妹の三女で、姉たちの本が家にあり、ドリトル先生やホームズ、クレヨン王国などを読んでいました。祖母が好きだった高峰秀子さんのエッセーを読み、なんでもない日常をこんなふうに独特の見方で書けるなんてすごいなと、言葉というもの自体の面白さを感じました。中学の頃に江國香織さんの小説と出会い、その頃に初めて自分がどういうものを書きたいかを意識したと思います。小説ってこんなに自由で人間も自由なんだと、教えてもらったような気がしました」

大学卒業後、就職。仕事の傍ら小説を書きたいと思いながら進まず、読むのもつらくなった時期があった。

「社員旅行のあと1人で帰ることになり、朝井リョウさんの『桐島、部活やめるってよ』を買って読み、衝撃を受けました。面白すぎて、私にはこの作者に勝てるところが何もないと電車の中で泣きました。それでも書きたい。時間をかけるしかないと退職し、ひたすら投稿して受賞しました。無力さを感じることも多いですが、軋轢が多い世の中だからこそ、なかなか声を上げられない人たちの気持ちを小説で掬い上げていきたいです。今後も自分にできることを考えながら、こういうのもありますよと提案するような気持ちで書いていけたらと思っています」

(青木千恵)

緑の花と赤い芝生・表紙

緑の花と赤い芝生
伊藤朱里/中央公論新社/1,600円+税

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