Web版 有鄰

560平成31年1月1日発行

有鄰らいぶらりい

花折』(はなおれ) 花村萬月:著/集英社:刊/1,800円+税

高名な日本画家の父と、東京藝術大学の油画を卒業した母との間に生まれた「私(鮎子)」は、兄や姉と違う才能を見出され、幼い頃から絵の英才教育を施された。東京藝術大学に入学した鮎子は、取手キャンパスの裏山で絵を描き続けている個性的な男、イボテンと出会う。際限なく性しかない日々の連続になってしまって途方に暮れ、夏休みに京都に帰ると告げると殴られる。イボテンは裏山に戻り鮎子は帰省するが、いつの間にか心身共にイボテンに支配されてしまっていた。

帰省した鮎子は、京都を舞台にした作品を構想中の作家、我謝(がしゃ)と出会う。我謝とつき合い、イボテンに会いたいと思いながら、鮎子は家族や我謝との縁をたどって生き直し、我謝が拠点にする沖縄を訪ねる。沖縄の若い小説家志望者の中心にいる我謝は、〈あえて言語という基本的に誰にでも操れる記号的抽象を用いて表現に携わって〉いた。

〈文学でも芸術でもなんでもいい。表現は結局は生き方なのだ〉。我謝は新作を書き始め、鮎子は――。

画家の子に生まれ、幾多の出来事を経験しながら自分の進路を見出していく鮎子を主人公に、人間と表現について雄々しく描き上げた芸術家小説。芸術、創作、人生に真正面から向き合い、テーマを描き切った秀作である。

血の雫』 相場英雄:著/新潮社:刊/1,700円+税

血の雫・表紙

『血の雫』
新潮社:刊

6月の深夜、東京・中野区で若い女性が殺害された。被害者は25歳のフリーモデルで、キャバクラなどの仕事を掛け持ちしていた。

事件は大きく報道され、ベテラン刑事の田伏恵介も、事件発生直後から“復帰戦”として捜査にあたることになる。1年半前の誘拐事件で失態を犯し、休職して半年前に復帰した田伏は、インターネット全般に対してトラウマを抱えていた。

ほどなく新たな事件が発生する。45歳のタクシー運転手の遺体が杉並区で見つかり、凶器の一致から連続殺人と見られるが、被害者同士に接点がない。田伏は、サイバー犯罪捜査官として実績を積んできた若い警察官、長峰勝利の指導をかつての上司に頼まれる。ツイッター、インスタグラム、フェイスブックなど、SNSアカウントに現われる被害者の“別の顔”を長峰が分析していくが、IT企業から転職してきた彼は、田伏とは価値観が大きく違っていた。また長峰は逆にかつての上司から、田伏のケアを頼まれていた。捜査が難航する中、「ひまわり」と名乗る犯人による犯行声明が、新聞の社会面に掲載される。

裏アカウントも含め、多くの人が匿名で複数の顔を持つネット社会。殺伐とした今を舞台に書き起こされた、力作長編ミステリー。

ダンデライオン』 中田永一:著/小学館:刊/1,500円+税

2019年10月、下野蓮司(かばたれんじ)は遊歩道のベンチに座り、“旅立ち”の瞬間を待っていた。〈ベンチで待機/パトカーの音/犬が三度鳴く/背後から殴られる〉。スーツのポケットから取り出した紙片に書かれた時間まであと少し。パトカーの音が遠くなり、どこかから犬の鳴き声がして、その瞬間が訪れる。

そして――。11歳の「僕」が目覚めると、そこは病院だった。バッターの打った球が自分に向かって飛んでくる瞬間が、覚えている最後の記憶だ。ユニフォーム姿のはずが、シャツにズボン姿なのはなぜ?鏡の前に立つと僕は大人になっていた。僕は小学生で西暦は1999年だったはずなのに、医師は「今は西暦2019年」と言う。すると「西園小春」という女性が現われ、「蓮司君」と僕の名を呼んだ――。

1999年、野球選手になりたくて毎日練習する11歳の蓮司と、2019年、31歳の蓮司。時間を跳躍して大人の蓮司と子どもの蓮司が入れ替わり、一日を交換して元に戻る出来事にさらされた主人公が運命に導かれ、「未来」に向かって生きる。2012年本屋大賞第4位入賞のベストセラー『くちびるに歌を』の著者の、7年ぶりの長編小説。読後、せつない余韻に包まれ、著者の才気に唸る、青春ミステリー。

ゲイだけど質問ある?』 鈴掛 真:著/講談社:刊/1,500円+税

1986年生まれで、広告会社でコピーライターとして勤務した後、現在は歌人として活躍する著者は、〈自分の心をもっとオープンにして文章を書いていきたい〉と考え、会社を退職して本を出したのを機にゲイであることをカミングアウトした。

同性愛者であることをオープンにしている「オープンリー・ゲイ」として生活して6年が経ち、「LGBT」という言葉を目にする機会も増えたが、完全なオープンリー・ゲイはまだ少ない。結婚しているかを尋ねられて「僕、ゲイなんで」と答えると、「ぜんぜんゲイっぽくないですね」と驚かれる。人はゲイに対してどんなイメージを抱いているのか?世の中の素朴な疑問に答えようと、書かれたのが本書である。

女装タレントが活躍し、個性とインパクトの強さから「ゲイ=心が女性の人」と思う人がいるようだが、どちらかというと性格は男性的で、男性として男性に恋愛感情を抱く著者は〈同性愛と、心の性別は、まったく別の話〉と記す。Q.男女の恋愛と違うところは? Q.腐女子ってどう思う? LGBTは特別ではなくもっと身近な存在。すんなり心に飛び込んでくる著者の短歌と共に、LGBTについて入門的に知ることができる。ポジティブで読み心地のいい好著である。

(C・A)

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