Web版 有鄰

527平成25年7月3日発行

門井慶喜と『かまさん』 – 人と作品

新国家建設に挑んだ榎本武揚を描く歴史小説


門井慶喜氏

合理的な勝算があって戦った箱館戦争

榎本釜次郎(武揚)といえば、旧幕府への忠義を最後まで貫いた「武士」として語られがちな人物だ。新刊『かまさん』は、そうした通説とは異なる見方で描かれた長編歴史小説(祥伝社刊『小説NON』連載)。榎本釜次郎は単なる武士ではなく、確かな勝算があって新たな国づくりに挑んだ近代人だった――。ミステリーの書き手としてならした門井慶喜さんの、2作目の歴史小説である。

「歴史小説1作目『シュンスケ!』で長州の伊藤俊輔(のちの博文)を書き、次に幕臣の榎本釜次郎を書いたのは、私にとり、幕末の勝者代表と敗者代表の位置づけでした。伊藤俊輔に対する評価が低すぎると、かねてから思っていた。釜次郎については、『武士』という旧時代のものさしで測る見方が釈然としなかった。オランダで先進の文明を学んだ釜次郎が、”武士の意地”という道徳観を拠り所にするだろうか。オランダから持ち帰った軍艦『開陽』は、世界でもトップレベルの大戦力で、釜次郎は合理的な勝算があって箱館戦争を戦ったのだと考えました」

旗本の子として生まれた榎本釜次郎は、慶応3年(1867)まで3年半、オランダに留学し、最新鋭の軍艦「開陽」で帰国した。翌年の江戸開城後は、旧幕系の兵とともに軍艦八隻を率いて蝦夷地(北海道)へ渡り、「蝦夷共和国」を樹立する。拠点にした箱館・五稜郭には、「伝習隊」の大鳥圭介、元新選組副長の土方歳三らがいた。

「箱館戦争は、土方にとっては死ぬための戦争、釜次郎にとっては生きるための戦争だった。認識がずれていても、同じ陣営にいて理解しあう場面もあり、書きながら、ふたりの関係をうらやましく感じることがありました。最終的に負けるとしても、新国家建設というポジティブな動機が釜次郎にはあったから、なるべく暗くない箱館戦争を描こうと考えました」

門井さんは昨年、コン・ゲーム小説『竹島』を上梓している。エンタテインメントを通していまの日本のありようを提示する筆致が秀逸だったが、今年刊行の2作の歴史小説も、国と人の生き方を問う点でつながっている。

「研究書ではなく小説ですから、歴史的知見を打ちだすよりも、現代の読者が読んで魅力があるかが重要。『かまさん』では、西洋仕込みの知性の持ち主が、幕臣として戊辰戦争の渦中に放り込まれたらどうなるのかを、徹底的に史料に基づいて書こうと考えました。疲弊しきった旧幕府の遺産を引きずりながら、新たなシステムをいかにつくっていくか。釜次郎と似た課題を、いまの日本人は背負っていると思います。要は『国家』というテーマが重要なので、その点では、歴史小説好きにも、ミステリー好きにも、それぞれおもしろく読んでもらえると思います。いや、読むべきです(笑)」

いまの状況を踏まえた新しい歴史小説を書いていきたい

1971年、群馬県生まれ。同志社大学文学部卒。2003年、「キッドナッパーズ」でオール讀物推理小説新人賞。主著に『天才たちの値段』『おさがしの本は』『小説あります』『若桜鉄道うぐいす駅』『ホテル・コンシェルジュ』などがある。

「関東地方の高校から京都の大学に進学したのは、歴史を学びたかったから。2回生の頃、泉鏡花、尾崎紅葉、幸田露伴ら、硯友社とその周辺の小説を夢中で読みました。江戸の名残を継いだ硯友社の小説を読み込んだ経験が、史料を読み、歴史小説を書く訓練に図らずもなっていたと思います」

今後は、歴史小説に軸足を移していきたいという。新選組を題材にした連作短編の連載を、『小説宝石』で近々始める予定だ。

「私が歴史に関心をもったそもそものきっかけは、歴史好きだった父に、『慶喜』と名づけられたところから始まっています。徳川第15代将軍・慶喜は賛否両論がある人物で、どちらの慶喜に心を寄せればいいのか、過去の時代に没入し、過去の人物について徹底的に考える習慣を、子供時代から重ねました。現代ミステリーを書いても、美術史や古書など歴史がらみでしたから、歴史小説を書くことは、私にとり、ごく自然な流れでした。歴史小説には偉大な先達と先行作品がたくさん存在しますが、いまの状況を踏まえた、新しい歴史小説が書けるはず。今年スタートさせる新選組の連作短編は、現代の『新選組血風録』を書いてやろうという意気込みでいます。書きたくて書きたくて仕方がない(笑)」

(青木千恵)

かまさん』/門井慶喜/祥伝社/1,900円+税

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