Web版 有鄰

528平成25年9月3日発行

海外の書店を見て – 2面

能勢仁

社会体制の違いが書店にも現れ 国により特色がある

筆者は書店、出版社、取次店と長年にわたり出版業界に身を置いてきた。1980年代からはドイツのフランクフルトブックフェア、アメリカのABAブックフェア、中国の北京国際図書展示会等に出掛けていた。その際には書店を見学することにしていた。その後も多くの国々の書店を見て歩いた。その紀行をまとめたのが『世界の本屋さん見て歩き―35ヵ国202書店の横顔』(出版メディアパル刊)である。今回はその後の見聞も含めて、海外の書店をめぐる話題を紹介してみたい。

まずは隣国から。韓国は世界有数のインターネット社会である。これを反映してネット書店が好調であるが、リアル書店も負けてはいない。

ソウルの教保文庫江南店は1階と地下の売場面積が、ワンフロア1800坪、合計3600坪で、その広さに驚嘆する。ちなみに日本で最大の書店は2000坪である。この店は壁面書架の裏側にトロッコが走り、ITシステムを使って書籍を陳列場所まで運んでいる。同店は売場面積で韓国書店界をリードしている。このほか永豊文庫、リブロ(日本の同名書店とは無関係)などが読者に親しまれている。

また、韓国では雑誌購読の約半分は出版社からの直接購読で、書店での雑誌の陳列量は日本に比べかなり少ない。

2002年、北朝鮮・ピョンヤンのブックフェアを視察した。言論統制が厳しく出版の自由はない。書店はピョンヤン市の十七行政区各区に、一国営書店があった。中区の店はビルの1階に20坪の面積で、外から見たのでは書店だとは分からない。店内の3分の1は金日成全集、朝鮮労働党文献、雑誌、3分の1は地図、ガイドブック、絵葉書、国旗、バッジなどが陳列され、残りの部分には金日成肖像画、祭壇、花が飾られていた。最近でもその様子は変わらないという。

中国では反国家的出版物でなければ出版はできる。

市場経済のもと、従来の国営書店に対して、民営書店の増加が著しい。また、1998年には国営の4000坪以上の大型書店が北京、上海、瀋陽、広州、深に開店した。北京図書大厦は地下1階、地上4階の売場で、革命思想書、中国共産党文献、中国古代史の陳列が圧巻であった。上海書城では7階の藝術珍蔵館フロアに書道書、絵画などがずらりと並び、陳列ケースに収められたレアブックコレクションに魅了された。


誠品書店新義店のレストスペース

台湾はチェーン店が多いが、誠品書店チェーンが品揃えや陳列で一歩リードしていた。中でも台北の新義店は3000坪の広さで、レイアウト、什器、陳列等に特色があり、広さを生かしてレストスペースもゆったりととられている。

同じアジアの国の書店であっても、それぞれの国の社会体制の違いが書店の姿にも現れており、各国それぞれのお国柄が現れていた。

イギリス連邦の国でイギリスとアメリカの出版文化が激突

オーストラリアはイギリス連邦の一員であり、イギリス文化の国といえる。ところが出版文化について見ると、アメリカ化の動きが見られる。具体的な例としてコミックの扱いがあげられる。イギリスはコミック軽視の国であるが、アメリカはコミック隆盛の国である。シドニーではアメリカ資本の書店の進出もあり、コミックが陳列されている書店も多く専門店もある。しかし、老舗書店のディモックス書店シドニー店は1000坪を越す広さであるが、コミックは数十冊しか並んでいなかった。また、メルボルンの書店ではコミックを見ることはほとんどなかった。

また、ニュージーランドのクライストチャーチはイギリスらしい町といわれる。アンティック通りはロンドンのチャーリングクロス通りを思わせる古書街で約20店が並ぶ。これだけの古書市場があることは本の流通の多い証である。ここにはイギリスの出版文化が感じられた。

オーストラリア、ニュージーランドはイギリス連邦に属するが、書店ではコミックをめぐってイギリスとアメリカの出版文化が激突していた。


英王室御用達ハッチャーズ書店

イギリスの首都ロンドンは老舗、大型店、チェーン店、個性派書店と多彩な顔ぶれが並ぶ。1797年創業、王室御用達書店のハッチャーズ書店はロンドン最古の書店である。王室御用達といっても誰でも入れる。男性社員は蝶ネクタイ、女性社員はシックなスーツで応対している。ダークグリーンの書棚と木製の階段など、店内は落ち着いた雰囲気で、王室史、世界史、戦史、伝記の充実は際立つ。この店でサイン会を開くのがこの国の作家の夢なのだそうである。

ロンドンっ子に一番人気はフォイルズ書店だ。店舗は古めかしいが、蔵書数500万冊は世界一を誇る。1905年の創業以来、この1店舗でひたすら膨大な本を市民に提供し続ける姿勢が高く評価されている。この店は本以外の商品は全くない。雑誌もない。

ヨーロッパの歴史と文化の重さ アメリカのめまぐるしさ

ドイツは活版印刷の発明者グーテンベルクを生んだ国である。生誕地マインツにはグーテンベルク印刷博物館があるが、その前にドーム書店がある。ここには印刷史の関連書が多数陳列されていた。

フランクフルトには世界唯一の書店の専門学校、「ドイツ書籍業学校」がある。ドイツでは書店を経営するにはこの学校を卒業しなければならない。書店経営者はこの学校の卒業生で書店にもマイスター制度がある。カリキュラムは書店経営論、書籍制作、書籍輸出入、経済学一般、倫理学などと幅広い。修業年限2年、70科目の課程を修める。生徒は1学年40名、寄宿舎生活で男女比は3対7と女性が多い。生徒用図書館は壁面の書架が天井まで届いていて壮観であった。

ドイツではフューゲンデューベル書店が国内最大のチェーン店だ。フランクフルト店は900坪の広さの割には在庫が少ない。これで読者の期待に応えられるのは、在庫を需要度の高い書籍に特化しているからだ。これにはドイツの合理主義が表れている。


フランス大学出版協会書店

フランスではフナックが国内最大のチェーン店であるが、同社の特色は家電製品なども扱っていることだ。同社は国外にも出店している。パリ・カルチェラタン周辺の専門書店群は見ごたえがある。人文書のコンパーニュ書店、大学出版協会書店、建築書のル・モニトール等は大型店ではないが、専門性によって読者に支持されている。

ヨーロッパではそれぞれの国の歴史と文化の重さを、書店でも考えさせられた。

最後にアメリカを紹介しておこう。この国の書店をめぐる動きはめまぐるしく目が離せない。1970年代以降から書店のチェーンストア化が始まり、企業買収などで1990年代後半からはバーンズ&ノーブルとボーダーズの2大チェーンによって書店界はリードされていた。しかし、2011年にボーダーズは経営破綻した。アメリカではネット書店とリアル書店の競合も激しい。国土は広く書店数が少ないこともあり、ネット書店のアマゾンが好調である。また、電子書籍も書籍総売上の中でシェアを拡大している。巨大書店が永続しないことはアメリカ書店史の特色ともいえる。

以上、海外の書店を見て、日本との違いを感じることが多々ある。例えば雑誌を扱っているのは、日本のほかはアジアとアメリカの一部の書店といえる。日本の書店は本と雑誌を扱うことにより来店客が多く、店の賑わいを感じさせる。また、日本では陳列に、より手をかけていることも見てとれる。日本の書店が培ってきたものに加えて、海外の事例なども取り入れることで、さらに進化をとげることを願っている。

能勢仁  (のせまさし)

1933年千葉市生まれ。出版・書店コンサルタント。ノセ事務所代表取締役。
著書『本の世界に生きて50年』論創社 1,600円+税、ほか多数。

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