Web版 有鄰

529平成25年11月3日発行

鉄道ミステリとぼく― 北海道篇 ― – 2面

辻真先

廃線廃駅の十勝三股駅で転轍機を動かす夢が叶う

はっきりいって、ぼくは子供なのである。実年齢は81歳を越えているのに、仕事はすべて子供のころの嗜好の延長なのだ。映画(昔は活動といった)・アニメ(昔は漫画映画といった)・ミステリ(昔は探偵小説といった)・SF(昔は空想科学小説といった)・マンガ(こればかりは昔もマンガといった)など、みんなそうだ。男の子なのでむろん鉄道も好きだった。戦前の名古屋には国電がなく蒸気機関車ばかり走っていた。東海道本線も電化されていたのは沼津までで、あとはひたすら煙を吐く列車であった。幼い日のぼくは、町外れの駅へ出かけて日がな一日、入れ換え風景を眺めていたものだ。転轍機の存在を知り、一生に一度でいいからあの鉄の柄を動かしたいと願った。


十勝三股駅跡を国道方面から眺める

夢が叶ったのは、はるか後になって鉄道ミステリの取材で、北海道へ出かけたときだ。道東の帯広駅から北上、大雪山に向かおうとして届かなかった士幌線というローカル線がある。いや、あった。終着駅の十勝三股はもと2000人の集落だったが、林業の衰退につれついには人口四人程度になったと聞く(今はドライブインもあることだし、2桁の人口を維持していると思う)。大量定時輸送が強みの鉄道を維持できるはずはない。

きっかけはなんであったか覚えていないが、ぼくはその駅に妙に愛着があり、有人駅が無人となり廃線廃駅となった後まで、しつこく通って定点観測をきめこんでいた。駅はなくなっても木造平屋の駅舎がしばらくは残っていた。人っ子ひとりいない駅前広場(ただの空き地だけれど)に、駅員が丹精したであろうタチアオイの花々が、西日に照らされ咲いていた姿を今もありありと思い出す。客や駅員が寒気を凌いだドラム缶改造のストーブも、まだ原型をとどめていた。

そんな廃駅に寄り添って、赤錆びた転轍機がのこっていたのである。目を凝らせば列車がこないおかげで育った白樺越しに、ぽつねんと腕木式場内信号機が佇んでいる。転轍機に悪戯されないよう(だと思うが、ぼくの執念の前には無力だった)からめてある針金をガリガリと外して、虎ばさみみたいな鉄の柄をヨイショと押し込んだ。すると健気にも、はるか離れたシグナルの腕木がカタンと動いたのである!

なんと嬉しいじゃありませんか。

子供だなあ、と呆れてくれて結構。はじめからボクコドモダヨと断ってるでしょう。そんなふうだから、北海道の大自然の前には、人間の営為なぞいかに脆く土に還ってゆくものか、つくづくと見せつけられた。駅名標が倒れ、ホームの土盛りは崩壊した。レールの間から勢いよく白樺の若木がのびていった。

5年ほど前、これを最後(だろうと思う)のチャンスとして駅跡を訪ねると、駅舎はむろん、鉄道を追憶させるもの一切が消滅していた。帯広方面を見やれば単線幅で隔てられた木立らしきものがあり、あそこに線路が敷かれたのかと想像を走らせることはできた。雑草に覆われた空き地に消火栓の標識だけ残ったのはふしぎだが、尋ねる相手がいないので疑問は今も宙ぶらりんである。


糠平湖をわたっていた士幌線のアーチ橋

十勝三股駅への途中、糠平湖をわたっていた士幌線を偲ぶコンクリート橋が、アーチを連ねて現存しており、北海道遺産に指定されているから、物好きな人はお出かけになるといい。同好の人士が多いとみえけっこう人出がありますよ。

鉄道ミステリに公共交通の問題を盛り込む

ぼくはこの士幌線をモデルに、初期のトラベルミステリーを書いた。『ローカル線に紅い血が散る』と題し、テレビドラマ化された。廃線賛成派だった地元のボスが轢死体として発見されたが、奇怪にも路線はその前日廃線となっており、轢断しようにも列車が通るはずはなかった――という発端の謎。解明の舞台は東京に移って、早朝の山手線電車内というとんでもない場所に関係者一同を集めて、行われた。

テツちゃんの端くれとして作者は、都会のラッシュと超閑散路線との対比を示して、この国の公共交通のありようを探りたかったからだ。

たかがエンタメ小説にそんな問題を盛り込むのは、商売としてソン。とは重々わかっていたものの、まあそこが子供らしい一途さで――と本人がいっていれば世話はないな。

ドラマ化のころ当の士幌線は影も形もなくなっていたから、ロケは道南の岩内線になった。リアルタイムで廃線廃駅の記念イベントがおこなわれたので、ちゃっかりそれに便乗したわけだ。1980年代、地方交通線廃止の嵐が吹き抜けたころである。

北海道の鉄道はしばしば映像に出演するけれど、多くは都会人の郷愁の舞台として美化された詩情を演出するのみだ。実際はそこに今も暮らしている人々がいる。病院へ通う老人や通学する中高校生たち交通弱者には、生活に必需のツールなのだ……と、もと都会人のぼくが力んでも屁みたいなもんだろうけど。

現実に北海道へ足を向ければ、札幌へ札幌へと人口が集中している。近い将来、人口だけでいうなら名古屋を凌駕するのではないか。全国的な視点で東京の一極集中が眼に余るように。ぼくが書いているのは鉄道ミステリであって、経済小説でもビジネス書でもないが、ここには日本全体に関わる問題が横たわっており、悲しいことに地方の生活に直結したそれらの問題は、気息えんえん轢死体なみなのである。

鉄道の旅でローカル日本がよろめく姿を目の当たりにする

先ごろ、留萌本線を全線乗り潰してきた。旭川の手前、深川駅から別れて日本海にむかう路線で、途中に北一已(きたいっちゃん)・秩父別(ちっぷべつ)などの難読駅があり、ドラマ『すずらん』で明日萌(あしもい)駅に扮した恵比島駅を沿線にもつ、70キロ足らずのみじかい線区で、終着駅は増毛(ましけ)である。

頭の薄くなったぼくが増毛へ行くといえばからかわれるので、訪問を後回しにしていた……わけではない。留萌まではしばしば出かけたが、いつもそこから別れて、日本海沿いに羽幌線で北へむかったため、留萌・増毛間を乗り損ねていたのだ。今や長大ローカル線だった羽幌線はなく(短編ミステリのネタにしたっけ)、増毛生まれの三國清三シェフ監修のオーベルジュ(宿泊できるレストラン)誕生を機に、遅まきながら参上したのである。

オーベルジュは期待に叶う美味な食卓であったが、増毛駅のターミナルぶりはみごとなまでの素朴さだ。無人駅の1線1ホームに、単行列車がちょこなんと止まる。朝の通学時間をのがすと次の列車は5時間待ちである。ニシン漁盛んであったころの賑わいを、日本最北を号する造り酒屋に偲ばれるのみの豪雪の町だ。難所雄冬岬を貫いて開通した国道を通ってみたが、保全工事の作業員の頭数は、めったに通らない車の乗員よりずっと多い始末だ。利用していた国道バスも1日1便に減便されたとか。雄冬の港町には学校もないと聞くから、子供たちはどうなるのだろう。鉄道ミステリの考え及ばない謎が、中央経済の好不況に関わりなく、地方で日々増えて行く。

鉄道の旅は大好きだが、老いたローカル日本のよろめく姿を、車窓から見るのはやりきれない。

辻真先  (つじ まさき)

1932年名古屋市生まれ。
アニメ脚本家、漫画原作者、ミステリ作家。著書『アリスの国の殺人』双葉社・品切、『完全恋愛』(牧薩次名義)小学館 819円+税、『ぼくたちのアニメ史』岩波書店 780円+税、ほか多数。

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