Web版 有鄰

530平成26年1月1日発行

火坂雅志と『気骨稜々なり』 – 人と作品

博多の豪商・島井宗室の一代記


火坂雅志氏

地方に注目した新たな戦国の物語

大友宗麟、織田信長、豊臣秀吉ら、名だたる戦国武将と渡りあい、戦乱がない世を求めた商人、島井宗室(1539-1615)。17歳で朝鮮に渡り、ほとんど徒手空拳から豪商にのし上がった男の一代記である。

「戦国時代は武将だけでなく、経済人も多士済々が現れた時代だった。『骨董屋征次郎手控』(2001年)を書いていた折、骨董商の島井宗室にも関心を持ちました。特異な面構えの肖像画にも惹かれ、いつか書いてみたいと考えていました」

物語の冒頭、茶道具を携えて帰国した21歳の徳太夫(宗室)が目にしたのは、焼け野原になった博多の町だった。宗室が生まれ育った博多は、古代から栄えた港町。戦国時代、博多の支配権をめぐって武将たちが争い、町は幾度も焼かれた。〈商人は知恵を使って無から有を生み出す。だが、侍は刀を振りかざし、力にものを言わせて形あるものを破壊し尽くす〉。宗室は財を築く傍ら、庶民の安寧を願うようになる。

「私が初めて戦国時代に取り組んだ小説は『全宗』(1999年)で、以降、戦国時代の参謀役に光をあてていきました。上杉家の重臣、直江兼続を主人公に『天地人』(2006年)を書いたとき、当時の越後が単なる地方ではなく、高度な経済力と文化力を擁していたことに気がつきました。当時はまさしく地域主権の時代で、現在の地方の都市は、戦国期に勃興したところが少なくない。上洛争いを追う中央集権的なものの見方では、戦国時代の全体像をとらえられない。地方に注目していったら、新たな戦国の物語が書けそうだと思いました。そして今回、題材にしたのが博多です」

町衆による自治を唱える宗室は、商都・堺に行き、対馬商人・梅岩の知遇を得て船を持ち、茶道具を通して武将たちと懇意になる。天正10年(1582)、織田信長に招かれて神屋貞清(宗湛)とともに本能寺を訪ね、明智光秀によるクーデターに遭遇。境内の子院に宿泊していた宗室は、大混乱の中から弘法大師(空海)直筆「千字文の軸」を持ちだして逃走する。

「元来が目利きの骨董商ですから、降りそそぐ矢弾の中を、天下の名品を取りに戻った。その大胆不敵さに驚きます。戦国時代の商人は、武将たちと同様に、気骨を持って時流を乗り切ろうとした。時代が、宗室のような人物を要求したのだと思います」

信長の死後、豊臣秀吉が九州を平定する。九州統一を目前にしていた島津氏は、博多の町から撤退。宗室ら博多の商人は秀吉と結び、兵火で荒廃した町を復興していく。秀吉の朝鮮出兵では交渉団に加わり、さらには出兵を思いとどまるように、命がけで秀吉を諌めることになる。

「私は、冒頭から中盤までの骨組みだけを構想し、途中からは主人公に引きずられるようにして物語が展開する書き方をしています。未知の世界を主人公が私に見せてくれ、そこから人間の生き方などを学んでいくのは楽しく、予想と違っていくほうが面白い。私は当初、宗室を悪い商人=“梟商”と考えていましたが、だんだん彼を好きになっていきました。金儲けだけが目的なら、権力者に真っ向から逆らったりせずに、もっと楽なやり方があったはず。利害だけではない、大きな『公』に対する意識を持った人物だったのだと、書くうちに気づかされました」

忘れられた日本人の生き方を掘り起こしたい

1956年、新潟生まれ。早稲田大学卒業後、編集者を経て1988年、『花月秘拳行』で作家デビュー。2007年、『天地人』で第13回中山義秀文学賞。同作は2009年NHK大河ドラマの原作になり、好評を博した。『覇商の門』『黄金の華』『沢彦』『臥竜の天』『軍師の門』など著書多数。日本経済新聞夕刊で「天下家康伝」など、新聞・雑誌で4作品を連載中。

「長らく悪漢を主人公にし、初の戦国小説『全宗』もピカレスク(悪漢小説)でした。拝金主義や所得格差が広がる風潮に対抗するようにして書いた『天地人』が転機になりました。歴史小説家として、忘れられた日本人の生き方を掘り起こして提示しようと、今回も、自らの信念を貫く、気骨ある人物を描くことになりました。戦国期は面白い時代で、多くの作家によって書きつくされた感がありましたが、まったく新しい見方でとらえて描きだせる”豊かな森”だと分かりました。森に踏み込み、知られざる歴史と人物をさらに掘り起こしていきたいですね」

(青木千恵)

気骨稜々なり・表紙画像

気骨稜々なり』/火坂雅志/小学館/1,800円+税

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