Web版 有鄰

530平成26年1月1日発行

有鄰らいぶらりい

北天の馬たち』 貫井徳郎:著/KADOKAWA/1,500円+税

JR関内駅の近く、馬車道通りから少し奥まった場所にある古いビルは、一階で喫茶店《ペガサス》を営む毅志と母の持ちビルだ。ある日、ふらりとやって来たふたりの男が、しばらく空き室だったオフィス仕様の2階に入居する。口髭を整えたがっちりした体格の男は、皆藤晋。長身でモデル並みに顔立ちが整った男は、山南涼平。《S&R探偵事務所》を開設したふたりの自由な雰囲気に魅了された毅志は、頼み込んで探偵仕事を手伝うことになる。

毅志の初仕事は、若い女性を襲った男、角倉康輔に接近することだった。第2の仕事は、見合いでの結婚はいやだという31歳のOLに、自然な形で男性と引き合わせる仕事だ。OLの橘依子は、コンシェルジュが常駐する高級マンションに住み、高価なブランド品を身につけた美人で、毅志らが引き合わせた男は、彼女からお金の相談をされるようになる。仕事を手伝うたび、毅志は、皆藤と山南の動きに不穏なものを感じるようになっていく――。

謎めいたふたりの男と、探偵事務所に足繁く出入りするまだ若い美貌の未亡人。横浜を舞台に、彼らの秘密に毅志が少しずつ近づく。読後、改めて読み返したくなる、巧みな伏線が持ち味のサスペンス。著者の作家デビュー20周年記念作品である。

書楼弔堂 破曉』 京極夏彦:著/集英社/1,900円+税

明治25年春。元の主筋の嫡男として縁故採用してもらった煙草会社の仕事が合わず、休職中の高遠は、とある古書店の噂を聞き、訪ねてみる。入り口に貼られた半紙に「弔」の一文字を記したその古書店は、『書楼弔堂』といい、迷うほど、古今東西のあらゆる書物を揃えていた。元僧侶の主は、読まれずにいた書物をふさわしい読者と引き合わせることで、書物を供養するのだと、店を営む目的を話す。幕臣の嫡男だったが明治に入って武士という職業がなくなり、無為な日々を送る35歳の高遠は、移ろいゆく時代の中で迷い、書物を探して弔堂を訪れる人々の姿を見聞することになる。

本は本でも、古本と新本は別物だ。明治時代、出版の世界で〈刷って集めて、卸して配って、それで売る〉分業の仕組みがつくられていく中で、自らの1冊を探し求めて『書楼弔堂』を訪れる人々がいた。探書壱「臨終」の顧客は、和魂洋才、文明開化の世になじもうと努めてきたが、旧時代のものとして捨てきれない非合理な出来事を抱えていた。その客に、弔堂の主が見立てた書物とは?

読むことや生きることにかかわる、弔堂の主の解釈と語りに頷く。人物が抱える迷いが、現代に通じていてすこぶる面白い。優れた古書エンターテインメントである。

追憶の夜想曲』 中山七里:著/講談社/1,600円+税

夫殺しで起訴された主婦に対し、東京地裁は〈身勝手きわまりない犯行〉と断じ、懲役16年の判決を下した。被告の代理人は、量刑不当を訴えて即日控訴する。罪状を認め、世論からも同情されていない被告・津田亜季子の第二審の弁護を、高額報酬の依頼しか引き受けず、”悪徳弁護士”として名高い御子柴礼司が突然、買って出る。

御子柴と対決することになる東京地検次席検事の岬恭平は、秩序を維持するためにはどんな罪に対しても寛容であってはならず、可能な限り断罪することが自らの存在理由だと考えている。数年前の案件で惨敗して以来、御子柴を不倶戴天の敵とみなし、今度こそはと闘志を燃やす。それにしても御子柴は、なぜ、金にならない事件の弁護を買って出たのだろうか?

2010年、『さよならドビュッシー』で衝撃的なデビューをして以降、著者はミステリーの話題作を続々発表している。本書は、少年犯罪の過去を持つ悪徳弁護士、御子柴礼司を主人公にしたシリーズの第2作目。怜悧きわまりない孤高のアウトロー、御子柴の一癖も二癖もある主人公ぶりが今回も楽しめ、迫真の法廷劇に手に汗握るリーガル・サスペンスの秀作だ。緻密な思考に基づいた筆致に引き込まれ、最後の1行まで目が離せない。

美男子美術館』 山口路子:著/徳間書店/952円+税

株式ブローカーとして裕福な生活を送っていたが、33歳で印象派展に出品した絵を褒められて画家になる決心をし、妻子と離れて苦悩と放浪の道を歩み、タヒチへと旅立ったゴーギャン。

木々が放つ生命エネルギーや小さな花の周りにある空気の色など、常人には見えないものをとらえる「目」を持ち、リアリズム(写実主義)の巨匠になりながら、政治活動に身を投じて亡命、失意の晩年を送ったクールベ。

本書は、ゴーギャン、クールベ、ムンクら、実際に美男子だった画家の自画像を手始めに、美男子が描かれた十三の名画について闊達に綴った好エッセイ集。自殺した妻に捧げた詩集が惜しくなり、妻の墓を暴いてとり戻したロセッティのナルシシズム漂う自画像。画家の母シュザンヌ・ヴァラドンと息子ユトリロの独特の母子関係から生まれた”息子の肖像”……。

自らの外見の美しさに浸ることなく、内面の不安を生々しく描きだしたシーレは、創作のミューズだった恋人を捨てて結婚するが、ほどなく病死した(シーレ『首を傾げた自画像』1912年)。主題にした13の名画がカラーで添えられている。それを見ながら、絵画に隠された物語を生き生きと語る文章を読むと、芸術家の情熱を見直し、絵画を観に行きたくなる。

(C・A)

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