Web版 有鄰

532平成26年5月10日発行

湘南C-Xの新しいまちづくり – 2面

長瀬光市

絆やつながりを重視する意識の変化

3月11日仙台駅に降り立つと、2時46分「東日本大震災での犠牲者を悼み、皆さん1分間の黙祷をお願いします」と、街中に放送が流れた。思わず、立ち止まり犠牲者のご冥福と復興を祈り合掌した。被災地では、被災者やボランティアらの復興に向けた思いが「絆とつながり」だった。思い起こすと19年前、阪神淡路大震災直後、私は応急危険度判定士として神戸市長田地区で建築物の危険度判定に関わった。被災地では県内外のボランティアが復興支援現場で汗をかいていた。その時、「市民間の支え合い」の大切さが叫ばれ、その後、地域をより良くする様々な市民主体のボランティア活動やNPO活動が活発化、定着した。

この間、国民の意識も大きく変化し、物の豊かさから、心の豊かさの追求に重きを置く考えが主流となった。経済成長期を通じて物質的豊かさを一定程度享受したことから、生活環境や心の豊かさ、幸福を追求する傾向にある。モノや情報に溢れた複雑な生活よりも、シンプルな生活の方が幸せという考え方ともいえる。人口減少社会を豊かで幸せに暮らすには、地域をベースとした人と人とのつながりや支え合いが重要視される。

湘南は、良い意味で価値観やライフスタイルが成熟した地域である。平日は東京や横浜などへ出勤するなど都会的な感性を持つ一方、休日は湘南の海や風、空といった自然の中で生活を楽しむ。この「オン」「オフ」の切り替えが明快なライフスタイルを、より豊かにする生活環境やまちづくりへの意識が高い。地域では住民間のつながりを重視した住環境の維持・向上活動が活発である。この地域で私は行政プランナーとして湘南C-Xという新しいまちづくりに関わり、その経緯を有隣新書『湘南C-X物語』に共著でまとめた。一部を紹介したい。

パートナーシップによるまちづくりがなぜ、うまくいったのか


辻堂駅南側から湘南C-X全体を俯瞰

電車がJR東海道線辻堂駅に入ると、駅北側の白亜に輝くデッキ越しに相模原台地の緑地を背景にした真新しい街並みが眼に入ってくる。ここが、ショッピングモール・テラスモール湘南など多様な機能を持つ湘南C-Xと呼ばれる新しいまちだ。

今、自治体は長期的な人口減少・高齢者の増加と経済低迷のもと、税収は減少しつつもニーズは増加するといった、慢性的な財政逼迫により矛盾する課題に直面している。これまでの都市経営では、人口の増加や地域経済全体の規模拡大が絶対視された。他都市よりも高い経済成長の達成、GDP全国シェアの拡大が都市としての成功の証とされてきた。しかし、低成長・成熟化時代では、経済成長を前提としない問題解決を目指さなければならない。

わが国の経済社会の変動を受け、藤沢市でも東海道沿線の工場が次々と姿を消し、市税収入の減少と雇用喪失、消費流出に直面していた。そこに、追い打ちをかけるように辻堂駅前に東京ドーム19個分に相当する広大な敷地で操業していた関東特殊製鋼が、工場の全面撤退を2002年11月に突然表明したことから、市は都市構造・産業構造の再編戦略を迫られる事態となった。

よくある住宅団地等への土地利用転換は、必ずしも地域課題の解決には結びつかず、市の都市経営上負担になりこそすれメリットは殆ど無い。都市間競争が激しくなる昨今、都市の持続可能を追求するには、地域特性に合った独自の再生のあり方が必要だった。そこで、辻堂駅周辺地区に対する基本認識といえる「都市再生ビジョン」が2003年に急遽まとめられた。新しい産業の導入と雇用の場の創出により昼間人口の増加を図るために、この地区を地勢や地域資源を見据えた広域的な都市拠点、湘南の環境と文化の拠点とした上で、この再生事業を都市・産業構造再編の先導役を担う一大プロジェクトとして位置づけた。

市民による成熟したまちづくり活動をもとに、地域資源や地域特性を重視し、市民と企業・行政とが課題を共有して、まちをより良くしていく。そのためには、多様な主体が合意形成を図り、役割と責任を分担して課題解決を図っていくパートナーシップによるまちづくりが必要と考えた。

その仕組みは、計画白紙の状態から将来のまちのあり方を検討する、市民による「まちづくり会議」、事業経営を検討する「地権者会議」、藤沢・茅ヶ崎両市にまたがる地域課題を解決する「行政まちづくり会議」。そして、この3つの会議体からの意見・提案をもとに都市再生の舵とり役を担う「専門家・企業者委員会」であった。

まちづくり会議は「私たちが考える辻堂駅周辺地区将来ビジョン」「工場跡地のまちづくり提案」を地権者会議に提案し、その考えは計画に取り入れられた。提案をもとに基本構想が立案され、計画のプロセスごとに様々な主体との議論を積み上げ、基本計画・実施計画・事業へと進んだ。まちづくり会議は発足以来、まちびらきまで7年間活動した。提案後は、計画のプロセス毎に地元意見の集約、まちづくりニュースの発行、藤沢・茅ヶ崎市民交流会など、住民参加によるまちづくり推進の役割を担った。まさに市民が都市再生という一大プロジェクトに白紙状態から事業完成まで関わる、かつてない画期的な挑戦であった。

パートナーシップがなぜうまくいったのか。それは先の4つの会議体が機能したからだ。地域課題と将来の方向性を共有し、役割と責任を分担して、連携・協働でまちづくりを進めていく。このプロセスを重視した。また、3年でまちびらきを実現させた「計画」を「形」にするスピード感だ。共に汗をかいたことが多様な機能が集積する湘南C-Xを誕生させ、市民は利便性や快適性を獲得し、新たな雇用の場が生まれ、平日でも約4万から5万人の来街者が訪れる街に変身させた。市への固定資産税等の財政への寄与も大きく、新たな財源確保の道も開いた。これが「湘南C-X物語」である。湘南C-Xのまちづくりは、これからの時代の都市経営のあり方のひとつのモデルといえる。

市民主体で「住み続けるまち」を目指すべき

かつて団塊世代が地方から東京に流入し、郊外に大量の住宅地が建てられた。それが今や、人口減少社会へと転じ、空き家の増加、市街地空洞化が始まった。単身世帯・夫婦のみ世帯がほぼ5割に達し、三世代同居の減少は、扶養意識の変化とともに、年金や高齢者福祉のニーズを高め、子育て支援を家庭外に求めることがより必要になってきた。都市には様々な問題もはらんでいる。家庭に居場所のない中高年、パラサイトシングル、結婚しない若者、高齢者夫婦の増加…。特に首都圏では、大量に発生することから多様なライフスタイルが生まれる。

これからの時代、私たちはどのようなまちづくりを目指すべきか。その方向として「住み続けるまち」がキーワードとなる。人と人の絆、個人と地域とのつながりを大切に、地域での支え合いにより住環境を維持・向上させていく活動である。地域には様々な資源と社会ストックが眠っている。この地域資源に磨きをかけ、市民主体の地域経営により住環境を守り育て、まちの改善や創意工夫による多様な地域サービスの提供が住み続けるまちになる。住環境がより良くなるとまちへの愛着心が芽生え、人を招き入れたくなる。まちには新陳代謝も必要だ。多様なライフスタイルの共存が選ばれ続けるまちになる。人々の絆やつながり、信頼関係を築き、住み続けるまちを追求する、パートナーシップのまちづくりが芽生えて欲しい。

長瀬光市  (ながせ こういち)

1951年福島県生まれ。
慶應義塾大学大学院特任教授。元藤沢市経営企画部長。専門・行政経営。

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