Web版 有鄰

533平成26年7月10日発行

夢見るヨコハマトリエンナーレ2014 – 海辺の創造力

森村泰昌

今夏8月1日、ヨコハマトリエンナーレ2014が開幕する。横浜トリエンナーレ(通称ヨコトリ)は、3年毎に開催される現代美術の国際展で、今回は5回目となる。みなとみらいに位置する横浜美術館と新港埠頭にある巨大な建物(新港ピア)が主会場である。

そしてなにを隠そう、私はこのヨコトリ2014のアーティスティック・ディレクター(芸術監督)を務めている。監督は毎回変わるのだが、今回は美術家の私が担当することになった。こんなふうに自己紹介すると、読者は私のことを、さぞかし現代美術の最新情報や旬の新人作家の動向について熟知している人なんだろうと想像なさるかもしれない。しかし残念ながら実情は真逆である。

かつては私も展覧会に足しげく通ったし、美術雑誌にもよく目を通したものだった。しかし作品制作が忙しくなるにつれ、今どういう作家がなにをやっているのかといったような興味は、徐々に薄れていった。展覧会を企画するのが本業のキュレーターならいざ知らず、物作りの現場にいる者にとっては、目下の自分の作品を完成させることに手いっぱいで、だれがなにをやっているか、なにがトレンドかなんて気にしている余裕な、なくなってしまうからである。

こうして、最近の美術事情に疎いまま芸術監督に就任したものだから、ある段階になって私はかなりうろたえることになった。ある段階とは、作家や作品を選定するという大変重要な段階のことである。

ヨコトリのキュレトリアルチームの面々が、次から次へと繰り出す作家名や作品内容の多くが、チンプンカンプンだった。焦りに焦って、チームのみんなにいろいろ教えてもらいながら、展覧会の内容を固めていった。それはまるで、現代美術を学ぶゼミに参加しているかのような勉学の日々であった。

なんとも情けない監督ではあるのだが、あるとき、ふと思いついたことがあった。この苦境を逆手にとれば、これをヨコトリに活かせるのではという思いつきである。

自分に好都合な言い訳であることは認めよう。しかし、芸術監督として現代美術の状況にあらためて接した時に感じた私のとまどいと、美術にさほど精通していない人が展覧会会場で見せるとまどいは、見事に重なるのではないだろうか。監督と観客が同じスタートラインに立っている、そういう展覧会は珍しいと思う。それをメリットとして受け止めて、とかく遊離しがちな展覧会企画者側と観客の距離を埋める知恵につなげたい。

監督の私も初心者なのだから、そんな私が辿った道なら、誰もがこれを追体験ができるにちがいない。私と同じようにとまどい、同じように発見に至り、同じように驚き、同じように芸術世界の醍醐味に至る。展示の工夫次第では、そんな「みんなのヨコトリ」を形にすることができるかもしれない。なにを夢みたいな話をしているのだと、展覧会企画のプロからは笑われそうだが、私はそんな夢をまだ捨ててはいない。

(美術家/ヨコハマトリエンナーレ2014・アーティスティック・ディレクター)

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