Web版 有鄰

533平成26年7月10日発行

柚木麻子と『本屋さんのダイアナ』 – 人と作品

『赤毛のアン』をモチーフにした少女たちの成長物語

対照的な二人のヒロイン

漢字で「大穴」と書いてダイアナと読ませる自分の名前が大嫌いな矢島ダイアナ。逆に、いまどき珍しい「子」がつく名前の神崎彩子。対照的な少女が成長していく、15年間を描いた長編小説だ。

「子育てで親が子供に与える最初の環境として、名前は重要だと思います。また、私自身の経験を振り返ると、母親に本をたくさん読ませてもらい、読書から得たものがずっと私の中で生きている。名前と好きだった文学作品とをモチーフに、女の子の話を書いてみようと思ったのが、この小説の始まりでした」

矢島ダイアナは、16歳でダイアナを産み、キャバクラで働く母・ティアラに女手一つで育てられている。「大穴」という名前、母によって金色に染められたパサパサの髪、父の不在。8歳にして絶望していたダイアナの人生に光が差したのは、小学3年生でクラスメイトになった、神崎彩子との出会いだった。

「書きたいことを探るうち、モチーフにする文学作品を『赤毛のアン』に決めました。名前が嫌いな女の子と、最高の環境で育っている女の子を書こうと考え、ダブルヒロイン小説になりました。優れた少女小説は再読のたびに発見があり、今読むと『赤毛のアン』も、ダブルヒロイン小説にも思える。おとなしいダイアナは、アンのよさを引きだしてくれた素敵な子だったのだなと思います」

小3から4年間、ダイアナと彩子は親友として過ごすが、疎遠になってしまう。共有する幸福な記憶は、「はっとりけいいち」という人が書いた絵本『秘密の森のダイアナ』を2人で愛読した読書体験だ。作中作の『秘密の森のダイアナ』のほか、森茉莉のエッセイなど数々の本が登場し、書店も重要な舞台になる。ダイアナの夢は、いつか本屋さんを開くことなのだ。

「ダイアナが目指す本にまつわる仕事は、絶対『本屋さん』にしようと考え、夢を叶えていく女の子を書きたいと思いました。結末のイメージに即した場所でもあったのですが、私は駅に直結した書店が好きなんです。通勤客など大勢の人に対して開かれていて、時間潰しに読める本があれば、純文学や翻訳もの、天文学の本まで置いてあるところがいい(笑)」

ダイアナと彩子は、それぞれに成長していく。少女が大人になる過程で、とても現実的で辛い出来事も起こる。

「どれだけ立派な親でも子供を守りきれないほど、今の世の中は危険な状況だと思います。女の子が試練に立ち向かう話になったのは、今の時代状況を考えたからで、また少女小説の名作の多くは、主人公が逆境や偏見と闘う話でした。孤児でやせっぽちの女の子が、事件を巻き起こしながらも元気に生きていく『赤毛のアン』は、失敗してもやり直しは利くと語ってくれていた。失敗しないよう、従順ないい子でいさせる教育が主流ですが、殺伐とした今の時代にいちばん必要なのは、躓いても立ち直れる強さ。自分の尊厳を守るためなら、たとえ嫌われても闘っていい、自分で自分の道を切り開いてほしいと伝えたかった」

本好きたちの友達になれる本を

1981年、東京都生まれ。2008年「フォーゲットミー、ノットブルー」でオール讀物新人賞を受賞し、2010年に『終点のあの子』でデビュー。著書に『あまからカルテット』『私にふさわしいホテル』『ランチのアッコちゃん』など。今年1月、『伊藤くんAtoE』が第150回直木賞の候補になった。

「虚構の世界が好きで、お話を作り続けていきたいと考えていました。高校生のとき、クラスメイト全員を登場人物にした『三十九人の容疑者』というミステリーを書いたら好評で、これほどみんなが続きを楽しみにしてくれるなら、ずっと書き続けようと思ったのが最初でした」

小説に限らず、タレント本やインターネットのブログなど、なんでも読む。小説を読んでいて、物語がうねる瞬間に心身が乗ったときの、シンクロ感が大好きだという。

「好きな小説の人物を“KY”だと言う人がいたら、友達をけなされた気持ちになるくらい、現実と虚構の世界を地続きでとらえているところがあります。遊園地を作りたい夢を昔から抱いていて、ある情景をゆっくりみてもらうために迂回路を設けたり、遊園地的な視点を持って書いています。水を飲むのと変わらない生活習慣として、日常的に読書をする人たちがいると思います。そんな読書家の人たちの友達になれるような本を書いていきたい」

(青木千恵)

本屋さんのダイアナ・表紙

本屋さんのダイアナ』/柚木麻子/新潮社/1,300円+税

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