Web版 有鄰

533平成26年7月10日発行

有鄰らいぶらりい

寂しい丘で狩りをする』 辻原 登:著/講談社/1,600+税

過去に2回の実刑判決を受け、仮出獄後、建設作業員をしていた押本史夫は、1990年(平成2年)2月、フィルム・エディター、野添敦子を襲って強姦致傷、窃盗、恐喝未遂罪に問われ、懲役7年の実刑に処される。被害者の敦子は、引っ越しをして新しい仕事に打ち込むが、服役中の押本が〈あの女は約束を破って、おれを裏切った。娑婆に出たら、探し出して殺してやりたい〉と逆恨みをつのらせていることを知り、押本の復讐に脅える。

横浜の探偵社に勤める辣腕調査員で、敦子の依頼を受けて押本を監視する桑村みどりも、交際相手の久我の暴力に苦しめられていた。出所した押本は敦子の行方を探し、久我はみどりにつきまとう。〈久我は、全世界を木端微塵にしたいくらいの激しい怒りの発作を辛うじて抑えた。怒りは内攻して、みどりに向けられる〉――。心身に深い傷を負わされたうえ、なおも怒りや恨みにさらされる敦子とみどりは、落ち着いた日々をとり戻すことができるのか。

ストーカーとドメスティック・バイオレンス(DV)の事件が後を絶たず、深刻な社会問題になっている。本書は、錯綜する追跡劇を通し、加害者の歪んだ心情と被害者の恐怖、事件を未然に防止し難い社会構造とを克明に描きだした長編サスペンス。

日本サッカーの未来地図』 宮本恒靖:著/KADOKAWA/1,300+税

日本代表選手として2002年の日韓大会、2006年のドイツ大会の2大会連続でFIFAワールドカップに出場し、キャプテンを務めた著者は、2011年12月、34歳で現役を引退した。次に何をするのかを考えたとき、著者の中で甦ったのは、2005年にドイツでプレーをしたときの記憶だった。欧州、さらには世界のサッカー文化を学びたい気持ちが湧き、国際的なスポーツ学の大学院「FIFAマスター」に挑戦。日本の元プロサッカー選手として初の入学を果たした。本書は2012年9月の入学から2013年7月末の修了まで、FIFAマスターで学んだ知見を軸に、著者がサッカーの理想像を語るドキュメントである。

FIFAマスターは、イギリス、イタリア、スイスを移動して、スポーツの歴史、経営、法律を学ぶ。子供の頃から選手として経験してきたサッカーを、ピッチの外に出て、各国をめぐりながらみることで腑に落ちてきたものとは?試合を分析する力を伸ばしたくて、あえて一人で週末のテレビ観戦を行うなど、著者は未来を模索する。

スポーツ選手は、現役引退後の人生が長い。セカンドキャリアを考え、できることを模索し、学ぶ著者の姿は、スポーツと関わりがない人にも通じる。「世界」を見直す機縁にもなる1冊だ。

星々たち』 桜木紫乃:著/実業之日本社/1,400+税

19で夜の世界に入り、札幌のススキノを振り出しに旭川、夕張、釧路へと流れてきた咲子は、31歳だが25歳と称してスナックで働いている。炭鉱の男と別れ、いま気になるのは、かれこれ3ヵ月、3日に1度は通ってくる「ヤマさん」だ。仕事のない日は、中学1年の娘、千春が暮らす道央の実家に電話をかける。落ち着いたら呼び寄せるつもりが、叶わずに10年以上が過ぎて、千春の背丈が自分を越えてしまった……(「ひとりワルツ」)。

未婚のまま娘を産んで実家を出た後、転々とする母親の帰りを待ちながら、千春は成長していく。16歳になっても預けられっぱなしの千春の様子をうかがいながら、一人息子の将来を気にする主婦の育子(「渚のひと」)、漁師町の実家で起きた事件から逃れ、ススキノのネオンにまぎれて暮らすダンサーの麗香(「隠れ家」)、47歳で道内の一軒家に移り住んだ元編集者の河野(「案山子」)ら、周辺人物の視点から、ひとりの女性、塚本千春の半生を照射する。昭和から平成へ移りゆく時代、そこにいた人々の姿をリアルに描きだし、読者の胸に深いテーマを投げかける9編を収録。昨年『ホテルローヤル』で第149回直木賞を受賞した著者の、充実した筆致が堪能できる連作短編集である。

下戸は勘定に入れません』 西澤保彦:著/中央公論新社/1,600円+税

下戸は勘定に入れません
『下戸は勘定に入れません』
中央公論新社:刊

2010年12月26日、鵜久森市に暴風雪注意報が出た“お誂え向きの夜”、いよいよ50の大台に乗った大学准教授のおれ=古徳は、手ぶらで自宅マンションを後にした。酒店で買ったスコッチを呷りつつ歩いて、中高一貫の〈尾曽越学園〉の旧友、早稲本と、およそ28年ぶりに再会する。再会を祝して乾杯すると、若者たちが集うコンパの席にタイムスリップしてしまった。それは1982年、12月26日の夜。〈ノミマ・クレール〉という店で行われた飲み会で、22歳の古徳がガールフレンドの美智恵と参加し、早稲本もいた、あの運命の日だった――(「あるいは妻の不貞を疑いたい夫の謎」)。

同じ月日、同じ曜日、同じ銘柄で酒を飲むと、いっしょに飲んでいた相手を“道連れ”に特定の過去へとさかのぼれる――。条件つきのタイムスリップ技術をもつ孤独な准教授が、旧友の悩み相談に乗り、転落事故の謎を解き、亡き母をめぐる事件に迫るなど、「お酒」を片手に時間移動をする、4編を収めた連作本格ミステリー。名家の御曹司に恋人を奪われ、その後、結婚も仕事も挫折したおれ=古徳の状況は明るくないのだが、ウイスキー片手の時間移動はユーモラス。謎解きもドラマもカタルシスもある、味わい豊かな1冊。

(C・A)

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