Web版 有鄰

534平成26年9月10日発行

有鄰らいぶらりい

修羅走る 関ヶ原』 山本兼一:著/集英社/1,800円+税

慶長5年(1600年)9月15日。霧深く、夜明け前の闇に沈む関ヶ原。笹尾山に陣を張った石田三成は、非道な徳川家康を今日こそ成敗すると宣言した。そこに小早川家の侍大将・松野主馬が現われ、主君・小早川秀秋に二心ありと告げる。三成は関ヶ原の地形に通じる土肥市太郎、市次郎兄弟を、小早川、毛利陣営に使者として放つ。

一方、桃配山に布陣した徳川家康は、恐怖に震えていた。あらゆる策を弄してきたが、不安だ。万が一、福島正則ら秀吉恩顧の有力武将が寝返ったら?それぞれの思惑がせめぎあう中、血戦の火蓋が切られた――。

十数万の兵が激突し、徳川氏の覇権を決定づけた天下分け目の戦いを描きあげた、スペクタクル長編。三成と家康をはじめ、黒田長政、福島正則、大谷吉継ら戦国大名、松野重元、可児才蔵ら配下の武将、密命を帯びて戦場を駆け抜ける土肥兄弟ら、視点を次々と切り替えて進む臨場感は、絵巻物さながらだ。

著者は、病に冒されながらこの作品を月刊『小説すばる』に連載し、再びの病により、今年2月13日、57歳で亡くなった。〈戦の日々は、一日一日がじつに長い。/それでいて、ひと月がじつに短い〉――。男の生きざまを描ききった傑作だ。返す返すも早世が惜しまれる。

ぱりぱり』 瀧羽麻子:著/実業之日本社/1,500円+税

高校の補習で書いた詩が国語教師の目にとまり、投稿を勧められて賞を受け、17歳で詩人になった姉は、風変わりで、誰にとっても「特別な存在」だ。「妹さんは、普通なんですね」と言われて以来、六歳下の「わたし」は、「普通」という言葉にとらわれている。
〈わたしはわたしだし、姉は姉だ。姉がいても、いなくても、わたしには関係ない〉。そう思いながらも、姉を無視するわけにはいかず……(表題作)。

17歳でデビューした天才詩人、中埜すみれ。幼少時は公園で遊具を独り占めして周囲の子供たちの恨めしげな目に気がつかず、成長しても流行に興味を示さず、わが道をゆく彼女の周りには、家族をはじめとする人々がいる。すみれが生む言葉を愛し、デビュー詩集をヒットさせた編集者(「うたう迷子」)、かつて小説の新人賞で最終選考に残ったが、安定した生活を選んだ女子高の国語教師(「うぐいす」)、同棲相手との将来を気にしながら、高校のクラスメートが詩人になったと知る販売員(「ふたりのルール」)など、図抜けた個性の周りにいる人々の日常をとらえた、連作6編を収める。他者の存在を感じつつ、自分にとっての幸福な場所を少しずつ見いだしていく人々の、かかわりあいを鮮やかに描いた、青春&家族小説。

わたしのミステリー』 逢坂剛:著/七つ森書館/1,800円+税

わたしのミステリー
『わたしのミステリー』
七つ森書館:刊

今年連続ドラマ化され、新たなファンを獲得した〈百舌シリーズ〉は、著者が1作目を1980年代に発表、30年経っても色あせない魅力を放つ、ハードボイルド小説の名作だ。本書に収められたエッセー「ハメットとチャンドラー」によると、著者が最初にハードボイルド小説に接したのは、1957年、中学2年で読んだチャンドラーの『大いなる眠り』だったという。

〈なんだかよく分からない小説だな〉と感じたが、中学3年になってハメットの『マルタの鷹』を読み、〈頭をがつんとやられたように驚いた〉。このハメットとの出会いのあと、改めてチャンドラーを読み直して……。

本書は、主にミステリーに関するエッセー、書評、対談を網羅した1冊だ。第1章は海外ミステリー、第2章は日本ミステリーにかんする文章、第3章は作家の大沢在昌氏、今野敏氏、ミステリ評論家・翻訳家の小鷹信光氏ら4氏との対談を収録。ミステリーだけでなく、ギター、フラメンコ、映画、将棋など、著者の関心領域は多方面にわたるが、本書はミステリーに特化した編集により、その分野に誘われて知識がつき、どれもこれもを読みたくなる。好きが高じて作家になった著者の、プロになるほどのおもしろがり方と、ミステリーの醍醐味を堪能できる。

ナイト&シャドウ』 柳広司:著/講談社/1,500円+税

警視庁警備部警護課は、通称SP(セキュリティ・ポリス)と呼ばれ、日本国内での要人警護、対人警護を任務にする。21世紀になって数ヵ月が経った頃、同課所属の首藤武紀は、アメリカ合衆国シークレットサービス(SS)で2ヵ月間の研修を受けることになった。研修生を担当するバーン捜査官は、SSに比べ、日本の警護態勢はお粗末なものと思っている。

着任初日、銃規制を求めるデモに遭遇した首藤は、突如暴れだした男を瞬時に制圧し、人質の幼女を救う。暴漢が暴れた現場で、新大統領の暗殺を示唆する写真がみつかった。暴漢は留置場で死亡してしまい、首藤とバーンは、写真を手がかりに、大統領を狙う陰謀を追う――。

警護対象を守るため、起こりうるリスクを検討して入念に準備し、最善を期してなお危険が近づけば、身を挺して守り抜く。驚異的な予知能力を持つ凄腕SP、首藤武紀を主役に据えた長編ミステリーだ。研修という名目で海外に追いやられたヒーローが、悪と対決するアクションものと思ったら、その想定はスリリングに裏切られる。オペラ「魔弾の射手」や「スター・ウォーズ」シリーズなどの要素もまじえ、ラストまで一気に読者を引っ張る。周到につくり込まれたエンターテインメントである。

(C・A)

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