Web版 有鄰

536平成27年1月1日発行

映画ファンの思いを賞状にこめて – 海辺の創造力

北見秋満

お正月だというのに心が晴れない。うんと気が重い。

第36回ヨコハマ映画祭を2月1日(日)神奈川県立音楽堂で開催するが、毎年この時期になると受賞者に授与する賞状の文面を作らなければならないのだ。他にも仕事は山積みで、ここ数年すっきりとしない正月を続けてきている。

ヨコハマ映画祭は、横浜在住の映画好きボランティアが中心となって実行委員会を組織し、企画・運営を自らの手で行っている。映画3本の上映と表彰式というシンプルな内容。費用は一切自前、スポンサーはない。映画ファンによる映画ファンのための熱いまつり、と銘打ち、ファンや映画人の皆さま誰もが納得する、年度の優れた日本映画ベストテン選びや個人賞受賞者の選出を心がけてきた。

少なくとも年間100本の映画を封切時に見て、作品賞や女優賞・男優賞などの賞を選考するのだが、これには膨大な時間がかかり、お金もかかるわけだ。でも、そこはそれ、映画ファンの心意気を示そうというものではないか。

毎回、約1100人収容の会場は映画ファンでほぼ埋めつくされ、受賞者の方々も「ヨコハマ映画祭の受賞が何より励みになる」と過ぎたお褒めの言葉で必ず出席してくださる。

36年の歴史を刻んできたヨコハマ映画祭が賞として差上げているのは、賞状とオリジナルトロフィーと花束の三点だけで、大変質素な賞である。賞金など出せる訳もなく、それだけに賞状の文面がどれだけ真剣に映画に向き合ったかの証になる。だから余計に力が入るのだ。

「…貴殿は、悪の権化とも呼べる非道な人物像も、人のいいこどもに好かれる父親像も、何ら隔たりのない解釈によって演じきり、観客にとって驚きと讃嘆に暮れるしかない抜群の存在感を示されました。善悪二面を演じていたのか演じてはいなかったのか、謎は謎のまま作品世界に残されました」。

これ、どなたに授与された賞状か? 分かるとすれば相当な映画通といえる。

答えは、昨年度「凶悪」「そして父になる」の演技により助演男優賞の部門で映画賞を総なめにしたリリー・フランキーさん。審査委員長による賞状読み上げ時は場内に大きな笑いの渦が広がった。直後のスピーチ冒頭で「賞状であれだけ受けちゃうとやりづらいんですが」と枕詞がついた時には、してやったり、と、心の内で快哉を叫んだものだ。

授賞に関わる作品を欠かさず見てそのエッセンスを覚えておく、或いは映画メモをとる。そのようなふだんの努力なしには36年の歴史はなかっただろうと思う。

それにしてもシンドいのだ。元々が才に乏しい文章力でなるべく短文の表現をするということが。

今年もまた、箱根駅伝を見ている家人のそばで、うんうん唸っている。

(ヨコハマ映画祭実行委員長)

『書名』や表紙画像は、日本出版販売 ( 株 ) の運営する「Honya Club.com」にリンクしております。
「Honya Club 有隣堂」での会員登録等につきましては、当社ではなく日本出版販売 ( 株 ) が管理しております。
ご利用の際は、Honya Club.com の【利用規約】や【ご利用ガイド】( ともに外部リンク・新しいウインドウで表示 ) を必ずご一読ください。
  • ※ 無断転用を禁じます。
  • ※ 画像の無断転用を禁じます。 画像の著作権は所蔵者・提供者あるいは撮影者にあります。
ページの先頭に戻る

Copyright © Yurindo All rights reserved.