Web版 有鄰

541平成27年11月10日発行

朝比奈あすかと『自画像』 – 人と作品

成長過程で外見と内面はどのように影響しあうかを問うミステリー

朝比奈あすか
朝比奈あすか

主人公が語る中学時代の“事件”

婚約者に対し、改まったようすで「わたし」は語り始めた。容姿で悩み、人間関係に翻弄された、中学時代の出来事について。意外な展開が待ち受ける長編小説である。

「ずっと悩んでいたにきびが治ったとたん、周囲から別人のような扱いを受けた女の子がいたとして、その人の成長過程で外見と内面はどのように影響しあうのか。“見た目”といわれるものが、一般的に思われている以上に重要な影響を及ぼす、その怖さを書きたいと思ったのが始まりでした。主人公が語りかけるスタイルにし、“あなた”がどのような人物かを決めないまま書き始めました」

語り手の「わたし」、田畠清子は、私立Y学館大学附属中学校に入学した。クラスでグループが構成され、“序列”が生まれる。目立つ男子生徒の多岐川くんがいるグループは地位が高く、清子たちは「レベルが低い」とからかいの対象にされてしまう。

「からかったり、騒いだり、何を言われるか、中学時代、男の子たちの突発的で過剰な反応を、怖く感じた時期がありました。高校になると男の子が成長して、互いに認め合える関係になっていきますが、容姿について一方的な言葉を投げつけられ、心を抉られる頻度と深刻さは、男性よりも女性の方が大きいと思います。いやな言葉や態度を受けて、抉られていないふりで我慢する人もいると思うので、傷つけられる状況や感じていることを書きました」

グループ内の葛藤、遠足の班決め、男子による“女子ランキング”など、中学の“事件”が次々描かれる。清子の1年D組には、担任教師の岩永の作為で孤立させられた蓼沼陽子がいた。一方、A組の松崎琴美は、学年一の美少女として一目置かれている。しかし、同じ塾だった清子だけは秘密を知っていた。琴美は、中学に入る直前に美容整形をしたのだ。

「小説を書き始める前から、蓼沼さんが自画像を描くシーンのイメージがあったんです。美醜を気にして内面まで影響される清子と、超然としている蓼沼さんの、両方を書いてみたかった」

WHO AM I?ある日、美術教師の提案で自画像を描くことになる。クラス全員を驚かせたのが、蓼沼さんの自画像だった。自分を観察して立体的に描かれた精緻な絵には、なぜか目の玉にだけ色がついていなかった。

「とにかく書いてみたい人物でしたが、蓼沼さんがこれほど深く物語に関わってくるとは思いませんでした。中学はいじめもピークになる時期で、自ら命を絶ってしまう人さえいる。幸せに過ごせるのに越したことはなく、誰もが通る道、通過儀礼と他人事として扱わず、一人ひとりが幸せな思春期を送ることができる人間関係や環境をつくる必要があると思います。いじめや虐待などにおいて、被害者側にも原因があったということは絶対にない。加害者が何もしなければ何も起こらなかったと、この小説でははっきりと書きたかった」

疑問を覚えたり心動かされることが小説の原動力に

1976年、東京都生まれ。慶應義塾大学卒業。2000年、ノンフィクション『光さす故郷へ』を刊行。2006年、「憂鬱なハスビーン」で第49回群像新人文学賞を受賞して小説家デビュー。著書に『憧れの女の子』『あの子が欲しい』などがある。

「子供の頃から、家にある本や図書館の本を濫読していました。記者になりたくて出版社に就職し、広告部門から雑誌編集部に異動したのですが、夫の海外赴任で退職しました。帰国して復職がかなわず、家族がいて幸せなのに葛藤している状況を小説で書いて、デビューしました」

しなやかな文体を持ち、純文学とエンターテインメントの境を超えて書いてきた。最近は就職活動など、社会問題にも切り込む。驚きの展開が待ち受ける『自画像』は、新境地のミステリーだ。

「ネットやテレビを見ていて、どうしてネットや社会にはこれほど多くの憎悪が蠢いているのか、書かずにいられない気持ちになります。疑問を覚えたり、心動かされることが小説の原動力になるので、もやもやした気持ちがある限りは小説で書きたい。なるべくフラットに書いてきましたが、最近は憤りを覚える事件が多く、それどころではなくなってきた感じです。小説のよさは、読者一人ひとりの考えに委ねられるところ。熱く同意する人、冷静に受け止める人、違う考えを持つ人がいると思う。政治と違って拘束力がない小説は、自由な場所だと思います」

(青木千恵)

自画像

自画像』 朝比奈あすか/双葉社/1,500円+税

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