Web版 有鄰

543平成28年3月10日発行

三上 延と『江ノ島西浦写真館』 – 人と作品

心に傷を持つ主人公が江ノ島の写真館で過去と向き合う青春ミステリー

三上 延
三上 延

祖母が遺した写真に秘められた謎

缶の中に残された、“未渡し写真”。亡き祖母が切り盛りしていた写真館を訪れた主人公が、写真に秘められた謎を解く。江ノ島を舞台にした青春ミステリーである。

「高校時代の後輩の家が大正期創業の写真館で、遊びに行ったこともあり、写真館を舞台にした物語を書いてみたいと思っていました。写真そのものが題材として面白そうで、ふたつをあわせて企画しました。カメラが一般家庭に普及していなかった頃は、観光地で写真館が繁盛していて、江ノ島にも多くあったと知り、舞台にしました」

2015年1月、OLの桂木繭は、前年10月に病死した祖母が営んでいた写真館を訪ね、「未渡し写真」と書かれた缶をみつける。いちばん上の写真袋には、撮影された時代が異なるのに、同一人物のような男たちが写る写真が入っていた。不思議に思っていると、写真の男性が受け取りにやって来る――。

「写真館を舞台に、過去を掘り起こす物語にしようと考えました。過去をたどるきっかけとして、未渡しの写真を返していく設定はどうかなと。登場人物の詳細を決め、写真の人物が訪ねてくる流れを思いつき、謎の答えと物語をつくっていきました。つくり方はその都度違いますが、共感を持ってもらえる物語にすることを大事にしています。人生観のようなものが含まれていないと、説得力がなくなると思っています」

写真を受け取りに来た真鳥秋孝は、繭よりひとつ上の医大生。半年前に焼き増しを注文した祖父が他界し、秋孝が写真館に来た。本書は4話が収められ、未渡し写真の謎を解くうちに、繭の過去も明らかになっていく。繭はある出来事によって、写真家になる夢をあきらめた。

「何かを抱えている人物は読者の関心を引きますし、過去の傷が癒されていくイメージを書いてみたかった。秋孝は、繭と対照的な人物として設定しました。抱えているものが大きい繭に対し、秋孝は、外面はいいが内面が欠落した人物。このふたりのキャラクターに沿って、物語が生まれてきました」

繭も、過去と向き合う。幼なじみの琉衣と絶縁し、人間不信に陥る出来事に遭遇した繭だったが、「時間」がどの人にも流れていた。

「繭の過去については、明らかな犯罪を絡ませたくなかった。いまの時代に人間が精神的に追い詰められるとしたら、このような状況ではないかと考えました。ただ、人間はそうずっと怒っていられないものという僕自身の考え方もあって、過去に対する怒りが変化していく感じにしました。書いてみて、江ノ島を舞台にしてよかったと思いました。海岸から歩いていける距離にありながら島で、独特の空気が流れている。今回は江ノ島や写真館の取材で得たことを、物語や仕掛けに生かすことができました」

過去と現在のつながりや変遷を小説に表現したい

1971年生まれ、神奈川県出身。古書店勤務を経て『ダーク・バイオレッツ』で第8回電撃小説大賞第3次選考を通過し、2002年に同作でデビュー。2011年に発表した『ビブリア古書堂の事件手帖』がベストセラーに。著書に「モーフィアスの教室」「偽りのドラグーン」シリーズ、『読書狂の冒険は終わらない!』などがある。

「本が好きになったきっかけを挙げるなら、幼稚園のときに読んだ谷川俊太郎さん訳の『マザーグースのうた』です。残酷な内容の歌が挿絵つきで載っていて、インパクトがありました。江戸川乱歩を読んだのは小学3年生ぐらいで、背伸びをして大人向けのものも読み、子供が読んではいけない本とはこういうものなんだなと初めて思いました(笑)。読むのと同時に文章を書くのも好きで、高校で文芸部に入り、ミステリーのような話を書いたら面白いと言ってもらえて、嬉しくて、小説家を志しました」

ライトノベルを書き続けて頭角を現した。本作は、初の単行本となる。

「先々のことは決めてなくて、経験していないことをやってみたい。僕は古いものに関心があって、古い建物や昔ながらの場所をみたり、過去の出来事や昔の人の生活を調べるのが好きです。人間の生活の中で何が変わり、何が変わっていないのかに興味がある。当たり前にみていた風景が変わるなんて、前は思っていなかった。自分も人生を重ねてきて、実際には知らない時代がいまと地続きだと認識できるようになってきたので、小説に反映できればいいなと思っています」

(青木千恵)

enoshimanishiura
江ノ島西浦写真館

三上 延/光文社/1,200円+税

『書名』や表紙画像は、日本出版販売 ( 株 ) の運営する「Honya Club.com」にリンクしております。
「Honya Club 有隣堂」での会員登録等につきましては、当社ではなく日本出版販売 ( 株 ) が管理しております。
ご利用の際は、Honya Club.com の【利用規約】や【ご利用ガイド】( ともに外部リンク・新しいウインドウで表示 ) を必ずご一読ください。
  • ※ 無断転用を禁じます。
  • ※ 画像の無断転用を禁じます。 画像の著作権は所蔵者・提供者あるいは撮影者にあります。
ページの先頭に戻る

Copyright © Yurindo All rights reserved.