Web版 有鄰

543平成28年3月10日発行

有鄰らいぶらりい

獅子吼』 浅田次郎:著/文藝春秋:刊/1,400円+税

〈けっして瞋るな〉

父の教えはそのひとつきりだった。草原で生まれて人間に捕らえられ、見知らぬ国に運ばれて檻の中で暮らす獅子の「私」は、父の教えを守って幸福に暮らしていた。人間によって子供が連れ去られても、子供を失った妻が嘆きで死んでも怒らなかった。しかし、さらに過酷な運命が降りかかる(表題作)

昭和40年、バスを利用した日帰りスキーツアーで、工員の妙子は、大手電機メーカーへ転職が決まった年下の同僚・光岡に思いを伝えようとする。しかし、“時代”が仕掛けたワナに足をとられて……(「帰り道」)

下町で小料理屋を営む真知子は、“腐れ縁”が続く春夫と、近場の観光地へと出かけた。駅待合室の片隅にいた老番頭の案内で、風呂が売りの宿に決める。そして、老舗旅館で起きた出来事とは(「九泉閣へようこそ」)

ほかに、「うきよご」「流離人」「ブルー・ブルー・スカイ」の、計6編を収めた最新短編集。戦時中の事件を題材にした表題作、紛争の影響で東大入試が中止された昭和44年が舞台の「うきよご」など、昭和期の出来事を主に描き、ままならぬ運命を引き受けた人々の美しい魂を表現して読者の胸をうつ。著者の傑出した力量と、短編の醍醐味が味わえる。

6月31日の同窓会』 真梨幸子:著/実業之日本社:刊/1,500円+税

神奈川県にある、初等部から短大まで女子一貫教育の蘭聖学園は、創立100年を数えるお嬢様学校。多くの生徒が初等部からエスカレーター式で進級するが、年によって中等部と高等部で外部一般入試があった。2014年6月、売れっ子漫画家の柏木陽奈子は、“6月31日”に開かれるという同窓会の案内を受け取って以来、不眠に悩まされていた。案内状が届いた日に電話をかけてきたかつてのクラスメイト、大崎多香美が不審死を遂げたと知る。そして、陽奈子も……。

弁護士の松川凜子は、漫画家・柏木陽奈子を歩道橋から落とした小林友紀の弁護を担当する。蘭聖学園OGの友紀は、後輩の陽奈子を突き落としたのは“お仕置き”にすぎないと、無罪を主張した。弁護する凜子も蘭聖学園OGで、特待生として優遇されながら東大に進めずそしられたため、奮起して司法試験に合格した経歴の持ち主だった。そんな凜子の事務所に、同窓会の案内状が届く。

6月31日に開かれる同窓会の案内が来た者には、お仕置きが待っている……。学園の伝説を裏づけるかのように、次々と死を遂げる“89期生”の因縁とは。真相へと引き込む筆致が巧み。人間が隠し持つ“劣情”をあざやかに浮き彫りにした、ダーク・ミステリー。

家康、江戸を建てる』 門井慶喜:著/祥伝社:刊/1,800円+税

家康、江戸を建てる
『家康、江戸を建てる』
祥伝社:刊

天正18年(1590)夏、小田原攻めの陣中で、「北条家の旧領である関東8か国をそっくりさしあげよう」と、豊臣秀吉が徳川家康に告げた。相模、武蔵、上野、下野、上総、下総、安房、常陸の関八州は大領地だが、邪魔者を追いやる意図が透けて見えた。家臣団が怒る中、家康は国替えを受け入れる。東海5か国を後にして選んだ入部先は、江戸城。石垣もない粗末な陣屋の周囲には、泥湿地が広がっていた――。

地質改善のために、川をつけ替える大事業を行った伊奈忠次(第1話「流れを変える」)、家康に抜擢されて小判を鋳造、金座を統括した後藤庄三郎(第2話「金貨を延べる」)。ほかに水道網敷設や江戸城大増築など、やがて日本の中心地として大繁栄していく街の、インフラ整備に奔走した人々を描く。

天下の行方がまだ定まらない時代に、武将ではなく、街づくりに励んだ文官に注目した着眼点が面白い。あえて手つかずの土地に未来を賭けた家康を軸に、不遇をチャンスに変え、太平の世を開いた人物の広い視野を生き生きと伝える。5話収録の連作短編集で、主家に踏みつけにされながらも、仕事に邁進した後藤庄三郎を描いた第2話は、耐えて勝った家康と庄三郎の特質があざやかにオーバーラップする好短編だ。

救命センターカルテの向こう側』 浜辺祐一:著/集英社/1,200円+税

東京消防庁管内では救急車の出動件数が伸び続け、2009年の年間約65万5千6百件から、2013年は約74万9千件に増えている。昭和期は交通・労災事故の外傷患者が多かったが、平成に入ると高齢化を反映し、病気による65歳以上の患者が多くを占める。

本書は、下町にある都立病院に1985年に赴任して以降、30年にわたって救急医療に従事し、現在は救命救急センター部長を務める著者によるストーリー風エッセイだ。意識障害で運ばれた60代後半の男性は、独居老人だった。たまたま発見された患者をめぐる“絆”とは(「孤独死」)。のどと胸部を刺されて搬送された70がらみの男性が、意識が回復して発した言葉は、「妻を殺した」(「刺創」)。44歳の男性が大けがで運び込まれた。緊急手術の同意書署名を、家族が拒否する。けがをした男性は、家庭内暴力の常習者だった(「同意書」)。

98歳の患者の隣のベッドで生後半年の乳児が横たわり、並んで人工呼吸管理を受ける光景もある。その実は救急搬送を必要としない人からの出動要請も増えており、高齢化の波が押し寄せる現場の葛藤を伝える。幸いにも健康な人には知られざる、現代の社会状況と臨床医の本音をリアルに綴った1冊。

(C・A)

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