Web版 有鄰

545平成28年7月10日発行

有鄰らいぶらりい

遊園地に行こう!』 真保裕一:著/講談社:刊/1,500円+税

遊園地に行こう!・表紙
『遊園地に行こう!』
講談社:刊

喧嘩で大けがを負い、顔に傷跡が残ってしまった亮輔は、私鉄沿線の田園地帯にある遊園地「ファンタシア・パーク」のアルバイトに採用された。顔の傷が見えない着ぐるみ役を志望したのに、配置されたのはインフォメーション・カウンター。指導役で現われたのは、黒いローブのような制服をまとった、60歳前後の女性だ。彼女こそ、50歳をすぎてアルバイトとして勤め始め、たった2年でシニア・パルに昇格、“ファンタシアの魔女”と呼ばれる及川真千子だった(第1章 神様のいたずら)

ダンサーとしてビッグ・チャンスを狙いながら、生活のためにファンタシア・パークで踊る新田遥奈は、周囲の人々の上昇志向のなさに呆れていた。ひざを痛めた同僚の代わりにファンタシアのトップアイドル、妖精エルシー役に抜擢されるが、帰国する外国人ダンサー、マークの新チーム結成話に心が揺れる(第2章 夢へのステップ)

多くの若者たちが働く、遊園地を舞台にした長編小説である。亮輔や遥奈のほか、深夜に遊園地のメンテナンスをする篤史ら、悩みを抱える人々の前にいる”魔女”は何者か?幾多の謎が仕掛けられ、引き込まれるお仕事ミステリー。累計25万部突破中、「行こう!」シリーズ第3弾にして最新作!

荒仏師 運慶』 梓澤要:著/新潮社:刊/1,800円+税

「醜い顔」と母に疎まれた「私」は、女のなめらかな肌や仏像の端整なお姿など、美しいものに魅了された。奈良仏師、康慶の子として生まれ、早くから父の工房で才能を発揮する。初の大仕事は、柳生の里の円成寺から注文された大日如来像だった。ひと目で恋に落ちた傀儡女の肢体を写し取り、如来像を制作した「私」は、自信に満ちて「実弟子運慶」と銘を記し、驕りたかぶるな、と父に激しく叱責される――。

平安時代から鎌倉時代にかけて活躍した仏師、運慶を描いた長編小説である。治承4年(1180)、平重衡によって奈良の仏教寺院が焼き討ちに遭うなど、平氏から源氏、北条氏へ、戦火とともに政権が移りゆく中、仏師集団を率いて美の世界を追い求めた男の生涯に迫る。

〈それが人間というものの正体だとしたら、生身の肉体がそのまま神仏でもあるということか。この男たち、殺戮者であるこの武者たちもまた、神仏の一つの姿ということか〉。屈強な鎌倉武者を見つめ、祈りを込めて、目前の世界を美に昇華させていく運慶。もうひとりの天才、快慶との確執、東大寺を復興した重源、鎌倉の北条政子ら、要人との人間模様を通して、運慶のすべてを描ききった。読み応え十分の歴史エンターテインメントである。

虹の巣』 野中ともそ:著/KADOKAWA:刊/1,800円+税

1996年、料理の腕が買われ、岡野暁子が、由崎家で家政婦として働き始めてから1年が経った。都内の高級住宅地に暮らす由崎家は、脇役専門俳優の由崎克彦と元女優の妻・鈴子、一人娘で5歳になる日阿子の3人家族だ。児童劇団に通う日阿子は、テレビドラマの主役に抜擢される。鈴子も母親役で芸能界に復帰するが、実は由崎家は、かつて辛い事件に見舞われていた。自らも過去がある暁子は、ずっと由崎家に勤めたいと考えていたが、ある日、不穏な電話を受ける。

時は遡り、1986年。撮影所を得意先にする仕出し弁当惣菜店「磯や」の一人娘、佳恵は、妖艶な悪女役で知られる柏鈴子と出会う。由崎克彦との結婚を機に女優を引退すると知り、自ら志願して由崎家の家政婦になる。両親を手伝う地味な生活から抜けだしたかった佳恵は、やがて事件の当事者になるとは想像していなかった――。

物語は、暁子、佳恵、暁子に恋焦がれる清志の、3人の視点で綴られていく。仲睦まじい夫婦と、やんちゃな一人娘。幸せ家族の由崎家でかつて何があったのか、彼らはどうなるのか、ぐいぐい引き込まれる。著者初の長編ミステリーで、やがて明らかになる真実に考えさせられる。母と子の絆をテーマにした、優れた長編小説だ。

青と白と』 穂高明:著/中央公論新社:刊/1,500円+税

2011年3月11日、都内のワンルームで確定申告の計算をしていた「私」は、大きな揺れに見舞われた。テレビをつけると、「震度7 宮城北部」とある。宮城県名取市に住む両親、仙台市内の妹夫婦の家や父の勤務先に電話を掛けたがつながらず、携帯メールの返事も来ない。やがてテレビから流れてきたのは津波の映像だった。故郷の景色が、真っ黒な水に覆われていくようすを映したテレビ画面を、「私」はただ見つめているしかなかった。

ようやく連絡がとれ、祖母と両親、妹夫婦の無事が確認されたが、母の妹である叔母の行方が分からず、四月になって遺体が見つかった。母の伯父も犠牲になった。ひとり家族と離れて東京に住み、研究職のキャリアや安定した生活を捨てて小説家の道を歩んでいた「私」は、故郷と家族、親戚、知人との関係を通して、自分の身体に刻まれた震災の深い爪あとを見つめざるを得なくなる。

小説家の「私」、妹を津波に奪われて喪失感にさらされる「私」、放心状態の母や不安定な姉を案じながら、自らも生き直していく「私」。母と姉妹、3人の視点から家族の葛藤を描きあげている。〈――ほんの少しだけ、先に逝ってて。いつか必ず私も、そっちへ逝くから〉。著者だから書けた物語である。

(C・A)

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