Web版 有鄰

547平成28年11月10日発行

十行半の女 – 海辺の創造力

青山文平

この9月1日に刊行になった私のいちばん新しい長編『励み場』の冒頭には、「十行半」の女が出てきます。私がこしらえた言葉ではありません。江戸時代、そういう言葉があったのです。三行半が3回で、「十行半」。つまり、3度、離縁をした女、のことを指します。

となると、ふしだらな女とか、身持ちのわるい女とかを想い浮かべませんか。少なくとも、いい意味は含んでないな、と、あらかたの方は想われるのではないでしょうか。おそらくは、後ろ指を差す言葉なのだろう、と。

ところが、です。どちらかと言えば、「十行半」は、褒め言葉なのです。

3度、離縁しても男がついて回る、いい女。魅力に溢れた、あだっぽい女というニュアンスがある。3度の離縁は、女の不埒を糾弾する材料ではなく、女の抗いがたい魅力を称える材料として使われているのです。

こういう使われ方から、江戸人の幾つかの心性が読み取れますね。

まず、1つ目は、彼らが離縁・再縁を否定的に捉えていないことです。事実、武家の離婚率、再婚率は相当に高いし、妻も大事な働き手となる農家では、むしろ出戻りを歓迎したらしい。一度、ひとの女房になって、諸々経験している女のほうが、初婚の女よりも上手に家を切り盛りできるというわけです。

確かに江戸時代には、離縁・再縁を是としなければならない諸々の現実がありました。たとえば、医療技術や施設の貧しさです。病気や怪我と無縁でいられた人たちは現代人と変わらずに長生きしますが、むろん、そんな幸運な人たちばかりではありません。とりわけ女性が避けられないのがお産です。いまよりも遥かに多くの方が、出産という大事を乗り越えられずに亡くなりました。まだ幼い幾人かの子を残されて、妻に先立たれた夫はたくさんいたはずです。そういう夫が後添えを迎えるとしたら、やはり、子育てを体で知っている女性を望むでしょう。

そのように江戸時代は、初婚を尊んでなんぞいられない時代だったわけですが、しかし、「十行半」からは、“しかたなしに”という匂いは伝わってきませんね。“本当は初婚のほうがいいのだけれど、家のことを考えるとそうもいかないから、出戻りで我慢する”という感じではない。掛け値なしに女のあだっぽさを称えている、鼻の下の長い男の顔が浮かんできて、私はそこから江戸人の、寛容さや、おおらかさといったものを感じます。

そして、本来、私たちにしても、「十行半」から知らずにネガティブな意味を感じ取ってしまうような人たちではなかったのでないかと思うのです。私たちはもっとおおらかだったし、もっと寛容だった。だから、私自身も、「十行半」と聴いたら、即座に、“おっ、あだっぽいねえ”と返せる人でありたいと思います。そのほうが、たぶん、世の中、ふくよかで、怪しく、日々、暮らしていて、きっと、楽しい。

(小説家)

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