Web版 有鄰

549平成29年3月10日発行

須賀しのぶと『また、桜の国で』 – 人と作品

第2次大戦中のポーランドで若き日本人外交官は何を思い、どう決断したのか

須賀しのぶさん
須賀しのぶ
(撮影・近藤陽介)

国民の誇りを賭けた戦い

第2次世界大戦が勃発、ドイツなど周辺国に脅かされるポーランドを舞台にした物語だ。若き日本人外務書記生が祖国のために戦う人々と出会う、圧巻の大作である。

「6年前に『神の棘』を刊行した際、すぐに執筆依頼の連絡をくださったのが祥伝社の編集担当者でした。ポーランドを舞台にした物語をと言われましたが、当時は『神の棘』後の燃え尽き症候群状態で、書ける力量がないと保留にしていました。その後、ポーランド人の戦災孤児を日本が受け入れていた史実を知り、取っ掛かりにして書けるかもしれないと思いました」

1938年10月、27歳の外務書記生・棚倉慎は、ワルシャワの日本大使館に着任した。慎がポーランドという国を初めて知ったのは、9歳のときだった。ポーランド人の孤児カミルと、東京で友達になったのだ。慎のポーランドでの日々が始まる。

「読者が入りやすいように日本人を主人公にし、普遍的な超王道青春小説にしようと考えました。なにしろポーランドは遠い国ですから、ポーランド人孤児と日本人の関係、主人公の成長物語をメインにしないと、引っ張っていけない感じがしたんです」

本書は当初、月刊『小説NON』2015年12月号から2016年4月号に連載された。連載終了後にポーランドを取材し、連載時の原稿を300枚削り700枚加筆して、1000枚の大作となった。

「手探り状態で連載を書き終え、自分なりのポーランド観を掴まないと小説として成立しないと思ったので、取材に行きました。現地の人と話し、至る所にある記念碑や銅像を見て、穏やかな民族性の中に、虐げられたら抵抗する、絶対にあきらめない精神と歴史感覚が組み込まれていると実感し、全体を書き直しました。勝ち目がないのになぜ戦ったのか、ワルシャワ蜂起について理解しがたかったのですが、将来を見据え、未来の子供に語り継がれるために、徹底抗戦した証を残したかったのだと思いました」

1939年、ドイツ軍がポーランド領内に侵攻し、第2次世界大戦が始まる。ドイツと同盟関係にある日本の外交官でありながら、慎はいかなる道を選ぶのか――。

「志を持って外務書記生になり、日本のために働いていた人が他国の戦いに参加するなんて、よほどの理由がないとできない。私自身が納得しないと書けないので、慎がどの道を選ぶのか、ぎりぎりまで悩みました。ワルシャワ蜂起のエピソードを単行本で加筆し、連載時になかった主人公の最後の台詞を書いたとき、この小説の”核”が見えました。最後の一言を書いたとき、見える小説と見えない小説があり、この小説は見えたので、これでよかったんだとほっとしました。私は恥ずかしがるタイプで、熱くならない方なのですが、ポーランドを舞台にした今回は、情緒的な熱い物語になりました」

ドイツへの関心から世界的視点へ

1972年、埼玉県生まれ。上智大学文学部史学科卒業。1994年、「惑星童話」でコバルト・ノベル大賞の読者大賞を受賞しデビュー。2010年、『神の棘』がミステリーランキングで上位にランクイン。2013年『芙蓉千里』(3部作)で第12回センス・オブ・ジェンダー賞大賞、2016年『革命前夜』で第18回大藪春彦賞を受賞。

「『三国志』など子供の頃から歴史物が好きで、父の蔵書にあった本を読んでいました。中学1年の頃、友達がはまった太宰治に対抗できるものを読もうと、出会ったのがトーマス・マン『トニオ・クレーゲル』でした。優越感と劣等感がないまぜになった主人公の心理が、中学生の心に刺さりました。その頃、氷室冴子さんの少女小説にも出会い、夢中になりました」

トーマス・マンを端緒にドイツへの関心を深め、大学で西洋近現代史を専攻。在学中に初めて書いた小説でデビューした。幅広いジャンルを手がけ、本書が直木賞の候補になるなど、大型の女性作家として注目されている。

「近現代史を語り合う人がなかなかいなくて、読者と語り合いたい気持ちで書いています。女子が普通にアプローチして、非常に面白い時代です。少し前のことを調べると、今の時代との共通点が見つかり、難民問題など、人間が同じことを繰り返していると分かります。自国の視点にとどまらず、別の国から見てみるといいのにと思うことはありますね。ポーランドを調べて気づくことがたくさんあったので、ほかの国も書いてみたいと思っています」

(青木千恵)

また、桜の国で・表紙

また、桜の国で』 須賀しのぶ/祥伝社/1,850円+税

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