Web版 有鄰

549平成29年3月10日発行

有鄰らいぶらりい

裏関ヶ原』 吉川永青:著/講談社:刊/1,500円+税

慶長2年(1597)12月。朝鮮出兵で釜山に布陣していた黒田如水は、豊臣秀吉の義理の甥で16歳の総大将、小早川秀秋の軍監を務めて勝利する。しかし、頼りない秀秋に不安を覚え、三城を放棄して兵を整える策を進めて、諸将との間に確執が生じる。元は播州姫路の小領主だった如水は、知恵を絞り、戦場を駆け回り、軍師として名を馳せてきたが、時流は変化していた。やがて、秀吉が世を去る(「幻の都」)

慶長3年の秀吉の死にともない、朝鮮から兵が撤退。翌4年、前田利家が死去した日の夜に石田三成邸が襲撃され、武将間の確執があらわになる。蟄居した三成を挑発する徳川家康との因縁浅からぬ真田昌幸は、身を震わせる。武田家滅亡後、主家を変えながら変幻自在に立ち回ってきた昌幸が、次にくり出す「化け札」とは?(「背いてこその誠なれ」)

豊臣秀吉の死後、徳川家康が勢力を増す中、全国の武将はどのような心理で「その日」を迎え、生きたのか。日本が東軍と西軍に分かれ、たったの一日で勝敗が決した「関ヶ原」を、黒田如水、佐竹義宣、細川幽斎、真田昌幸、最上義光、織田秀信ら、乱世を生き、しのぎを削った武将の来歴と内心から描く。緻密な時代考証と心理描写がスリリングな短編集だ。

美しい国への旅』 田中慎弥:著/集英社:刊/1,400円+税

「僕」が住んでいた街の空気は汚れていて、街の人たちはマスクを頼りに呼吸をして暮らしていた。世界のほとんどが「灰色の濁り」で覆われており、濁りの中心には基地があり、世界を灰に変え、空気を濁らせる兵器の実験がくり返されている。兵器の開発と、あちこちでくり返された戦いによって世界は濁ってしまったのだ。老人でさえ、透明な風や空気を見たことがない街に生まれ育った「僕」は、夜盗に母を殺され、仇討ちのために街を出る。

列車など走らなくなった線路を頼りに、東へ向かった「僕」は、女兵士のハセガワと出会う。国民増加のために戦場から内地に呼び戻され、基地を追い出されたハセガワは、「司令官」を殺害するために基地に戻るという。行動をともにするが、やがてハセガワが咳をくり返して――。

「濁り」に汚染され、人間がかろうじて生存しているディストピア(理想郷の逆)を舞台に、14歳の少年が目にする光景と、たどる運命を描く。兵器の開発と戦争がくり返された結果、後戻りも再生もできなくなった世界に、わずかでも希望はあるのか。2012年に『共喰い』で第146回芥川賞を受賞した著者が、透明な空気と風が消え、殺伐とした世界を精密な筆致で描き出す。今の世界を逆照射する。

夜明けまで眠らない』 大沢在昌:著/双葉社:刊/1,600円+税

午後6時から朝までの12時間、タクシー運転手の久我が夜に働くのは、5年前から暗闇の中で眠れなくなったからだ。ある日、指名を受けて青物横丁へ向かい、血の匂いのする男性客を乗せた久我は、携帯電話を拾う。着信があって届けに行くと、乗せた客とは違うヤクザものに携帯電話を奪われそうになる。

現在はタクシー運転手をしている久我だが、かつては紛争地で傭兵として働いたベテラン兵士だった。外人部隊を10年で除隊し、民間軍事会社に転職。中央アフリカの小国アンビアに派遣された。しかしアンビアには、「夜歩く者」を意味する「ヌワン」と呼ばれるゲリラがいて、夜、寝ている兵士を音も立てずに殺害する蛮行を繰り返していた。内戦は終結し、過去と決別しようと帰国した久我だったが、夜の闇の中では眠れない体になっていた。タクシーに携帯電話を忘れた男は桜井といい、過去を知っているらしい。桜井の遺体が河川敷で見つかり、久我は過去の因縁に巻き込まれていく。

紛争地で悪夢のような現実を経験し、後遺症に悩まされる主人公が、東京に現われた見えない敵の脅威にさらされながら、忌まわしい過去と対峙する。心を覆った暗い闇に光は差すのか。ハードボイルド小説の第一人者による、疾走感あふれる長編作。

果てしなき追跡』 逢坂剛:著/中央公論新社:刊/1,900円+税

果てしなき追跡・表紙
『果てしなき追跡』
中央公論新社:刊

明治2年(1869)5月、箱館。旧幕軍が樹立した箱館政府に対する官軍の総攻撃が始まった。京都、鳥羽伏見から北上して転戦、幹部として箱館政府に加わっていた元新選組副長・土方歳三は、乱戦の中、敵弾に倒れる。歳三と同じ石田村の出身で、幼い頃から彼を慕い、兄とともに箱館までついてきた時枝ゆらは、負傷した歳三を救い、箱館沖に停泊していたアメリカ商船へと逃れる。歳三は命を取り留めるが、負傷前の記憶をなくしてしまう。

船内の治安を預かるシェリフ(保安官)のティルマンに正体を暴かれないよう、内藤隼人と名を変えた歳三は、ゆらとサンフランシスコに上陸する。執拗な追及をかわすため別行動をとることにし、隼人は黒人給仕のピンキーと街を出て、大西部を転々とすることになる。彼を追いかけるゆらだが、ふたりは再会できるのか。

大政奉還(1867年)から2年後、箱館戦争で戦死したと伝わる土方歳三が生きていたら――。一方、アメリカは、南北戦争の終結(1865年)からほどなく、奴隷解放や原住民との紛争などの問題を抱えていた。記憶をなくしたサムライが海を渡り、アメリカ大陸を駆けめぐる。個性的な人物同士のかけあいも楽しい、壮大なスケールの冒険小説である。

(C・A)

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