Web版 有鄰

551平成29年7月10日発行

西村健と『バスを待つ男』 – 人と作品

高齢の元刑事が路線バスで出合った謎を解く“バス散歩ミステリー”

西村健さん
西村健

登場人物全員が善人の小説

東京・錦糸町駅前から出るバスは、さまざまな方向へと旅立っていく。元刑事がバスであちこちを訪ね、謎と出会うミステリー短編集だ。

「元々乗り物が好きで、実業之日本社の方とお会いした際に鉄道の話で盛り上がりました。鉄道ミステリーを書いてくださいと言われましたが、鉄道ミステリーは先達が数多く手がけておられ、私などおこがましい。バスも好きなのですがと提案し、書くことになりました」

警視庁を退職して10年。「私」は東京都シルバーパスを使い、バスの旅を始める。錦糸町から大塚駅行きに乗ったのを始めに、毎日のように散策する中、平井駅前のバス停にいつも座っている男がいるのに気づく。妻に“謎”を話してみると――。

「長い路線を乗り継いでいると、ターミナルの錦糸町に着いていたりします。それで主人公の自宅を錦糸町の近くにしました。私もバスに乗っていて、何事?と思うことがあり、ぱっと解いてくれる人がいたらと思っていたんです。当初のタイトルは『バスの老人』で、安楽椅子探偵の先駆『隅の老人』に因み、シルバーパスを使うので連想しました。観察眼の鋭い元刑事が謎に気づくが、その場で解決したらシンプルすぎる。家で話すと、妻がたちどころに解いてしまう方が面白いかなと考えました」

新宿からバスに乗り、王子稲荷を訪ねると、周りと違う前掛けをしている狐の像がいる。なぜ? 謎と出会っては解き明かされていく。

「普段バスに乗る中で、関心を持っていた場所を舞台にしていきました。今回の本のために訪ねたのは多磨霊園ぐらい、先にトリックを考えていたのは王子だけでした。ほかは改めて現地に行き、歩きながら謎とストーリーを考えていきました。落語も好きで、『王子の狐』など落語を絡めたのも特徴です」

8編と終章で構成され、過去の未解決事件も掘り起こされる。主人公夫婦は娘を亡くし、2人暮らしだ。謎解きだけでなく、心情の移り変わり、バス仲間や若い世代との交流など、しみじみとした人間ドラマも味わえる。

「これまで悪人ばかりを書いてきて、違うものを書いてみたかったので、登場人物全員が良い人というのが今回のコンセプトでした(笑)。落語でいう人情噺ですね。私はほっつき歩いて、昔ながらの場所がなくなったのを見て残念だったり、ここはまだ残っていると思ったりしています。一度変わると、どんな場所だったか分からなくなってしまう。懐かしい感じが残っている場所が好きですね。変わりゆくことへの思いが自然と入りました」

小説が読まれ書かれるのは心を豊かにするから

1965年、福岡県生まれ。東京大学工学部卒。労働省勤務後、フリーライターに。96年『ビンゴ BINGO』で作家デビュー。『劫火』『残火』で日本冒険小説協会大賞。『地の底のヤマ』で吉川英治文学新人賞と日本冒険小説協会大賞。『ヤマの疾風』で大藪春彦賞。他に「博多探偵ゆげ福」シリーズ、『光陰の刃』などがある。

「幼い頃から本が好きで、小学4年で山中峯太郎先生翻訳のシャーロック・ホームズに出会い、ミステリーファンになりました。クイーン、ヴァン・ダイン、クリスティと古典を読み、小学6年の頃には作家志望でした。学生時代から新宿の酒場『深夜+1』に出入りして内藤陳さんの薫陶を受けました。役所に勤めながら小説を書こうと思いましたが、多忙で兼業は無理だと4年で退職、ライターになりました」

アウトローが登場するダイナミックな作品を描いてきたが、今回は初めて高齢者を主人公にし、トラベルミステリーとしても都バスに着目した新基軸の1冊になった。続く6月頭発売の最新刊は『最果ての街』(角川春樹事務所)。日雇い労働者の街、山谷が舞台である。

「こんな人がいたらいいなと、現実になかなかいないような人や人間関係を描けるのが小説の良さです。物語のさじ加減は書き手にとっても醍醐味。私自身が読者でしたから、自分が好きで読みたいと思えるものを書いています。“コーヒー1杯ガマンすれば、キミは世界中に飛べる”と内藤陳さんが仰っていましたが、小説が読まれ、書かれるのは、心を豊かにするものだからだと思います。ミステリーにこだわりながらも、せっかく小説を書くのであれば、いろいろなことに挑戦していきたいですよね」

(青木千恵)

バスを待つ男・表紙

バスを待つ男
西村健/実業之日本社/1,500円+税

『書名』や表紙画像は、日本出版販売 ( 株 ) の運営する「Honya Club.com」にリンクしております。
「Honya Club 有隣堂」での会員登録等につきましては、当社ではなく日本出版販売 ( 株 ) が管理しております。
ご利用の際は、Honya Club.com の【利用規約】や【ご利用ガイド】( ともに外部リンク・新しいウインドウで表示 ) を必ずご一読ください。
  • ※ 無断転用を禁じます。
  • ※ 画像の無断転用を禁じます。 画像の著作権は所蔵者・提供者あるいは撮影者にあります。
ページの先頭に戻る

Copyright © Yurindo All rights reserved.