Web版 有鄰

553平成29年11月10日発行

大佛次郎 もうひとつの顔 – 海辺の創造力

安川篤子

大佛次郎(本名・野尻清彦)は、いうまでもなく昭和のヒーロー「鞍馬天狗」や、壮大なライフワーク「天皇の世紀」の作者である。彼は1897年(明治30)、横浜市英町に生まれ、1921年(大正10)に結婚してから亡くなるまで、鎌倉の住人であった。いま多くの人々を魅了する鎌倉に、1960年代の高度経済成長期、開発の波が押し寄せた。実は、大佛こそ、この乱開発反対の中心で活躍した人物だった。日本の「ナショナル・トラスト運動の父」とも呼ばれるゆえんはここにある。

当時は、東京オリンピックの時代であり、各地は建設ラッシュに沸いていた。鶴岡八幡宮背後に広がる山と谷は、歴史的にも、八幡宮を中心とする風致の上からも重要な史跡であったが、ここにも開発の手が及ぼうとしていた。開発の申請に、当局が住民に知らせることなく「支障なし」の答申を出したことに反発が強まり、大佛もオピニオンリーダーとして反対の動きに関わっていく。

1965年(昭和40)2月8日から12日の朝日新聞に掲載された「破壊される自然」という大佛の文章は有名である。宅地開発がこの古都鎌倉の「内陣」にも及ぼうとしている現状を訴え、当時の都市計画法に基づく風致地区の指定と自治体による許可制度では、資本の論理に対抗できないこと、財政的裏付けのある、国としての方針と法制化が急務であること、史跡、文化財の保護は“点”ではなく、自然環境や市域全体といった“面”でとらえ、新たな法制化が必要であること、そして、自然との共存は「過去に対する郷愁や未練に依るものではなく」、自分たちをとりまく「近代化」の中にこそ必要な視角であることなどが理路整然と展開された。最終回ではイギリスの「ナショナル・トラスト」の手法を日本に紹介し、「田舎を守る運動起きよ」との見出しで、国の法の外に、市民の自発的な協力体制が確立し役割を果たすことを期待して文を結んだ。この先駆的役割を担ったのが鎌倉風致保存会であり、大佛は設立発起人として、また理事として運動に関わった。同時に、この市民運動を契機として、1966年「古都保存法(古都における歴史的風土の保存に関する特別措置法)」が制定された。

市民運動が高揚し、大佛が先の文章を発表する7年も前の1958年から、彼は地元神奈川新聞に随筆「ちいさい隅」を連載していた。ここでは、鎌倉の日常の風景や、奈良や京都を訪れた旅の印象の中に、山並みが削られ、歴史的景観が崩されていくことへの危機感と怒りが度々つづられている。「人間は、自然の花よりきれいな造花をまだ一度だって作り得ないでいる」と。紡がれた言葉の端々から、真摯で切実な思いが伝わってくる。

本年2017年は生誕120年目にあたる。大佛次郎は約半世紀にわたる執筆活動の中で、幅広いジャンルの作品を世に送り出したことで知られるが、新たに、社会に向けて発信する知識人としての顔を、私たち大佛次郎記念館でも紹介していきたいと考えている。

(大佛次郎記念館研究員)

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