Web版 有鄰

553平成29年11月10日発行

有鄰らいぶらりい

銀河鉄道の父』 門井慶喜:著/講談社:刊/1,600円+税

明治29年(1896)9月、京都に滞在していた宮沢政次郎は、家族からの電報で長男の誕生を知る。質屋などを営む宮沢家は、岩手県花巻村で有数の商家だ。花巻に戻り、賢治と名づけられた赤子と対面した政次郎は、わが子を大切に育てる。賢治が6歳で赤痢にかかると夜通し看病し、苦しいのは自分なのに周りのことを気にかける賢治の優しさに驚く。

病気が治り、小学校に進んだ賢治は成績がよく、国語の教科書は手に入れたその日に通読するほどだった、放課後は2歳下の妹トシを連れて野山を駆け、石集めに熱中する。全課目「甲」の成績で小学校を卒業した賢治は、家業のために政次郎が断念した中学進学を果たす。哲学書、文学書、総合雑誌などたくさんの書物に触れ、夢と理想を追求し、創作に情熱を傾ける長男を、父として政次郎は見守り続ける。しかし、長女のトシが結核で亡くなり、賢治にも病魔が忍び寄る――。

37歳の若さで亡くなり、死後に詩や童話作品が評価され、時代を超えて読み継がれている作家、宮沢賢治。その姿を、勤勉な商人だった父の視点から描く。昨年刊行の『家康、江戸を建てる』など、時代小説で進境著しい著者が、賢治の世界に深く分け入り描き上げた、胸打たれる長編小説である。

消えない月』 畑野智美:著/新潮社:刊/1,800円+税

上京してマッサージ師の資格を取り、駅前商店街にある「福々堂マッサージ」で働く河口さくらは、28歳の誕生日を祝ってもらったのをきっかけに、顧客の松原と付き合い始める。松原は大手出版社で文芸誌の編集をしていると話していたが、それは嘘で、中堅の出版社で科学雑誌の編集をしていた。

一方、名家に生まれて進学も就職もうまくいかず、仕事にも身が入らなかった松原は、さくらと出会って初めて充実感を覚えるようになる。思い通りの恋人であることをさくらに求め、スマートフォンをチェックして男関係の連絡先を消し、行動を監視し、連絡がつかないと不機嫌になる。ある日、夏の旅行先を決めて連絡しようとすると、さくらからLINEが届く。そこには〈別れたい〉とだけ書かれていた――。

付き合ってみて「合わない」と感じ、別れを告げ、それで終わりのはずだった。ところが、動転した松原が四六時中、さくらにLINEを送るようになり、つきまといがエスカレートしていく。恋人でい続けることを強要する松原とは何者なのか?

追われる者と、追いかける者。近年、深刻化している「ストーカー」について、被害者と加害者の視点から描いた長編小説。心理描写に引き込まれる、優れた一冊だ。

草笛物語』 葉室 麟:著/祥伝社:刊/1,600円+税

父の兵庫が江戸定府だったため、江戸で生まれ育った赤座颯太は、まだ元服前の13歳。父と母を相次いで病気で亡くし、母方の伯父で藩校教授の水上岳堂を頼ることになり、羽根藩に帰国する。

羽根藩主の吉房は病気がちで、颯太と同年の世子鍋千代に家督を継がせる動きが進められていた。鍋千代を推す中老戸田順右衛門と、御一門衆の俊英で“月の輪様”と呼ばれる三浦左近を推す一派とが対立する中、吉房が急逝。14歳の鍋千代が元服し、新藩主吉通となる。

気弱だが正直者の颯太を江戸にいた頃から気に入っていた吉通は、国入りしてすぐに颯太を召し出す。颯太は吉通との再会を喜ぶ暇もなく、政争に巻き込まれていく。ある日、吉通が「〈蜩ノ記〉なるものが読みたい」と言う。中老戸田順右衛門の父で、17年前に切腹した戸田秋谷が遺した記録というが――。

第146回直木賞を受賞した名作『蜩ノ記』から始まる、羽根藩シリーズの第5弾。戸田秋谷の死から十数年経ち、遺された人々の運命が絡みあう。少年颯太がさまざまな大人と出会い、武士の生き方を模索して成長する。自己利益に執着する人の浅ましさ、そんな人々の壁を打ち破る勇気など普遍的なテーマが描かれ、心洗われる時代小説シリーズである。

盤上の向日葵』 柚月裕子:著/中央公論新社:刊/1,800円+税

盤上の向日葵・表紙
『盤上の向日葵』
中央公論新社:刊

平成6年(1994)12月、日本公論新聞社主催「竜昇戦」の第7局が山形県天童市で行われていた。若き天才棋士、壬生芳樹竜昇に挑戦する上条桂介五段は、プロ棋士の養成機関である奨励会を経ず、東京大学を卒業し、実業界から転身してプロになった異色の経歴の持ち主だ。

正統派のスター壬生と、異端の革命児上条。将棋ファンが駆けつけて盛り上がる天童市に、ふたりの刑事がやって来る。埼玉県警捜査一課の敏腕刑事、石破剛志と、コンビを組んで捜査をしていた若手刑事の佐野直也だ。佐野は元奨励会員で、年齢制限の壁を越えられずにプロ棋士を断念した男だった。

4ヵ月前の平成6年夏、埼玉県内の天木山山中で白骨化した遺体が発見され、捜査が始まった。死後約3年が経過していた遺体とともに、正絹の駒袋に入った将棋の駒が見つかり、注目された。名工が手がけた最高級品の駒がなぜ遺体の胸部に?名駒を手がかりに捜査を進める中で見えてきた真相とは……。

叩き上げの石破と、プロになれなかった挫折感を抱く佐野による執念の捜査と、世紀の対局に臨む若き棋士の来歴が交互に語られる。2016年に『孤狼の血』で日本推理作家協会賞を受賞した著者による渾身の警察小説。読み応え十分の大作である。

(C・A)

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